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17 簪

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 長くてふわふわの白く柔らかい髪の毛を、大人っぽくまとめたエトレの姿が見たい、と思って贈り物をかんざしにしてしまったケェアは、使い方が分からないことに気がついた。

「エトレ、これの使い方を知っているか?」
 (そういや、前世の姉ちゃんがペンを頭にぶっさして髪の毛まとめとったけど、あれはどうやるんだ?)
「いいえ」
「……おうふ」
 (はい、俺氏ピンチ~!プレゼントのリサーチ不足でダメンズ確定!?)
「お、おふ、ですか?」

 赤い月光に照らされていてもなお、白く長いふわりとした髪に、ケェアはぎこちなく手を伸ばす。
 不器用な偶蹄では、細い髪の毛を束ねることさえできない。

「髪の毛をだな、これでくるくると、こう、ま、まとめられ……ま、まと」
 (え、あれ、髪の毛ってどうやって巻くの?え、え、えええ??)

 蹄専用に調整された武具やカトラリーを使うことはできても、蹄のみで、腰近くまで伸びる白金の髪を整えることなどできるわけもない。
 自分の頭で実演しようにも、ケェアの頭の上にあるのは、立派に反り返った巨大な角だけ。

「……ふ、ふふ、ふふふっ」

 両手を振り上げるようにして、おかしな動きをしているケェアを見て、エトレが小さく笑う。
 ケェアは普段は見た目通り勇猛なのに、時々ひどく子供のようで、可愛らしいところがある、と。

 エトレの笑い声を初めて聞いたケェアは呆然として、そして、黒い被毛の下で歓喜に震えた。
 己が喜劇俳優のように振る舞えば、笑ってくれることもあるのか、と。

「カミノケ、というのは頭部の毛のことですか?」
「そう、そう、そうだ、それを一つにして巻いてだな、そのかんざしを挿してとめる……とめられるはずだ」
 (うわ、俺氏だっせー、格好つけてプレゼントしといて使えないとか、勢いで厨二な手作りポエム集を渡しちゃったくらいダッセェよぉ)

 毛が細くて頼りなくて、だらだらと伸びるばかりで体全体を覆ってくれない。
 エトレは、そんな自分の頭部の体毛が嫌いだった。
 頭だけに毛が生えるからおかしく見える。
 いっそのこと全身に毛がなければ良いのに!と引き抜こうとしたこともある。

 家令のトゥアと孕み腹の師匠が、そんなエトレを止めた。
 生えるのなら、きっと意味があるのだろうと。
 そして、自分の体を武器にする方法を教えてくれた。
 毛無しの貧弱な肉体では、ものにできなかった事の方が多いけれど、知識はいつか力になる、というのがトゥアの教えだ。

 ずっと邪魔だった頭部の体毛。
 カミノケ、そんな呼び名があることも知らなかった。

 この無駄で邪魔なカミノケにカンザシを使ったら、ケェアが喜ぶ?
 ずっと無駄だと思っていた頭部の体毛に意味があるのなら。
 意味を見出すことができるのなら。
 ……喜んでもらいたい、とエトレは思った。

「カンザシ……こうですか?」

 不気味なほどに指の長い手を使い、もつれた毛を一つにまとめる。
 エトレの手は、毛が生えないので指の細さが際立って薄気味悪く、先端に生える爪は薄くて弱くて、何の役にも立たない。
 でも、今はカミノケをまとめるのに、便利だと思えた。

「ヘアブラシが必要だな」
 (姉ちゃんが言ってたよな、ブタゲ?ツゲゲ?形はどんなんが良いんだ?なーんか何本も持ってたよなぁ)
「ヘア?ブラシ、ですか?」

 ヘアという言葉の意味は不明でも、ブラシは知っている。
 身だしなみを気にして、美しさを求める者なら誰もがこだわり、毛並みを整えるために使うブラシを、エトレは持っていない。
 満足な体毛がなく、頭部の細くて長い毛はブラシが絡まってしまうだけで、使えないから。

「作ってもらうから、待っていてくれるか」
 (とりあえずあれだ、あの、理髪店のおっちゃんが持ってた薄っぺら系と、ゴツイやつの二つがありゃいいだろ)
「あの、わたしにはブラシは必要ありません」
「いいや、必要だ。
 こんなに綺麗な髪の毛を、手ぐしだけでまとめるなんて、もったいない」
 (俺氏、ふわふわヘアーに触ってみたい人です!うなじの後れ毛とかエロいのおなしゃっすお願いします!!)
「え……」

 エトレは、思わずケェアの顔を見つめてしまった。
 誰もがエトレと目があうと嫌な顔をする、とんでもなく醜いものを見せられた、と吐きそうな顔をして目をそらす。
 それなのに。

「エトレ……その、贈り物をしたいんだ、友人だから」
 (大好きな人と書いてユウジン!ソウデス新解釈デッス!!
 俺氏、今世はモッテモテだけど二股はできねーよ、動物相手とかgkbr!!)
「……はい、友人、ですからね」

 生まれて初めて綺麗だなんて言われた。
 おそらく本心から言ってくれた。
 エトレを見ても醜いと言わない人。

 どきり、と高く音を立てた胸が静かになる。
 これ以上ないというほど幸せにしてくれた直後に、見事に突き落としてくれた。
 悪意があるのかと思うほどひどい。
 この優しい人には、そんなつもりはないのだろう、とエトレは少し悲しくなって目を伏せる。

 ケェアはエトレから目をそらさない。
 ぶふー、ふふーと鼻息が荒くなっているのは、なぜだろうと思いながら、エトレはケェアの優しさへ感謝することにした。

 エトレに見えないようにケェアが腰を引いていたことに、気がつかなかったのは、救いだったのかもしれない。

 
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