うだつの上がらなかった俺がとうとう異世界送りとなった。もう遠慮しない。

綿苗のたり

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第4話「第三種接近遭遇」

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 ずいぶんと歩いたはずだが、まだ森は続いていた。
 その森の先が明るく感じたので、歩を速めてみると。
 良い出来事と、良くない出来事が待っていた。

 俺は、食事の際には好物から先に食すことにしている。
 だから、良い出来事の方から説明しよう。
 道は、大きな湖のふちに差し掛かっていたのである。

 湖に流れ込む川が見える。
 そのせせらぎからは、新鮮な水が補給できる様子だ。
 生水どうこうなら、ライターと枯れ枝で煮沸させてやればいい。
 手持ちの荷物には、新調した雪平鍋もあったしな。
 湖に魚などが生息していれば、木の枝で突いて食料の足しにも出来る。
 うまく安全が確保できれば、休憩や野宿などが出来るはずだ。

 だが、それは何というか。
 元の世界の人間的な、そう、実に常識的な考え方だった。

 良くない出来事の方を説明しよう。
 何らかの集団が、湖のふちで全滅していた。
 目立つのは、横倒れになった馬車が一台。
 倒れ伏す、大型の動物が数頭。
 荒々しく踏みにじられた草原。
 そして濃くただよう、血と皮の焦げる匂い。

 地面に累々と並ぶのは、俺と同じ二足歩行の種族。
 見る限り、身体の構成が人間と酷似していて。
 そして、おそらくはもう生きてはいないだろう者たちだった。

 遠目からでも、ふたつのグループに分類できる。
 ひとつは、皮革製の鎧を着けた集団。
 そしてもうひとつは、鈍い銀色の軽鎧をまとっている数名。
 皮鎧の集団はおよそ20人、そして軽鎧が5人だ。
 騎乗用の馬と思われる、六本足の生命体が7頭、倒れている。
 そのうち2頭は、馬車につながれたまま、絶命している様子だった。

 いずれの六本足も、横腹や脚、首から鼻に至るまで大きく焼けただれていた。
 焼けていないところを探す方が難しい。
 火矢による攻撃だろうか。
 しかし、火力が火矢の比ではない様子だ。
 加えて周囲に火薬の匂いなどは漂っていない。
 あの様な巨体の動物さえ倒す火力を持つ攻撃方法で、襲撃されたということか。
 
 そもそも5対20など、彼我の差に絶望するには十分な物量差である。
 軽鎧側は善戦したのだろう。

 俺はすっと腰を落として、木の陰に隠れた。
 まずは軽く手を合わせる。
 善悪をどうこういう前に、死ねば仏だからな。

 そのあとで、数分ほど様子を見てみる。
 しかし起き上がる者はおろか、生きている様子のある者すらいない。
 俺は周囲に気を付けながら、惨劇の跡に近づいていった。

 まずは、倒れている死体をそれぞれ確認していく。
 皮鎧側は、鎧ごと一刀で切り裂かれている者が多い。
 軽鎧側は、数々の刺傷に加えて、兜の隙間から延髄に止めを刺されていた。
 武装を見てみると、軽鎧が剣、皮鎧が槍と弓だった。

 剣術対槍衾、槍側には弓矢の後衛付きか。
 この惨劇ぶりを見ると、総力戦になったと見える。
 どちらも引けない理由があったんだろうな。

 そしてその理由は、矢だらけになっている、この馬車なのだろう。
 俺は、馬もろとも横倒しになった馬車を見てそう思った。
 馬車につながれている馬は、横倒しのまま微動だにしない。
 この状況で、生きている存在がいるとすれば、もはやここだけだ。

 突き刺さっている矢を避け、抜き、そして折りながら。
 馬車によじ登り、側面の、今は天を向いているドアを開けようとする。
 鍵がかかっているのか、ドアが開かない。
 開かなかったからこそ、中にいる者は投げ出されずに済んだともいえるが。
 やむを得ない。
 俺の安アパートのドアも開きにくかったよなと思いながら。
 そこらの手ごろな石を使って、がつがつとドアの取っ手辺りを叩き壊した。

『開けたらスプラッターとかマジ遠慮したい…さて』

 ドアを開いた。

 内部は、狭いが造りのいいキャビンだった。
 黒、茶色、エンジをベースに、落ち着いた色合いで整えられた内装。
 目立たないが、内張りの膨らみが丁寧さを物語る。
 こういう時のためにクッションになるように設計されているのだろう。
 乗り合いや安物の馬車では、ここまでの安全対策は施すまい。
 そして、その造りが活きたのだろう。
 馬車の中では、女性二人が折り重なるようにして倒れていた。

 息は…ある。

 とりあえず何とか馬車から引っ張り出してみたが、これがひと苦労だった。
 片方は年の頃10歳くらい、金髪に白と緑を配色したドレス、金属の装飾品。
 身なりからしていかにもな『お嬢様』だ。
 もう片方は、メイド服風のデザインでひざ丈スカートに白タイツ。
 14歳くらいかな。

 俺は二人を草むらの上に寝かせて、ひと休みすることにした。
 人命救助などという、慣れない仕事で汗だくだ。
 かたわらの、大きめの石の上に腰を下ろすと、のどの渇きを感じた。
 袋から出したスポーツドリンクの封を切って、ぐいぐいとラッパ飲みにする。
 慣れた味が、俺をゆっくりと落ち着かせていった。

 改めて、現状を整理していく。

 お嬢様とメイドが、何らかの理由で外出した。
 護衛を伴う必要のあるほどの危険が考えられた。
 案の定、野盗にしてはやけに戦闘力のある集団が彼女たちを襲い。
 護衛の近衛と相打ち、馬車は馬を殺されたうえ横倒しになってとん挫。
 馬車側の応援、集団側の追撃、治安維持部隊の出現、現時点で見受けられず。
 そして今に至る、と。

 まあ、とりあえずそういうシナリオで仮定しておこう。
 推測に過ぎないが、何か考えておかないと状況が現実離れしていてなぁ。
 もう少しですべて投げ出して思考停止しそうだ。

 だってそうだろ?
 さっきまでスーパーで買い出しをしていて。
 次の瞬間には森の中に放り込まれて。
 路頭に迷ったかと思えば、死屍累々の戦場に踏み込んで。
 あげく、生き残りの少女二人を並べて寝かせている。
 そして俺はといえばスポーツドリンクをラッパ飲みだ。
 マイバッグが保温・保冷式だったから、まだうっすらと冷えてるんだぞ?
 ここまで来ると、シュールさすら漂うっての。

 あまりにも訳の分からないこの状況。
 そして、もっとも訳が分からないのは。
 背後からいきなり、俺の咽に突きつけられた、ナイフの刃だった。
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