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―第九十九話― 大好き

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 口内を血が満たす。
 そのうち、青々と茂った草原の上にぽたぽたと鮮血が垂れ始めた。
 まあ、そりゃそうか。

 自分の舌切ったんだし。

『ほら、煮るなり焼くなり好きにしやがれ』

 ……口だけ動かし、ツツジに伝える。
 アサシンは読唇スキルもあったはずだし、たぶん伝わっただろう。
 ……魔力で死なないようには調整したけど、すっごく痛い。
 あ、やばい。
 意識が朦朧として、きた……。


◆◆◆


 …………。
 震えが遅れてやってきた。
 ジャスミンちゃんのために、ここまでするのか……。
 ……ああ。

 ……やっぱり、お兄ちゃんかっこいい。

 思わずため息が出てしまう。
 自分の仲間のために、こうまでするような人間が他にいるだろうか。
 でも、その相手がジャスミンちゃんというのは、少し嫉妬しちゃうな。
 それでも、お兄ちゃんはかっこいい。

 ああ、そうだ!

 最後に『好きにしやがれ』って言ってたし、これで私の目的は達成されたんだ……!!
 お兄ちゃんが、やっと私のものに……!
 喜びの感情で心が満たされる。

 私も、結構頑張ってたんだよ?
 ジャスミンちゃんを暴走させるために、わざわざ感情を大きくさせるような演技をしたりとか……。
 それもこれも全部今日のため。
 ああ、にやけが止まらない!!

「ツツジ様、ただいま到着いたしました」
「……もう少し遅くてもよかったのに」
「申し訳ございません」
「ま、いいわ。とりあえず、そこで寝ちゃってるお兄ちゃんを私の家まで運んでちょうだい」
「かしこまりました」

 いざというときのために、結構な数の魔物を呼んでたけど、杞憂に終わってよかった。

「ツツジ様。あちらにいる聖騎士はどういたしましょうか」
「うーん、お兄ちゃんに言われたし、そっとしておいてあげて」
「……かしこまりました」

 危険因子になりそうではあるけど、お兄ちゃんとの約束はちゃんと守らないと。
 それでお兄ちゃんに嫌われちゃうのは嫌だし。

「……ツツジ様」
「さっきからなに!」
「あの聖騎士から、我々の血の匂いがするのですが……」

 そういえば、オーガ族は自分の仲間がだれに殺されたのかが分かるんだった。
 ……でも。

「お兄ちゃんとの約束は絶対なの」
「……どうしてもですか?」
「つべこべ言うんだったら殺すわよ」
「……かしこまりました。仲間にもそのように……」

 そう言った瞬間、お兄ちゃんから大量の魔力が溢れ出した。
 ……しかも、いつもの温かいような魔力と違って、どちらかというとこちら側に近いような……。
 ……まさか……!

「ジャスミンちゃんに手を出したりしてないでしょうね!?」
「……えっ!? ……申し訳ございません。若いのが一人殴りかかろうとしてしまったようで……」

 ……まずい。

「全員、その場に伏せなさい!」

 その言葉が届くよりも先に、喋れないはずのお兄ちゃんの声が辺りに響き渡った。



「『呪縛』」



 その瞬間、お兄ちゃんの体からどす黒い魔力が文字のような形で飛び出し──

「ぐッ……!!」

 ──その場にいた全員にその魔力が突き刺さった。

 ……これは、呪い……!?
 体が、動かない……!!
 周りを見ると、ほとんどの魔物が死んでいる。
 ……お兄ちゃんの事だから、何かしら仕組んでいるとは思ってたけど……。
 このままだと、私まで……。

「『解』」

 再び響いたお兄ちゃんの言葉によって、どうにか呪いが解かれた。
 ……いや、この感じは……。

 ……やっぱり、私以外全員死んでる……。
 私だけは、体質・・のおかげで助かったようだ。
 ……私と戦っているときにこれを使われなくて良かった。
 あんなのを喰らってたら、流石に……。
 ……いや、これもお兄ちゃんなりの優しさだったのかな……?
 こんな私にまで情けを掛けてくれてたなんて……。
 ……本当に。

 大好きだよ、お兄ちゃん。
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