ひとひらの雪片をともに融かして

清杉悠樹

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15 いつもの癖

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 紬親子は伊倉さんから返された体温計に表示されている数字を見ると、本人に確認を求めることなくすぐに薬局から救急病院へと行先を変更した。

「早めに処置出来て良かったですね」
「色々とご迷惑をおかけして・・・。本当にありがとうございました。」
 運転を買ってでた紬の車の中。今は診察が終わってこれから帰宅するところだ。気温は平均気温で一桁と低いが、雪は特に降ることはなく、曇り空が続いている。二人はマスクをしたまま会話をしている。
 休日のまだ早い時間だったこともあって、病院では覚悟していたほどの長い時間を取られることはなかった。紬は待合室にあったテレビをぼうっと眺めて過ごしていた。
 ただ待っている時間というものは、平常であればどうってことはないが病人には辛い時間だっただろうと思う。薬も貰ってきたことだし、すぐに良くなるといいなと思った。
 やはり紬達が予想した通り、伊倉さんは風邪でなくインフルエンザに罹っていた。

「そんな私、運転しかしてませんから。他には特になにもしてませんし」
 救急医療機関の場所を伊倉さんは知らないだろうし、少し離れたところにあるからタクシーではお金が嵩むだろうと思って、紬が勝手に言い出しただけだ。
「いえ、きっと大野さんがいてくれなかったら、ただの風邪だからと思い込んで自分から医者へは行ってないでしょうから。きっと休み明けも仕事へ無理して出勤して周り中にうつしていたでしょうから。だから大野さんにはとても感謝しています。やっぱり思った通り大野さんは優しい人ですね」
 熱が高いからだろう、マスクをして赤い顔をしている伊倉さんは目を細めて嬉し気に紬に礼を言ってくれた。
「そ、そんなこと全然ないですってば」
 照れた紬はもごもごと答えた。
「照れてる大野さん、可愛いですね」
「!?」
 思わず真横に視線を向けてしまった。丁度信号待ちで止まっていたから良かったものの、運転中に何を言い出してくれるんだ、伊倉さんは。
 マスクで顔がほぼ隠れているというのに、イケメン度合いは全く減っていないとはこれ如何に。久々にマスクを付けた自分の残念具合とは大違いだ。気合の入っていない手抜きの化粧を誤魔化せるのには向いていると思うけれど。
 イケメンはどんな時でもイケメンなんだと、助手席に座る伊倉さんを横目にして紬は感心した。
「そういうところも好きですよ」
「!!~~~っっ、熱っ、伊倉さんはきっと更に熱が高くなってきてるんだと思いますっ!だから気のせいですっ」
 熱で頭がぼうっとしているから、色んなことがおかしくなっているに違いない。絶対に目の錯覚だと思う。
 昨日の今日で一体何度可愛いって言うんだ、この人はっ!相手は38℃越えしている病人、重病人!本気にしないっ。
 紬は心の中で、唱えた。
 マスクで顔がはっきりと分からなくなっているし、化粧も急いだから適当だ。こんな車内で近い距離だとはっきり伊倉さんにも知られていることだろう。あまり揶揄って遊ばないで欲しい。
 ぽっぽっと体を熱くさせながら、紬は色の変わった信号に車を発進させた。
 伊倉さんは声を上げずに、くすくすと笑っているらしく肩が震えているのが視界の端に見えた。
 やっぱり揶揄ってたんじゃん・・・・。
 ぷくっとふくれた紬は、暫く運転に集中することしした。

「帰ったら、後で大野さんも忘れずに手荒いとうがいしておいてくださいね。うつってないと良いのですけど」
 暫くして、後もう数分で家に着くという頃、今度は申し訳なさそうに伊倉さんが話し出してきた。紬はようやく平常心にまで戻りつつある感情にほっとしながら答えた。
「大丈夫ですよ。手洗いとうがいは毎日ちゃんと何回もしてますから。それにインフルエンザの予防接種は毎年必ず受けてますし」
 子供の時からそうだけど、大人になった今でも仕事から帰ってきてからや、ちょっとした外出でも帰ってから手洗いとうがいはきちんとしなさいと、お母さんから今でも言われていることの一つだ。
 予防接種は高齢のお祖母ちゃんもいることから、うつしたりしたら大変という事もあって、出費の事を考えると高いなとは思いつつ、大野家では家族全員毎年受けることになっている。
「それにお茶もよく飲んでますし。伊倉さん、知ってます?20分間隔でお茶を一口飲むだけで風邪予防になるらしいですよ」
「えっ!?お茶を飲むだけでですか?」
 知らなかったらしくその声は驚きを含んでいる。
「なんでも喉に着いたウイルスを流し込むことによって胃酸でウイルスの活動が弱まるらしいですよ。お茶だけでなく、水でもいいらしいですけど」
 最後にテレビの受け入れですけどね、と付け加えた。
「そうなんですか。知りませんでした」
「お茶の中でも緑茶が一番いいらしいですよ」
「それで大野さんはマイボトルを持参しているんですね」
 感心しきりという伊倉さんに、紬は苦笑いをした。
「ええーっとこれは、ただ単にお茶好きなだけでなんですけど」
 そう。ついいつもの習慣で、何故か病院の付き添いに行くだけだというのに、マイボトルを持参してしまっただけなのだ。
「中身は冷たいほうじ茶ですよ。ボトルだと暖かいお茶は変色しやすいんで、仕方ないんですよね。出来れば冬なら暖かいお茶がいいんですけど」
 高温が続くボトルでは、カテキンの酸化が進みタンニンが生じるから変色するらしい。渋みも感じてしまうからあまり向いていないのだとか。仕方なく冷たいお茶を入れている。
「今度から自分もそうしようかな。あ、でも、今更ですかね。インフルエンザに罹ってしまったんだし。それによく考えたらマイボトル持ってないですし。あ、でもよく考えたらほぼ毎日コンビニでペットボトル買ってるし。それでいいのか?」
 ぶつぶつ呟く声を聞いている間に、伊倉さんのアパートへと着いた。
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