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武人祭

魔族の依頼

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 ある休日、俺はある理由で魔城に来ていた。
 そんな時に、アイラート明らかなニヤけた面で呼ばれた。

 「ではお父様・・・・・・間違えました、魔王様」

 わざとだとすぐにわかるような間違えで、そう呼ぶアイラート。
 なぜ『お父様』などといった間違え方をしたか?それはーー

 「こちらがご依頼にあった、子供の世話をしてほしいと希望していた方々です」

 そう言って手で指し示した方向には赤ん坊を抱いた女が十人近く待機して、全員が赤ん坊をあやしたり寝かしつけたりと忙しなく動いている。
 こいつらは前に子守り依頼をしてきた奴ら。つまり子守りのために来た、というわけだ。
 それを見てボソリと呟く。

 「・・・・・・多いな」
 「そうですか? 子持ちのご婦人はまだたくさんおりますが」
 「いや、その中で依頼したのは多くて二、三人くらいかと思ってたからさ。まさかこんな団体で来るとは・・・・・・」

 俺の呟きを聞いて返してくれるアイラート。
 いやまぁ、たしかに人数的なことは書いてなかったが・・・・・・それでも一人か二人くらいだと思っちゃうじゃん、普通?
 そう思っていると一人の母親が申し訳なさそうな表情をして前に出てきた。

 「あの・・・・・・やはり迷惑だったでしょうか?」

 そう言って出てきたのは、ふくらはぎまで伸びた黒い髪をもっさりとさせ、赤い瞳をした垂れ目が片方だけ見えている状態の女だった。
 その抱いている赤ん坊が俺を見て、何かを求めるように小さな手を伸ばしていた。
 その手に人差し指を差し出して握らせる。

 「迷惑ってわけじゃないが、子守なんて経験がないから不安なんだよ。っていうか、あんたらこそいいのか? 人間相手に子守なんか任せようとしちゃって」

 指を握った赤ん坊はキャッキャと笑って喜んでいた。何が面白いのかわからん。
 母親は優しく微笑んで頷く。

 「はい。私たちは一度、あなたに救われていますので」
 「・・・・・・ん?」

 覚えのない言葉に首を傾げる。
 俺が助けた? こいつらを?

 「えっと、覚えていませんか? 両手が鎌になって足がたくさんある魔物に襲われていた時のことなんですけれど・・・・・・」

 俺のしかめっ面で察した母親が不安そうに聞いてくる。
 両手が鎌の足たくさん・・・・・・ああ、あのゲジゲジみたいなやつか!
 ようやく思い出した。
 たしか魔族たちの依頼に『魔物を倒してほしい』とかいうのもあったから、その依頼を出した村に向かう途中にいた魔物をついでに倒したことがあったんだった。
 ちょっと骨っぽくて鎌みたいなの振り回しまくってたし、虫のゲジゲジみたいに細長い胴体をクネクネさせながら動いていた魔物だ。
 なんかデスゲームの後半にボスとして出てきそうな感じの奴っぽかった。
 その時に赤ん坊を抱えた女の魔族が複数人いたようないなかったような、ってのを覚えているが・・・・・・

 「その時に救ってもらった際、『ついで』と言って元の村に送ってくださったのが私たちです」
 「ああ、あったな、そんなこと。本当についで過ぎて忘れてた」

 頭を掻いて苦笑いをすると、クスリと笑われる。

 「ですから、ここにいる者たちは、あなたが『優しい魔王様』として見ているんです」
 「それはまぁ・・・・・・俺だってたまたま偶然通りかかっただけだから助けられただけだしな」
 「そもそも、私たちのために魔王様自らが動くなんてありえない、とそう思っていましたので」

 そういえばそうだな、と思うのと同時に、本来動かせる兵のほとんどを俺が葬っちゃっていないから俺が動いた方が早い、とは言わない方がいいだろうな・・・・・・。

 「というか、えっと・・・・・・」
 「あ、カシアと言います」

 まだ自己紹介してなかったことを思い出し、なんて呼ぼうか迷っていたらすぐに理解して答えてくれた。

 「まず、なんで魔王に子守を任せようとしたんだ?」

 そして今一番の疑問をぶつけてみる。
 だって、王様をベビーシッター代わりにするなんて聞いたことねえもん・・・・・・。
 するとカシアが困った笑いを浮かべる。

 「なんと言いますか・・・・・・あのオレンジ色の髪の子なんですけれど・・・・・・」

 そう言ってカシアが向けた視線の先を見ると、オレンジショートの髪をした魔族の少女がいる。
 赤ん坊と元気に遊ぶ活発さが窺えるその少女は俺たちに見られているのに気が付くと、赤ん坊を抱いて小走りでやってきた。

 「なんか用ッスか!」

 元気よく敬礼してニッと笑う少女。後先とかあまり考えなさそうなタイプ・・・・・・あ、なんとなく理解した。

 「依頼出したのこいつだな?」
 「あ、はい。よくわかりましたね?」

 カシアが意外そうな顔をする。

 「だって・・・・・・言っちゃ悪いかもしれないけど頭弱そうだもん」

 俺の憶測に苦笑いで答えるカシア。頭弱いのか・・・・・・。

 「よく言われるッス! あっしはリンリンって言うッス!」
 「リンリン!」

 元気のいい声で軽い敬礼をする少女。
 まさかのキラキラネームに思わず復唱していまい、リンリンに「はい?」と返事されてしまう。
 俺の反応にカシアを含めた他の母親たちもプルプルと笑いを堪えていた。どうやら彼女らも同じ事を思ったことがあるらしい。
 そうか、こっちでもそんなキラキラネームみたいなのを付ける奴いるんだな。

 「ちなみに言い難いんで、みんなからはリンって呼ばれてるッス!」
 「んじゃ、リン。なんで魔王に子守なんかやらせようとしたんだ?」
 「面白そうだからッスね!」

 確証を得るのと同時に、こいつの頭は大丈夫なのかと本気で心配になった瞬間だった。
 まぁ、しかしなるほど。
 最初はこいつが勝手に子守りを任せたいと一人だけ言い出して、その後に俺が偶然他の奴らを助けたから、こうやって集まってるってわけか。

 「何言ってもいいって言われましたけど、これと言って困ってることもなかったんで・・・・・・強いて言えば食い物とかを取りに行く時に魔物が邪魔ッスけど、そいつらは魔法とかで追っ払えるんで、問題ないッス」

 魔族は基本、人間よりも魔力や魔術に優れた種族で、寿命も数十倍と言われている、とフィーナやランカから聞いた。
 人間の大陸よりこっちの方が魔物は凶暴らしいが、そんな環境で育ったから、戦闘をしない一般的な奴らでさえある程度の魔物を退けられるらしい。
 とはいえ、だ。

 「だけど、その追っ払えない魔物と遭遇しただろ」
 「あれは偶然ッスよ! あっしたちだって伊達にこの大陸で数百年生きてないッスから、大抵の魔物はなんとかなるんスよ?」
 「俺が助けられたのも偶然だし、毎回遭遇するなんてのは滅多にない。偶然だろうが必然だろうが、起きたことは起きたんだ。ならなんとかしとくよ」

 俺がそう言うと、リンは「はぁー・・・・・・」と感心するように呟いて驚いた表情をしていた。

 「魔王サマって本当に優しいんスね・・・・・・あっしの子供産むッスか?」
 「早い早い早い。どうしてそんな結論に至ったのかわからないし、なんでそんな躊躇ないの? 旦那どうした?」

 というか、その度に思っていたのだが、この世界の貞操概念どうなってるの?

 「前の魔王サマが始めた戦いの時に死んじゃいました!」

 リンは舌を出して「テヘッ☆」と軽く答える。
 前の魔王っていうとグランデウスのことだよな?
 その時の戦いっていうと・・・・・・思い当たるのはチユキと出会う前、城の周りに集まっていた魔族の兵士を相手にした時のことだろう。
 と、いうことは・・・・・・

 「いやぁ・・・・・・すまん」

 確実に殺したのは俺だ。
 多少はペルディアやランカも手を貸していたが、ほとんど殺ったのは俺だ。
 敵である以上どっちにしても殺すけど、一応、申し訳ないことをしたと思っているので、謝罪をする。

 「気にしなくてもいいッスよ。あの人飲んだくれのロクデナシでしたから、いつもみんなから別れた方がいいって言われてたッス。これもいい機会と思ってみるッスよ!」

 健気に前向きに捉える少女。
 頭弱いとか言ってごめんね? 撤回はしないけど。

 「っていうか、お前らってよく俺に対して卑猥な話をするけど、人間に対する嫌悪感とかないの?人間は『青い肌が~』なんて言うが・・・・・・」

 俺がそう言うと、母親たちは「あ~」と声を漏らす。

 「人によるかもしんないッスけど、肌の色を気にするなんて人間くらいッスよ。あっしらは亜人みたいに赤色とか茶色の肌でも、気にしませんし、亜人の人たちも自分たちに色んな肌の人がいますから、そんなに気にしないんじゃないッスか?」
 「あー、人間の醜さがまた垣間見えた気がするな・・・・・・」

 お互いが肌の色とかで言い争ってたんならまだしも、くだらない理由で争ってるのが人間だけって・・・・・・
 この世界の人間に同族嫌悪を抱いてしまう。

 「いやー、本当に人間の魔王サマが優しくてよかったッスよ!それじゃ、赤ちゃんの世話を手伝ってもらってもいいッスか?」
 「わかった。ただ少し待っててくれ」

 そう言ってリンたちを待たせ、屋敷に繋がった裂け目を作り、入って戻った。
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