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37.リンガー伯爵家にて

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父が仕事で家にいない隙を狙って母は俺を伯父の元へと送り出してくれた。

「気を付けて」

そう言ってそっと抱きしめて髪にキスを落としてくれる母。
そこには確かな愛情を感じて、兄妹達も窓から大きく手を振って見送ってくれる。
なんだかんだで皆優しい。

そして俺は母の実家であるリンガー伯爵家へと馬車で向かった。
まさかこんな形で実家を離れるなんて、思いもしなかったなと物思いに耽りながら移動する。
今頃ルシアンはどうしているだろう?

(俺のこと…忘れてないよな?)

きっとルシアンの事だから留学先の生活に馴染むのに精一杯ということはないだろう。
俺のように体調を崩すといったこともないだろうし、多分父に対して怒りを燃やしてるんじゃないだろうか?
そうは思えど、少しくらいは恋しく思ってくれていたらいいなと、切なくなった。




「カイザーリード!よく来たな」

リンガー伯爵家に着くと、祖父と叔父夫妻が笑顔で俺を迎えてくれて、家族のように接してくれた。

「ご無沙汰しています。お世話になります」
「遠慮せず我が家と思って寛いでくれ。ほら、案内するからおいで」

そして笑顔で部屋まで案内してもらい、従兄妹達とも引き合わされた。
従兄妹達は俺よりも年上の双子で、去年学園を卒業した為、今は揃って領地運営の勉強をしているらしい。

「カイザーリード。覚えてるかしら?ダイアンよ」
「俺は覚えてるよな?ダニエルだ」
「アン姉さん、ダニー兄さん。久しぶり」

二人に会うのは随分久しぶりだ。
8年ぶりくらいかな?
幼い頃家に遊びに来てくれて、割と頓珍漢なことばかりする俺に色々教えてくれたっけ。
懐かしい。

「療養で来たって聞いたけど、大丈夫なの?ゲッソリしてるじゃない。ちゃんと食べないとダメよ?」
「そうだぞ?俺と一緒に毎朝鍛錬するか?夕方の走り込みでもいいし、言ってくれたら付き合うぞ?」

二人なりに俺を気遣ってくれているのがわかって、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
そんなに弱って見えるんだろうか?

「ん。ありがとう」

下の弟妹とはまた違うこの頼れる感じは不思議とホッとするような気がして、俺は素直に礼を言った。




それからの生活は概ね平穏そのもので、実家からは母から手紙が届いたくらいだろうか?
父を反省するよう追いやっておいたから、落ち着いたら手紙を書くなり家に戻るなりしてやってほしいと書かれてあった。
なんだかんだで母も俺と同じくらい父が大好きなのだ。
いつだったか俺の頬をツンツンとつつきながら、『このまん丸な可愛いホッペが私にもあったら、あの人ももっと私に構ってくれるのかしら』と悩ましげに溜め息を吐かれた事があった。
幼い自分はそれで母が父を大好きな事を知り、嬉しくなって二人が仲良くできるようこっそり使用人達と応援したものだ。
その結果、下に弟妹ができた。
使用人達はキャッキャと喜んでいたし、二人がラブラブなのを見るのも嬉しかった。
それに下の弟妹達を見守るのは俺的にも前世の夢を叶えているようで嬉しかったんだ。

主人とその子の成長を見守る。
その時間は魔剣として過ごした頃となんら変わらない。愛しい時間だった。
幸せな家族。
その中に自分が含まれているのが不思議だったけど、素直に幸せだと感じていた。
だからきっと、余計にその幸せを壊しそうなルシアンに警戒していたんだと思う。
前世での仇敵が接触してきてわざわざ正体まで晒してきたんだ。警戒しない方がおかしい。

なのにルシアンは純粋に俺が好きだから転生してまで追ってきてくれた。
敵将の持つ魔剣に惚れ込んで、命懸けで叩き折って一緒に転生って…どれだけ一途なんだって話だ。

『カイ。愛してる』

最後に抱いてもらった時に何度も愛おしげにそう言われた。
その言葉に嘘なんて一つもなかった。
ルシアンにあるのはいつだって俺が欲しいという強い想い。

「ルシィ……」

思い出すのはちょっぴり意地悪なルシアンの笑み。

────恋しい。

こんな気持ちはこれまで知らなかった。
胸が痛くて、思い出す度に涙が滲む。

愛されたい。
魔剣として振るってもらうことは叶わなくても、自分を使って欲しいと言う欲が湧いて止められなかった。

「会いたい…」

18になれば…それまで我慢すれば、きっとルシアンはどんな手を使ってでも俺と結婚に持ち込むはず。
でもそれまで俺自身が耐えられる気がしなかった。
三年。いや誕生日がももうすぐそこだから後二年か。
それでも長い。

「二年も待てない…待てないよ、ルシィ」

魔剣の姿ならどんなに離れていても主人が呼べばその場に顕現する事ができたけど、それが今のこの姿でもできるとは限らない。
ルシアンだってきっと試そうとはしないだろう。
とは言え二年も会わないなんて絶対に無理だ。
頑張って半年くらいではないだろうか?

(俺から会いに行こう)

向こうが来れないのならこっちから行くしかない。

幸い実家から離れて心は落ち着いてきたし、食事も少しずつ摂れるようになってきている。
まずは体調を整え、目標を立ててなんとか自力でルシアンのところへ行こう。

(待っててくれ。ルシアン)

必ず会いに行く。
そう強く思いながら、俺はやっと前を向くことができたのだった。


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