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39.留学先にて Side.ルシアン

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懐かしの母国バルトロメオ────。

「懐かしい空気だ」

その地へと再び立ち、感慨深いものを感じる。
まさかまたここにやってくる日が来るとは思ってもみなかった。

しかも俺が通うのは懐かしの母校だ。
国立レザンヌ軍部付属学園。いや、今は軍部の付属ではなくなったんだったか?
まあいい。少々様変わりはしたようだが、建物のある場所は同じだ。
内部構造は当然熟知している。
ここは平民から王族まで幅広く有能な生徒を抱え込み、軍部を支える一柱となっていた場所だった。
そんな場所に転生してまた通う日がやってくるなんて思いもよらなかったが、勝手知ったる場所であるため緊張などは皆無に等しい。

住まいは寮だから特に問題もないし、一人部屋だから気楽なものだ。
そう。たとえ周囲がこちらを敵視する輩ばかりだったとしても。

「隣国ジュリエンヌ国から留学してきました。ルシアン=ジェレアクトです。よろしくお願いします」

寮でも教室でも笑顔で友好的に接した俺にまず浴びせられたのは敵意。
まあ当然ではある。
こちらは敵国であるジュリエンヌ国から来たんだから。
だからと言ってここでこちらから喧嘩を売る気はない。
所詮は子供の群れ。
どうせ向こうから短絡的に仕掛けてくるだろう。
そのタイミングで迎え討ち、懐柔するなり叩き潰すなり料理してやれば済むだけの話だ。

(精々無い知恵を絞ってかかってこい)

ククッと内心で嘲笑いながらそれを表情に出さず、無害を装い笑みを振りまいた。




ガンッ!

授業が終わり休み時間に入ったところでそれは起こった。
机を蹴り倒されたのだ。
蹴ったのは近くの席の男だ。
確か侯爵家の嫡男だったか…。

「お前、よくも呑気にここに来れたもんだな」

歪んだ顔でこちらを見下すように言ってくる男。

「どういう意味でしょう?」
「ここはお前がいるような場所じゃねぇんだよ!痛い目に合う前にとっとと国に帰るんだな!」
「ご忠告ありがとうございます」

ニコッと猫を被って言い放ってやったらそのまま拳が飛んできた。
短気だな。

ガッ…!

俺はそれをわざと避けなかった。
何故か?
元々のステータス差が大きい上にカイザーリードの魔剣の上乗せ分がある為、ステータスレベルに差があり過ぎるとわかり切っていたからだ。
これだけ差があれば俺が傷つくことはないし、向こうの方がまず手を痛めるだろう。

グキッ。

案の定相手の手首がダメージを受けた。

「いっ…?!」
「どうかしましたか?」

相手は驚いたような目でこちらを見つめてくるが、わざわざ教えてやるほど俺も優しくはない。

「お前…っ、何を……」
「さあ?俺は何も」
「嘘を吐け!何をした!」
「単に貴方がひ弱なだけでは?」
「なっ?!」
「取り敢えず、もう机は倒さないでくださいね?」

そう言いながら倒された机を風魔法で元通りの位置へと戻す。

「は?!」
「何か問題でも?」
「それくらい自分で起こせよ!」
「自分で起こしたでしょう?」
「魔法を使うなって言ってんだよ!お前を蹴飛ばせなかっただろ?!」

なるほど。どうやら机を起こしにかかることを想定して、その背や腹を蹴ろうとしていた様子。
バカだな。
俺がわざわざ這いつくばるような真似をするはずがないだろうに。
こんなもの片手間の魔法で簡単にできてしまうのに。

「はぁ…あまりに幼稚過ぎるな」

年はいくつだと言ってやりたい。
けれどその言葉が気に障ったのか、今度は胸倉を掴みかかってこられた。

「お前っ!調子に乗るのもいい加減に…っ」
「【感電スパーク】」
「ぎゃあぁああっ?!」

短く唱えた魔法で男がその場に頽れる。
このまま踏んでやりたい。
でもここは我慢だ。

「どうやら体調がすぐれない様子。保健室にでも行かれてはどうでしょう?」

にこやかに。けれど目には殺意を乗せて言葉を紡ぐ。

(この俺の胸倉を掴み上げるなど無礼もいいところだ。この場で殺さなかっただけマシだと思え)

傲慢?
別に構わないだろう?
何が悲しくてこんな奴に黙ってやられないといけないんだ。
ふざけるな。

「あ……」

立ち上がることさえできずガタガタと震え始める情けない男を冷たく見下ろし、笑みだけは絶やさずにそっと手を差し伸べる。
すると狙い通りその手を思い切り払いのけられた。

「触るなっ!」

バシッ!

「…………残念です」

笑みを消し、ちょっと悲しそうに。けれど同情を誘うように振舞う。
周囲はまだまだ敵意に満ちた目や、こんな風にされて当然といった目の方が多いが、良心が咎めるのか数人がそっと目を逸らしたのを確認できた。

(上々だ)

こうして少しずつ俺に突っかかってくる奴らの立場を脅かしつつ、人の好さそうな奴らからの同情を買おう。
突っかかってくる奴らなど可愛らしいものだ。
いくらでも陥れてやれるし、軽く挑発でもしてやればすぐに馬鹿なことをしでかしてくるだろう。

(俺の敵はユージィン一人だ)

そんなことを考えながら引き続き次の授業を受けた。
侯爵家の男?
いつまでも足元に這いつくばっていたから、さり気なく手を踏みつけてやったら取り巻きの奴らが飛んできて、こちらを睨みながら保健室に連れて行っていたぞ?
一応『すみません。うっかり踏んでしまいました』と謝ってやったんだから睨まなくてもいいのにな?
さっさとどかない方が悪いだろうに。

そして次の休み時間のこと。
今度はバケツに水を並々と入れた男達が三人やってきて、それを俺にぶっかけようとしてきた。
バカだな。
そんな見え見えの行動、わざわざ許してやるはずがないだろう?

「【停止フリーズ】」
「は?!」
「う、動けない?!」

魔法で動けなくしてついでに重力魔法で水の重さを倍にしてやると腕をプルプル震わせていた。
周囲からはバレないちょっとした嫌がらせだ。
ざまあみろ。

「皆さん、どうしたんですか?バケツなんて持って」

素知らぬ顔でにこやかに言い放つ。

「あ、もしかしてお掃除でも?流石、ここは品行方正な方々が多いですね」

もちろん嫌味だ。
さて。誰か助けに来る奴はいるかな?
そう思ったら女が教室から飛び出していき、教師を呼んできた。

「何をしている?!」

まるで俺が何かやらかしていると決めつけるように俺だけに怒鳴りつけてくる教師。
バケツを持ってる奴らには言わないのか?

「先生?どうかされましたか?」
「どうもこうもない!彼らに何をした?!」
「特に何も?敢えて言うなら彼らの掃除の邪魔にならないようにどいた方がよかったのかなと思うくらいですね」
「なっ?!」

「【解除リリース】」

さり気なく魔法を解除してやると限界に来ていた手からバケツが落っこちて、彼らの足の上に真っ逆さま。
見事に足に直撃してもんどり返る羽目に。
もちろん床は水浸し。
流石にバケツ三つ分の水量は多く、教室の半分以上が水浸しになってしまった。

「~~~~っ!!今すぐ片付けろ!」

教師が俺へと言い放つが、シレッと無視だ。
教師は別に俺の方を向いて言っていただけで、名を呼んで指名してきたわけじゃない。
ならやる必要はないだろう。
バケツを持ってきて水を撒き散らした奴がやればいい。

「頑張って片付けてくださいね」

ニコリと微笑み、俺は次の授業準備に取り掛かったのだが…。

「お前に言っているんだ!馬鹿者!」

教師は怒鳴りながら殴りかかってきた。

ボキッ。

「ぐあぁああっ!」

手首を抑えて蹲る教師。
馬鹿だな。
ステータス差が大きい相手に思い切り殴りかかったら骨が折れるに決まっているだろうに。
教師なのにそんなことも見極めて判断できないのか?
流石に無能すぎるぞ?

「大丈夫ですか?先生。ダメですよ?何も非のない生徒にいきなり殴りかかるだなんて。品位の問われる行為です。由緒正しい名門校の名を汚す行為は謹んでいただかないと」

その言葉に、数人の伝統を重んじる誇り高い家門の者達が居心地悪そうに目を逸らすのが見えた。
あの辺りはまだ懐柔の余地がありそうだな。
それに比べて目の前の教師は……。

「お、お前ぇえっ…!」

激昂してこちらを睨んでくるばかり。
そのまま這いつくばっているのがお似合いだ。

「それより早く保健室に行かれた方が良いのでは?随分腫れてきているようなので心配です」

まあ取り敢えずここは眉を落とし心配しているアピールはしっかりしておかないとな。

「すみません。どなたか先生を保健室まで連れて行ってはいただけませんか?俺はまだ保健室の場所がわからないので」

先程目を逸らした者達へさりげなく目を向けると、何人かが戸惑いつつもこちらへとやってきて、バケツ三人組と教師を連れ出してくれた。
なかなか使える奴らだ。
これで静かになったな。
後は……。

「なかなか賑やかなクラスですね。これなら早くクラスに馴染めそうで安心しました」

スイッと床の水を魔法で集めて球状にし、そのまま窓へと歩いて行ってそれを外に雨のように撒き散らす。
晴れた空をバックに細かな雨がキラキラと一瞬だけ降り注ぎ、皆の目がそちらへと集中した。
きっとこれだけでわかる者にはわかったことだろう。
俺の魔法の熟練度が。

「ああ、天は俺の訪問を歓迎してくれているようですよ?」

そして良い感じに空に虹がかかる。
虹はバルトロメオでは幸運の兆し。

さて、彼らの目にこの光景はどう映っただろうか?
少しでも敵愾心を持つ者が減ってくれればいいんだが。


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