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59.逃走 Side.ジガール&レンスニール

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【Side.ジガール】

情けないことに『逃げるぞ』と言って荷物をまとめ始めた両親に苛立ちが募る。
そんな中、不意に部屋に飾られた剣へと目がいった。

魔剣『テレンスフォース』。
戦場で使われた父の愛剣だ。
いつかこの剣で自分も活躍するんだと目を輝かせて夢を語ったのはいつだったか。
尊敬する父。
そんな父の口から語られるルーシャン殿下の英雄譚に俺は何度も心躍らせたものだった。
それなのに────。

目の前の父は情けなくもここから逃げようとしていて、その姿は尊敬する姿からは程遠かった。

(許せない)

こんな姿など見たくはなかった。
そう思った瞬間俺は壁に飾られていた魔剣へと手を伸ばしていて、気づけばその剣で父を貫いていた。
殺す気なんかなかった。
ただやり場のない怒りをぶつけたかっただけだったのに────。

「全く…。これまでずっと尊敬していたのに、ここに来て情けない姿を見せるからですよ、父上」

思った以上に冷たく部屋へと響いた声に自分でさえも驚いてしまう。

「せめてご自分の栄光の詰まった思い出の剣であの世へと送って差し上げます。どうぞ誇らしい気持ちで旅立ってください」

しかも何故か思ってもいないそんな言葉が口から勝手に飛び出して戸惑いは大きくなるばかり。
けれどそんな驚きが表情に出ることはなく、自分の意思とは関係なくニヤリと不遜な笑みで父を見下ろしてしまう。

(なん…だ、これは?)

自分の身に一体何が起こっているんだろう?
そこでふと、手に吸い付くような感覚に見舞われて手元へと目をやると、剣が俺へと語りかけてきた。

【実に御しやすい身体だ。気に入ったぞ、小僧。名は何と言う?】
「俺は…ジガールだ」
【そうか。ジガール。ではお前と特別な契約をしてやろう】

そう言うや否や、唐突に万能感あふれる力が身体へと漲ってくる。

「これは…」
【これは魔剣の力だ】

そして止まっていた時が動き出し、母の泣き叫ぶ声や遠くから駆けてくるような足音が聞こえてきた。

【窓から逃げるぞ】
「窓?」

ここは三階だ。流石に無理があるだろうと思ったが、魔剣は今のステータスなら問題はないと言い放ち、俺を窓へと誘う。

【お前は望むまま、やりたいことをやりたいようにやれ。そのために、俺がお前に力をくれてやろう】

そんな言葉に後押しされるように俺は窓へと足をかけ、迷うことなく外へと身を躍らせた。
下には誰もいない。
それを確認して導かれるように軽やかに地へと着地すると、俺は速やかに屋敷から逃走を図った。
途中ステータスを確認してみると明らかに上がっていて、その凄さに感動してしまう。
今の自分ならルシアンにも勝てるのではないだろうか?

(これが魔剣の力か……)

それだけステータスの上昇は著しかった。
元の自分の能力値がほぼ倍加しているのだ。
いつもとは身体の軽さが全く違っていて、今なら何でもできるような気がした。
ある意味その万能感に酔いしれていたのかもしれない。

だからこそ刺してしまった父への罪悪感も、泣き叫ぶ母への申し訳なさも何一つ覚えなかったのだろう。

頭にあるのはただ一つ。
あの男に、ルシアン=ジェレアクトに勝ちたいというその気持ちだけ。
手の届かない遥か高みにいるようなあの男に勝てるかもしれないというその欲望は俺の中でどんどん膨らんでいくばかり。

「ルシアン=ジェレアクト。俺はこの力を使ってお前に勝つ!」

そして俺は暗闇の中逃走を図り、街の中へと逃げ込んだのだった。


***


【Side.レンスニール】

「逃げられただと?!」
「はっ!ヴァリトゥード侯爵はご子息に魔剣で刺され瀕死の重体とのことです!」
「なんと…」

まさかこんな事態になるとは思ってもみなかった。
騎士団長指示の元、その身柄を確保しようとしたら父親を刺して逃走するなんて誰が想像できただろう?

「ヴァリトゥード侯爵が心配だな」

状況的に侯爵は息子から話を聞き、急いで逃がしてやろうとしたのだろう。
荷造りがされていたとのことだし、親心もわからなくはない。
けれど息子はそんな父の心をおもんばかるどころか魔剣で刺したのだ。
危険極まりない残虐行為としか言えぬ。

「至急捜索に向かえ!魔剣を手にしているのなら更なる凶行に走る可能性もなくはない!騎士達の緊急配備も徹底しろ!急げ!」

夜間に出歩いている者などほぼいないだろうが、このまま夜が明ければ人はどんどん外に出てくる。
その時に誰かが殺されるという可能性もなくはない。
早急にその身を確保せねば危険すぎる。

そうして騎士達に捜索に向かわせたが、どこにどう隠れたのか全くその姿を見つけることができなかった。
詳しくは知らないが魔剣の能力なんだろうか?
情報を得ようにも侯爵が瀕死の重体ではそれも適わない。

「叔父上にも注意を促すべきだろうな」

叔父の能力的に大丈夫だとは思うが、万が一ということも考えられる。
予め話を伝え、警戒してもらうに越したことはないだろう。
そう思い騎士団長の屋敷へと手紙を届けさせた。

(願わくば何事も起こらなければいいが…)

暗澹たる気持ちで窓へと目をやり、明けゆく空を見ながら重い溜息を吐いた。



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