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60.凶刃
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ルシアンと二人、不動産屋へ行き物件を見せてもらう。
でもこれという決め手に欠けていて、もう少し他の不動産も当たってみようということになった。
ルシアンは学園に通っているからできるだけ学園から近い方がいい。
「俺は別に立地さえよければ少々離れていても気にしないぞ?」
そんな風に言ってはくれるけど────。
「俺が…少しでも側にいたいだけだから」
そう。これは単に俺の我儘なのだ。
折角再会できたんだからできるだけ離れたくない。
学園が家の近くにあったらそこにルシアンがいるんだと安心できる。
行き帰りも学園から近ければ近いほど一緒に居られる時間は増えるから嬉しい。
そんなことをポツポツと口にしたら道脇へとグイグイ引っ張って行かれて、そのまま激しく口づけられてしまった。
「んぅうっ?!」
強く抱き寄せられて舌を絡めとられて、求めるように熱く見つめられながら交わされる口づけに酔いそうになる。
「カイ…」
「はぁ…ルシィ?」
やっと唇が離れてくれたから、力が抜けた身体を支えてくれるルシアンをそのままうっとりと見つめる。
そんな俺を暫く熱っぽく見つめてきたかと思うと、何故か連れ込み宿方面に連れて行かれそうになった。
「ちょっ?!ルシィ?!」
「無自覚に俺を煽ってくるお前が悪い」
でも待ってほしい。
流石に連れ込み宿は嫌だ。
「ルシィ…。あそこは嫌だ。怖い」
「…………そうだったな。悪かった」
あっさり引いてくれて助かったけど、その代わり今夜は思い切り抱くからなと囁かれて身体の奥に熱が灯ってしまう。
主人から求められるのが嬉しいと本能で感じてしまって、思わず早く抱いてほしいと言いたくなった。
でもここは我慢。それくらいの分別はある。
「そ、そろそろ従兄妹達も宿に戻ってるかもしれないし、戻ろうか」
「そうだな。そうしよう」
そうして何とかその場を切り抜け宿へと足を向けたのだけど、宿に着いたところで周辺が騒がしいことに気が付いた。
「何かあったんですか?」
ルシアンが猫を被りつつ、近くにいた事情を知ってそうな街人に話を聞く。
「いや、実はあの宿に泊まってた人がね、さっき外で大怪我して運び込まれたらしくて、今さっき宿の主人が医者を呼びに大慌てで走って行ったところなんだよ」
「え?」
「どうも他国の人らしくてさ、もしかしたらジュリエンヌ国から来たと思われて襲われたんじゃないかって話だ」
その話を聞き一気に蒼白になる。
もしかしてその大怪我をして運び込まれたというのは……。
「そ、その運び込まれた人は一人ですか?!」
「大怪我してたのは十代後半くらいの若い兄ちゃんで、腕を怪我したもう一人の姉ちゃんも同じくらいの────」
「ダニー兄さん!!アン姉さん!」
俺は途中まで聞いた時点で勢いよく駆けだしていた。
***
【Side.ダニエル】
カイザーリードが行方不明になった翌朝、ダイアンと一緒に街の情報屋を探しに行った。
運良くすぐに見つかったから、カイザーリードの容姿を説明し、何でもいいから情報を持っていないかと尋ねたらそれなら知っていると言って教えてもらうことができた。
なんでも破落戸が数人貴族から仕事を依頼されてそんな男を連れ込み宿に連れて行ったというものだった。
(連れ込み宿?!最悪だ…)
想定していた最悪の事態に妹と二人蒼白になる。
「そ、その連れ込み宿はどこに…」
「今はそこにゃあいねえよ。その後奴隷商に売っ払いに行ったらしい」
「奴隷商?!」
そこまで聞いてダイアンが真っ青になってふらりと倒れそうになったから慌てて支えたが、こちらも動揺が激しすぎてどうしていいのかわからない。
「カイ…」
早く助けに行ってやらないといけないのに、頭が真っ白になって上手く頭が回らない。
「もういいかい?情報はくれてやったんだ。ちゃんとお代は払ってくれよな」
そう言ってくる男に小金貨を二枚手渡し建屋を出る。
でもここからどう動けばいいのかが全く分からなかった。
「ダニエル…」
「ああ」
「私達…どうしたらいいの?」
弱弱しい声で聞いてくるダイアンに返す言葉がなくて、俯くことしかできない自分が情けなくてたまらなかった。
警吏は頼りにならないし、奴隷商に直接足を運んでも素直に引き渡してもらえるはずもない。
高額で買い取れと言われるのがオチだし、そこまでの資金的余裕など今の自分達にはないのだ。
となるともう無理矢理押し入って攫ってくるしかないが、器用にバレないように攫うなんてド素人の自分達にできるはずがないから絶対に騒ぎになるだろう。
プロに依頼する資金もないし、俺達が実行するしかないが、捕まって牢屋行きになる可能性が高い。
そうなったら俺達二人だけが強制送還で国に返され、カイザーリードを助けることができなくなってしまう。
八方塞がりだ。
(誰か頼れる相手がいればいいが…)
そう思った時、昨日のクラスメイトの顔がふと浮かんだ。
彼はどうだろう?
彼はこの国の貴族だ。
カイザーリードとも面識はあるし、話せば協力してくれたりしないだろうか?
(昨日はぐれたカイを心配して探し回ってくれていたようだし、事情を話せばきっと協力してもらえるはず)
そこに一縷の希望を感じ、ダメ元で当たってみようと話し合う。
「でもどこに行けば…」
「彼は学園生だし、寮の方に行けば会えるんじゃないか?」
「そうね!」
屋敷がどこにあるかわからないし、ダメ元で行ってみようということになった。
そうして学園へ向かっている途中で、運良く彼に遭遇する。
たまたま目を向けた路地にその姿を見つけたのだ。
「あ…」
向こうもすぐに気づいたようで、こちらへと笑顔を向けてくれたからこちらから近づいていく。
でも何かが変だ。
(血の…臭いか?)
まだ距離はあるものの、風上にいる彼から漂う血のような臭いが鼻をつく。
「どうかされましたか?」
穏やかに尋ねられるが、近づけば近づくほど血臭が増す気がして、勝手に足が止まってしまった。
そして唐突に寒気のような感覚に襲われ、思わず叫ぶように妹へ鋭く言葉を発した。
「ダイアン!逃げろ!」
「え?」
危険だと思った瞬間相手が剣を抜き、ダイアンへと剣戟を放つ。
慌てて庇う様にダイアンの身を引き寄せたが、その剣風は僅かにダイアンの腕へと届き、血飛沫が舞った。
「きゃああっ!」
「クソッ!」
妹を傷つけられてこのまま黙ってはいられない。
そう思いこちらも迷わず剣を抜く。
黙ってやられる訳にはいかない。
けれどそれで向こうが引いてくれることはなく、寧ろ望むところだと言わんばかりに嗤い、手をこちらへ向けながら魔法を唱えた。
【風刃爪!】
それと同時に風が鋭い刃となり抉るように襲い掛かってくる。
急いで防御すべく水魔法で壁を作るが、威力が強すぎて防ぎ切ることが出来なかった。
ザシュッ!
「グゥッ…!」
猛獣の爪のような鋭さで切り裂かれる身体。
崩れ落ちる身体に泣きながら駆け寄り、必死に名を呼びながら縋りついてくる妹。
「いやぁあああ!ダニエル!ダニエル!」
そんな俺達に、彼は言う。
「ここでとどめを刺す気はない。お前達は餌だ。精々騒いであの男を…ルシアンを呼び寄せろ」
そして押し殺した笑い声を残し、そのまま去って行った。
きっとダイアンの悲鳴が聞こえたのだろう。
誰かが様子を窺うように近づいてくる気配を感じる。
「ダニエル!しっかりして!誰か!誰か助けて!兄さんが通り魔に襲われたの!お願い!早くしないと死んじゃうわ!」
ダイアンはきっと『貴族に襲われた』と口にしたら誰にも相手にされないと思ったんだろう。
敢えて通り魔に襲われたと言ったんだと思う。
助かるためにとそう言ってくれたのは素直にありがたいとは思うが、これではあの男の思う壺だろう。
(カイ…)
お前を助けに行ってやりたいのに。
お前の大事な婚約者を窮地に追いやってしまうかもしれない。
「すまない…カイ」
「ダニエル?!ダメよ!気をしっかり持って!お願い!」
妹のそんな声を最後に、俺は意識を手放した。
でもこれという決め手に欠けていて、もう少し他の不動産も当たってみようということになった。
ルシアンは学園に通っているからできるだけ学園から近い方がいい。
「俺は別に立地さえよければ少々離れていても気にしないぞ?」
そんな風に言ってはくれるけど────。
「俺が…少しでも側にいたいだけだから」
そう。これは単に俺の我儘なのだ。
折角再会できたんだからできるだけ離れたくない。
学園が家の近くにあったらそこにルシアンがいるんだと安心できる。
行き帰りも学園から近ければ近いほど一緒に居られる時間は増えるから嬉しい。
そんなことをポツポツと口にしたら道脇へとグイグイ引っ張って行かれて、そのまま激しく口づけられてしまった。
「んぅうっ?!」
強く抱き寄せられて舌を絡めとられて、求めるように熱く見つめられながら交わされる口づけに酔いそうになる。
「カイ…」
「はぁ…ルシィ?」
やっと唇が離れてくれたから、力が抜けた身体を支えてくれるルシアンをそのままうっとりと見つめる。
そんな俺を暫く熱っぽく見つめてきたかと思うと、何故か連れ込み宿方面に連れて行かれそうになった。
「ちょっ?!ルシィ?!」
「無自覚に俺を煽ってくるお前が悪い」
でも待ってほしい。
流石に連れ込み宿は嫌だ。
「ルシィ…。あそこは嫌だ。怖い」
「…………そうだったな。悪かった」
あっさり引いてくれて助かったけど、その代わり今夜は思い切り抱くからなと囁かれて身体の奥に熱が灯ってしまう。
主人から求められるのが嬉しいと本能で感じてしまって、思わず早く抱いてほしいと言いたくなった。
でもここは我慢。それくらいの分別はある。
「そ、そろそろ従兄妹達も宿に戻ってるかもしれないし、戻ろうか」
「そうだな。そうしよう」
そうして何とかその場を切り抜け宿へと足を向けたのだけど、宿に着いたところで周辺が騒がしいことに気が付いた。
「何かあったんですか?」
ルシアンが猫を被りつつ、近くにいた事情を知ってそうな街人に話を聞く。
「いや、実はあの宿に泊まってた人がね、さっき外で大怪我して運び込まれたらしくて、今さっき宿の主人が医者を呼びに大慌てで走って行ったところなんだよ」
「え?」
「どうも他国の人らしくてさ、もしかしたらジュリエンヌ国から来たと思われて襲われたんじゃないかって話だ」
その話を聞き一気に蒼白になる。
もしかしてその大怪我をして運び込まれたというのは……。
「そ、その運び込まれた人は一人ですか?!」
「大怪我してたのは十代後半くらいの若い兄ちゃんで、腕を怪我したもう一人の姉ちゃんも同じくらいの────」
「ダニー兄さん!!アン姉さん!」
俺は途中まで聞いた時点で勢いよく駆けだしていた。
***
【Side.ダニエル】
カイザーリードが行方不明になった翌朝、ダイアンと一緒に街の情報屋を探しに行った。
運良くすぐに見つかったから、カイザーリードの容姿を説明し、何でもいいから情報を持っていないかと尋ねたらそれなら知っていると言って教えてもらうことができた。
なんでも破落戸が数人貴族から仕事を依頼されてそんな男を連れ込み宿に連れて行ったというものだった。
(連れ込み宿?!最悪だ…)
想定していた最悪の事態に妹と二人蒼白になる。
「そ、その連れ込み宿はどこに…」
「今はそこにゃあいねえよ。その後奴隷商に売っ払いに行ったらしい」
「奴隷商?!」
そこまで聞いてダイアンが真っ青になってふらりと倒れそうになったから慌てて支えたが、こちらも動揺が激しすぎてどうしていいのかわからない。
「カイ…」
早く助けに行ってやらないといけないのに、頭が真っ白になって上手く頭が回らない。
「もういいかい?情報はくれてやったんだ。ちゃんとお代は払ってくれよな」
そう言ってくる男に小金貨を二枚手渡し建屋を出る。
でもここからどう動けばいいのかが全く分からなかった。
「ダニエル…」
「ああ」
「私達…どうしたらいいの?」
弱弱しい声で聞いてくるダイアンに返す言葉がなくて、俯くことしかできない自分が情けなくてたまらなかった。
警吏は頼りにならないし、奴隷商に直接足を運んでも素直に引き渡してもらえるはずもない。
高額で買い取れと言われるのがオチだし、そこまでの資金的余裕など今の自分達にはないのだ。
となるともう無理矢理押し入って攫ってくるしかないが、器用にバレないように攫うなんてド素人の自分達にできるはずがないから絶対に騒ぎになるだろう。
プロに依頼する資金もないし、俺達が実行するしかないが、捕まって牢屋行きになる可能性が高い。
そうなったら俺達二人だけが強制送還で国に返され、カイザーリードを助けることができなくなってしまう。
八方塞がりだ。
(誰か頼れる相手がいればいいが…)
そう思った時、昨日のクラスメイトの顔がふと浮かんだ。
彼はどうだろう?
彼はこの国の貴族だ。
カイザーリードとも面識はあるし、話せば協力してくれたりしないだろうか?
(昨日はぐれたカイを心配して探し回ってくれていたようだし、事情を話せばきっと協力してもらえるはず)
そこに一縷の希望を感じ、ダメ元で当たってみようと話し合う。
「でもどこに行けば…」
「彼は学園生だし、寮の方に行けば会えるんじゃないか?」
「そうね!」
屋敷がどこにあるかわからないし、ダメ元で行ってみようということになった。
そうして学園へ向かっている途中で、運良く彼に遭遇する。
たまたま目を向けた路地にその姿を見つけたのだ。
「あ…」
向こうもすぐに気づいたようで、こちらへと笑顔を向けてくれたからこちらから近づいていく。
でも何かが変だ。
(血の…臭いか?)
まだ距離はあるものの、風上にいる彼から漂う血のような臭いが鼻をつく。
「どうかされましたか?」
穏やかに尋ねられるが、近づけば近づくほど血臭が増す気がして、勝手に足が止まってしまった。
そして唐突に寒気のような感覚に襲われ、思わず叫ぶように妹へ鋭く言葉を発した。
「ダイアン!逃げろ!」
「え?」
危険だと思った瞬間相手が剣を抜き、ダイアンへと剣戟を放つ。
慌てて庇う様にダイアンの身を引き寄せたが、その剣風は僅かにダイアンの腕へと届き、血飛沫が舞った。
「きゃああっ!」
「クソッ!」
妹を傷つけられてこのまま黙ってはいられない。
そう思いこちらも迷わず剣を抜く。
黙ってやられる訳にはいかない。
けれどそれで向こうが引いてくれることはなく、寧ろ望むところだと言わんばかりに嗤い、手をこちらへ向けながら魔法を唱えた。
【風刃爪!】
それと同時に風が鋭い刃となり抉るように襲い掛かってくる。
急いで防御すべく水魔法で壁を作るが、威力が強すぎて防ぎ切ることが出来なかった。
ザシュッ!
「グゥッ…!」
猛獣の爪のような鋭さで切り裂かれる身体。
崩れ落ちる身体に泣きながら駆け寄り、必死に名を呼びながら縋りついてくる妹。
「いやぁあああ!ダニエル!ダニエル!」
そんな俺達に、彼は言う。
「ここでとどめを刺す気はない。お前達は餌だ。精々騒いであの男を…ルシアンを呼び寄せろ」
そして押し殺した笑い声を残し、そのまま去って行った。
きっとダイアンの悲鳴が聞こえたのだろう。
誰かが様子を窺うように近づいてくる気配を感じる。
「ダニエル!しっかりして!誰か!誰か助けて!兄さんが通り魔に襲われたの!お願い!早くしないと死んじゃうわ!」
ダイアンはきっと『貴族に襲われた』と口にしたら誰にも相手にされないと思ったんだろう。
敢えて通り魔に襲われたと言ったんだと思う。
助かるためにとそう言ってくれたのは素直にありがたいとは思うが、これではあの男の思う壺だろう。
(カイ…)
お前を助けに行ってやりたいのに。
お前の大事な婚約者を窮地に追いやってしまうかもしれない。
「すまない…カイ」
「ダニエル?!ダメよ!気をしっかり持って!お願い!」
妹のそんな声を最後に、俺は意識を手放した。
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