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幕間
閑話 アマデオ・ファニート・ペラレスの憂慮1
しおりを挟むわたしはアマデオ・ファニート・ペラレス。
この城では鉄犀騎士団の団長という肩書だ。それには理由がある。
陛下からの密命で、西狭の砦城主ジャコブ・ハビエル・ヴェルレーヌ候爵の周辺を洗い出していた。そのためには信頼を勝ちとり易い、騎士団長の立場が適任だ。
候爵が公都に帰還した際に、陛下の紹介でこの任に就いたのが約1年前。
そこから漸く尻尾を掴んだと思ったらこれだ。
西狭砦周辺の村々を襲っていた盗賊団が、レリア様付きの騎士団に討伐されたと聞き、確認したところ首級を見せられた。
だが、聖レリア騎士団の騎士たちでは到底盗賊団の頭目に勝てなかったはず。
この情報は候爵が自慢気に話していたからよく覚えている。そう、盗賊団と城主は最初からグルだったのだ。現に、連れ帰った女たちを冤罪で拘束し、嬲っている始末。爛れた治世に反吐が出る。
そもそも、侯爵家は国の軍務を取り仕切り、四方の護りを固めるのが務め。それが平和ボケし、私腹を肥やし、陛下の威を借って辺境の地で国家転覆を図ろうとは、言語道断。
剰え、公女殿下の騎士団に手を出すなどと、何を考えているのだ!
陛下の信に応えるためにも、もう我慢ならんっ!
証拠は手にある。陛下から、生死は問わぬと言われているのだから、このまま斬り伏せる、と思って部屋にやって来たら可怪しな事になっているではないか。
真っ白な全身鎧に身を包んだ騎士が武器を振り回して暴れている。
候爵はと探せば、全裸で雪毛の兎人に絡まれていた。状況からするに、盗賊に捕らわれれた際に助勢に入ったという者たちか。
この状況で直ちに候爵を斬るのは憚られる。状況を作らねば……。
兎人は無手の職種のようだ。武器らしきものが腰に見えるが抜く気配がない。侮るつもりはないが、わたしは大騎士。武闘家には遅れは取らぬ。
正確には分らんが、手練の纏う雰囲気に気圧されている自分に気付く。
斬り結ぼうとするが、刃が届く寸前で躱されるではないか。
――強い。これならば頭目を討ったと言っても肯ける。
侮るつもりはないが、やはり雪毛という外見から侮っていたことを恥じた。同時に、もっと戦っていたいという気持ちが、自然と湧いて来ることにも驚きを隠せない。どうなってる。
だが、油断しきっている候爵を斬るなら今だと、わたしの勘が急かす。
申し訳ないという気持ちと、この強さならという確信めいた勘から、わたしは【剣舞】を使うことにした。戦闘職が時折、身に着けることが出来る起死回生を掴み取れる技だ。槍使いならば【槍舞】、斧使いならば【斧舞】という。
この技を躱せなければ、それだけの男だったという事だろう。
「いや、こういう場でなければ、心行くまで戦ってみたいという気持ちを押さえなかっただろう。だからこそ残念だ」
「言ってる意味が解らん」
「だろうな。行くぞ。【剣舞】・疾風!」「のわっ!?」
魔力で身体能力を一時的に増して放つ突きだ。そこに剣の力が加われば、常人ならば躱しきれん。
そう思っていたのだが、世の中はまだまだ広いらしい。
突然、脇腹に鈍い痛みと衝撃が入り、突きの軌道が逸らされたのだ。その先に居たのは、候爵であることを判った上で、そのまま勢いを殺さずに腕を伸ばし切った。剣先から、何かを突き抜ける鈍い感触が小さく伝わってくる。
驚きで目を瞠ったまま絶命した候爵が床に伏し、血溜りを作るのを乱れた呼吸を整えながら見下ろしていた――。
◆◇◆
候爵を殺したまでは良かったのだが、その後が大変だった。
あの雪毛の兎人の指摘通り、公女殿下の御命令のものと陛下に伺いを立てると、同じように御叱りを受けたが、事が起きたばかりだと伝えるとぐに動いてくださったのは驚きだ。
事があの兎人の通りに動いていることに気付き、ゾワリと肌が粟立つのを感じずには居られなかった。
陛下からもあの兎人について聞かれたが、正直何も知らない。
姫様の手助けとなってるということや、貴族に対してへつらわない態度を持ってるなど、観察から気付いたや先程指摘されたことなどを話したが、大して役に立っていないことに忸怩たる思いがする。
ただ、陛下が言うには、『そういう輩は下手に首輪を着けると、容赦なく咬み付いてくる。気のないふりをしながら、時々餌をやればいい。但し、慣れたと思って不用意に手を出すと咬まれるぞ』とのこと。要するに気を抜かぬことだと笑われた。
身代わりに対する兎人と従者の身分を保証する書状と、褒章に宝物庫で転がっていた銀の指輪が、小型の転送魔法陣を経由して届けられる。
何処の馬の骨とも知らぬ旅の獣人への扱いとしては破格だが、陛下には思うところがあるらしい。あとは、わたしが折り合いをつければいいだけの話だ――。
◆◇◆
今、こいつは神級魔道具と言ったのか?
何をどう見れば、銀製の指輪がそう見えるのだ。
陛下も『只の魔道具だが、宝物庫に入ったら何となく目に止まってな』と笑っておられた程度の物だぞ?
兎人の言葉に、思わず失笑してしまう。
「ふん、何を莫迦な事を。貴様の目は節穴のようだな。何処の馬も知れん者にいきなり国宝級の魔道具が下賜されるはずがなかろう。誰がどう見ても、一般級の銀製指輪だ」
その言葉に、何やら思案顔だった男がわたしの掌にある指輪に手を伸ばしてくる。こいつ、嵌めずに収める気だな。
「じゃあ、ありがたく頂戴しておきますよ」
掴む寸前で掌を下げると、兎人の指が指輪を探す。
「何を言ってる。我らの目の前で嵌めるのだ」
「は? 嘘だろ!?」
こいつ、陛下から下賜された物を何だと思っているのだ。
「だから何を言ってるのだ。陛下から下賜された物を身に着けぬまま行かせる訳がなかろう? 売っても大した額にはならんだろうが、それをさせると思うか?」
「無理だろうね~。あ~その前に。この国じゃ、結婚するとお互いが何かのアクセサリーを送る習慣があるか?」
ボリボリと頭を掻き、変なことを聞いてくる。アクセサリーを結婚時に送る? そのような習慣など我が国にはない。何を言ってるのだ?
「特にはありませんわ」
殿下も思い当たる節がないようだ。王侯貴族が知らぬのだ、そんな習慣はない。
「無いのか。リリーさんや獣人はどうだ?」
「あ~特に無いかな。気を付けなきゃいけないのは、女の人の尻尾。番じゃないのに触ろうとすると、咬み付かれるからおっさん気をつけてね?」
狼人の女騎士に尋ねるが、同じようだ。ふむ。獣人の尻尾にはそ言う意味合いがあるのだな。気を付けるとしよう。
「そうかい。ありがとよ。じゃあ、着けさせてもらうからな」
そう言いながら、指輪を受け取り右手の人差し指に差し込む兎人。
すると可怪しな事を言い始めた。
「主君、指輪が光らなかったか?」
「うん、わたしも光ったように見えた」
2人が従者がそう言い始めるではないか。兎人もそれに肯いてるとことを見ると、本当に光ったのか? わたしも殿下も指輪を嵌める瞬間を見てるのだぞ?
「光りましたか?」
「本当に光ったのか? 何も見えなかったぞ?」
殿下にも視線で伺いを立てるが、首を振られた。殿下にも見てない。
不思議なことがあるものだ。
「よし、【還って良いぞ】」
そんな事に思いを彷徨わせていると、兎人が真っ白な全身鎧を身に着けている巨人のような騎士に触り消し去ったではないか!?
武闘家だと思っていたら、召喚士だっというのか!? あの動きで!?
わたしはこの時初めて、背筋に冷たい汗が垂れるのを感じた。
だとしたら、途轍もなく危険な相手に剣を向けていたということだぞ!?
魔法使い系の職種が魔法を発動させるためには、どんなに短くても最終的に発現させるための詠唱が必要になる。立ち止まって精神を集中させるという行程が必須だ。だが、こいつはわたしの剣を躱している時、その後も、息を切らしていなかった。乱れてもない。
つまり、あの動きをしながら、魔法を打つことが出来たということだ。
常識では考えられぬが、動きながらの詠唱……。この男ならやりかねん。そう自然と腑に落ちた。
「じゃあな」
手を上げて短く挨拶をし、従者と共に部屋を出て行く兎人の後ろ姿を見送るわたしの中に、言いようのない不安が湧き上がって来ているのに気付く。
「殿下。あのまま行かせてもよろしかったのでしょうか?」
「あの戦力が敵側の手に落ちたら!?」と思わずにはいられない。
その思いが自然と口から零れ出ていた。
「わたしたちの側から不用意な干渉をすると、敵対されることは目に見えています。サポート役を密かに付けさせますから大丈夫でしょう」
その答えを聞いて、「ああ、この方は紛れもなく陛下の御子なのだな」と嬉しく思うのだった――。
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