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幕間
閑話 イドゥベルガ・ティルピッツの悪戯2
しおりを挟む馬車が止まったようですね。
守門にドアを開けてもらいます。
目の前には、ウチの神殿よりも大きな豊穣の神殿が立っていました。大きさで言えば西狭の街で最大を誇るでしょう。
侍祭のクレールが差し出す手に体重を少し預け、馬車の戸を潜り抜けます。
やはり馬車は腰に響きますね。
歳かしら……。
嫌だわ。
本来、守門は神殿内だけの勤めしかないのですが、それ程大きくない農耕神殿では御者の仕事も熟してくれているのです。
階段を上がった所に、豊穣の神殿の守門が立っているのが見えました。
「あなたはここで待ってなさい」
「畏まりました」
馬車の見張り番が必要です。ウチの守門はここへ残すことにしました。比較的治安は良い砦の街ですが、力試しに来る荒くれ者が居るのも事実。用心するに越したことはないですかあね。まあ、彼にしてみればいつものこと。良い息抜きになるでしょう。
「クレール。先触れをお願い」
「はいっ! イドゥベルガ様!」
10歳になったばかりの少女が元気な声で返事をし、階段を上っていきます。
ふふふ。元気ですね。わたしもゆっくり上がることにしましょう。
上り切ると、少し行きが上がっていることに気付きます。息を整えつつ振り返り来た道を見ると、30段近い階段を上がって来たと言うのがよく分かりました。視線を上げると、西狭の街にはある他の神殿の屋根が見えます。
ああ、そうそう、この西狭の街には9柱神殿の内、神殿が4つしかないのですよ。
農耕の神殿、豊穣の神殿、水の神殿と戦乙女の神殿です。
他の4つ、叡智の神殿、秩序の神殿、自由の神殿、伎芸の神殿は南狭砦にあります。
残り1柱、律令の神殿だけはこの広い凪の公国の中で各領都と公都にしかありません。あそこは徹底した人族至上主義ですからね。人族の多い場所にしか神殿を置かないという、徹底ぶりです。
ですから、凪の公国に南接する獣の王国には1つもないのですよ。あそこは獣人が治める国ですからね。本当、困ったものです。
まあ、わたし自身あそことあまり関り合いを持ちたくない理由もあるのですが……。
「イドゥベルガ様、ベルタ様が御逢いくださるそうです!」
そんな事を考えていると、後ろから元気の良い声が飛んできました。振り返ると、嬉しそうに笑うクレールの顔が見上げています。ふふふ。良い子ですね。
「そうですか。ありがとう、クレール。では、行きましょう」
「はいっ!」
「イドゥベルガ様、ようこそお越しくださいました。御案内いたします」
「ええ、お願いね」
ここには良くクレールを連れてお茶を飲みに来ていますからね。殆どが顔見知りです。出迎えに来てくれた、こちらの助祭の娘と雑談を楽しみつつ、いつもの部屋に足を運ぶことにしましたーー。
◆◇◆
「それで、今日は何しに来たんだい?」
わたしの前には、体格の良い筋肉質の老婆が座っています。
いつ見ても、そうとしか言えないその容姿に謎が深まるばかりですね。
ええ。歳はわたしと同じ70歳なのですが、どう見ても体の張り、動きは50台のそれと遜色ないのです。髪の毛は殆ど白髪ですが、若い時の名残りとも言うべき茶髪も混ざっていて、綺麗に後ろへ纏めポニーテールに束ねている姿は若々しいとしか言いようがありません。
「お茶を飲みに」
彼女の問いかけに短く、答えます。
「はん。何年あんたと付き合ってると思ってるんだい。その顔見りゃ、何かを企んでることくらいお見通しだよ」
「あらあら。そんなにわたしの顔分かりやすかったかしら?」
確かに、ベルタとは50年来の付き合いだものね。
それにしても、そんなに感情が漏れてるのかしら?
「……いーや。初対面じゃ分かんないだろうね。その妙に嬉しそうな雰囲気とかね」
付き合いが長いとは言え、そこまで機微を感じてるとは驚きね。ふふ、まるでーー。
「……お母さん?」
「ぶーっ! ごほっごほっ! 何を急に良い出すんだい!? 喉に入っちまったじゃないかい!?」
「ふふふふ。ベルタが珍しく冗談を言うものだから、真に受てしまたじゃない」
「いや、冗談でも何でもないんだけどね。酷い目に遇ったよ」
吹き出したお茶を拭き取りながら、ベルタがボヤいています。そろそろいいかしら。
「ねえ、ベルタ」
「なんだい?」
「あなた神託を受けたことは?」
「ーーなんだい急に。んなものある訳無い。ここ数百年何処の神殿でも聞いたことが……まさか」
「ーー」
何処に耳があるかわからないから、肯定は頭を動かすだけに止めておきましょう。
ベルタの反応を楽しみたいので、ゆっくりと受け皿ごとティーカップを持ち上げます。それを真似るように、ベルタも受け皿ごとティーカップを持ち上げますが、カチャカチャと小刻みに揺れる音が彼女の動揺を表しているようですね。
「……誰だ?」
相手は誰だ、ということかしら? それともどの女神からかしら?
「スピカ様」
「女神スピカだと……ゆ」
そこで、ベルタの顔の前に人差し指を立てます。危ないわね、もうっ。うっかり「勇者」って言おうとしたでしょう?
「すまん。気持ちが高ぶってね」
「良いのよ。けど、それじゃないわ。 」
ベルタの目を見ながら、声に出さずゆっくりと口を動かします。これなら唇が読めるでしょ?
みるみるベルタの目が大きく見開かれるじゃありませんか。そんなに大きく開けたら、目が零れ落ちてしまいますよ?
「まさか……」
「本当。小鳥を頭に戴いたのを皆見たもの」
「公に」
「しないわ。『嫌がることはしないように』と先に釘を刺されてるんだもの。本人も担がれたくないと言ってたしね」
「正義の神殿には?」
「あそこには1番知られてはダメ」
「ーーっ!? まさか」
その一言で凡そのところは気付けたようね。
「そ、 。だから、獣の王国の方が危険ね」
口だけ動かして誰が使徒なのかだけ伝えます。
獣人が使徒と判れば、間違いなくあそこの強欲な王が動かないはずがない。何処まで隠せるかは分からないけど、できるだけ長くかくして万全な準備をしておきたいのよ。
「なんてことだい。北方正教会と獣の王国を敵に回しちまうのかい? そりゃまた剛毅な話だねえ~」
北方正教会は、この大陸の北部にある正義の神殿の総本山のこと。魔族領も近くにある地域だから、信者を増やして勢力を徐々に拡大したのでしょうけど、わたしは嫌い。女神ヴィンデミアトリックスじゃなくて、教義を振り翳す人族至上主義の先鋒みたいな振る舞いが嫌いなの。
「そ、だから、手を貸してもらえないかと思って」
「ふふふふ。あはははははっ! 良いねえ。良いじゃないかい、イドゥベルガ! ウチも1枚噛ませてもらうよ。で、他はどうする?」
急に笑い出すもんだから吃驚したけど、掴みは良さそうね。
「戦乙女の神殿は、わたしが行くよりベルタの方が話が早くて済むんじゃないかしら?」
「まあそうだな。イングヒルトは脳筋だからね~」
貴女ほどじゃないと思うわ、とは口に出さない方が話が進みそうね。
「お願いできるかしら?」
「ああ、任せときな。で、水の神殿へはあんたが行ってくれるんだろ?」
「ええ。リュドミールは歳を取って段々疑い深くなりましたからね。じっくり話さないとダメでしょう」
あの屁理屈爺の顔を思い浮かべるだけでも、どことなくイラッとしますが、今はそんな不満は言ってられません。
「正直助かるぜ。この歳になっても、あの爺さんだけは苦手なんだよ」
皆そうだと思いますよ。
「では話を取り付けたら、また御茶会の日時と場所を決めましょうね、ベルタ?」
「ああ、そうだな。上手い茶菓子でも用意しとくよ」
「ふふふ。楽しみにしておくわ」
カップに残ったお茶をゆっくり呑み干して、席を立ちます。お互いこれからすることが山積みですからね。動ける内に済ませてしまいましょう。
チリーン
とベルタが呼び鈴を鳴らすと、扉が開きました。ここに案内してくれた助祭の娘とクレールが立っています。ええ、大切な話があるからと、中に入れなかったのですよ。
「イドゥベルガがお帰りだ。送って差し上げろ」
「はい、ベルタ様。イドゥベルガ様、御案内致します」
ベルタのようなガサツな司教に仕えてよく不平が出ないものだと思いますが、あれで居て気が利きますからね。人柄で皆を惹きつけているのでしょう。
「ええ、お願いね。クレールお待たせ。さ、行きましょう」
「はいっ」
「じゃあまたね、ベルタ」
「ああ、またな」
お互いに笑みを交わして別れます。さあ、忙しくなりますよ。ふふふ、ハクトちゃん驚いてくれるかしら。報告が楽しみだわ。
そんな事を考えながら歩いてると、廊下を爽やかな一陣の風が吹き抜けます。ちょうど話し終えたわたしの心を表しているかのように、清々しいものでしたーー。
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