えっ!? そっち!? いや、骨法はそういう意味じゃ……。◇兎オヤジの見聞録◇

たゆんたゆん

文字の大きさ
128 / 333
第2章 辺境伯爵領

第108話 えっ!? どうしてそれを!?

しおりを挟む
 
 「お、おい。おやっさんたち何してるんだ? 宿に入らねえのかよ?」

 思わず2人の背中にそう声を掛けちまったよ。

 「ああ、お前らか。そうしたいとこなんだがな。この宿は人様ひとさまの物になちまったよ。すまんな。前金まで貰ってるというのによ」

 「ううっ」

 振り向いて、俺の問に答える熊人族おやっさんつぶらな目が曇ったような気がした。それに合わせて女将さんが堪えたものが一気に吹き出したように泣き出したじゃねえか。

 何があった?

 虎人族の女クロたちも、余りの事に何を言って良いのか分からないみたいでオロオロしてやがる。ちっ。俺だって判るかよ。

 「主人。もし良ければ仔細しさいを教えてもらえぬだろうか? われらとしても宿ここに泊まれぬとなれば代わりを探さねばならぬし。何よりも、女将が泣くほどのことだ。知らぬ顔はできぬ」

 ナイス! ヒルダも良いこと言うじゃねえか。

 「そうだよ。水臭いじゃないかい」

 「お前ら……。いや、ダメだ。お前らには迷惑は掛けれん。これはウチの家族の問題だ」

 クロの言葉に、女将さんの肩に回した腕に力が入るのが分かった。

 「家族? そういやあ息子が居たな。手前てめえの母親が泣いてるってえのに何処ほっつき歩いてやがる」

 息子の話を聞いてた俺は、違和感を口にする。

 こんだけ悲壮感漂わせてたらよ、「親父! 俺頑張るから!」的なセリフの1つや2つが聞こえて来ても良いようなもんだが、その声を発する息子の姿は何処にもねえ。

 家族の問題?

 トラブルか?

 ちっ。この指輪をしてからろくな事がねえな。

 そんな事を思いながら、右手の人差し指にまる黒ずんだ銀製の指輪に視線を落とす。ま、本当は真銀ミスリリル製らしいが、んな事より『善行を行う機会が増える』とあった指輪の効果なら、これは完全に俺がやらかしたことになる。

 そんな人様の運命まで作用するようなだいそれた物じゃねえとは思うが、俺の目の前では勘弁してくれ。放っとけねえだろうがよ。

 赤の他人だが、情が移っちまったら見てみぬふりはできん。『聞けば気の毒見れば目の毒』とはよく言ったもんだぜ。

 「……うう、イサ、どうしてこんな事を……」

 「おい!」

 息子の名前か? 女将さんが名前を口走った途端におっさんが声を荒げたな。

 息子はここには居ねえ。宿が他人の物になった。原因は息子、だろう。つう事はーー。

 「息子に権利証を持ち逃げされたか?」

 「っ!?」「えっ!? どうしてそれを!?」

 ビンゴ。女将さんのその表情かお見りゃ嫌でも判らあ。ったく、何母ちゃんを泣かせてやがるんだ、莫迦ばか息子が。

 「おやっさん、そりゃいつの話だ? そんなに時間経ってねんだろ?」

 「……ああ、朝一番、仕入れから帰って来たと思ったらこのざまだ。何処で育て方を間違えたのか……」

 「ううっ」

 朝イチか。今は……陽の位置からすれば、昼前だ。2、3時間前ってことだな。

 空を仰ぎながら思う。ま、訳の分らん事をしでかせば、普通はそう思うわな。けど、クロたちからもここの息子の素行が悪いって言う話は聞いてねえ。そんなに遊びまわってるんだったら、俺たちが泊まった時に入った大金目当てに一悶着ひともんちゃくあったはずだ。

 それもねえ。

 俺たちが、宿に来た時も出る時も厨房の奥にはおやっさん以外の気配があった。あれが多分そうだろう。だとしたら、よっぽどの事があったと考えた方がしっくり来る。

 「おやっさん。莫迦息子の言い分を聞いたのかい?」

 けど、母ちゃん泣かせて良い理由にはならんがな。先ずは、状況確認だ。

 「いや。バタバタと帰って来たと思ったら、あれを探し当てて出て行きやがったのさ」

 トンッ

 「何処に行ったのか見当はっ!?」「ひっ!?」「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」

 熊人のおやっさんが大きな肩を揺らす。兎に角、何処に居るか見付けねえ事には権利証云々うんぬんの話もできねえ。そう思って確認しようとした矢先、おやっさんと女将さんの間をうように投げナイフが通り過ぎ、宿の壁に刺さったんだ。

 慌てて飛んできた方に向き直り、目星を付ける。思ってたポイントで黒い頭が屋根の影に消えるのがチラッとだけ見えた。

 「追うかい?」

 「いや、良い。これだけの腕前だ。敵なら、誰かに刺さるように投げたはずろ?」

 「……それもそうだね」

 「ナイフの柄に何か結んであるっスね。はいこれ」

 クロが背中を合わせるようにして聞いてる。気が付いたってことかよ。やるもんだ。けど、そりゃ後だな。クロを納得させた所へホビット娘オリーヴが壁に刺さったナイフを抜いて来てくれた。

 「確認が必要」

 「誰かしらね~?」

 「ど、何処から投げたんでしょう?」

 「ハクト、開けて見て! 何て書いてあるの?」

 いや、プルシャン急かすな。俺がまだ字が読めねえの知ってるだろうがよ。

 あ、こいつわざとだな。ニシシと口を広げて笑うプルシャンの顔を見て思わず引きった笑いが出ちまった。そのままナイフから布のような物を抜き取って、ナイフをオリーヴに渡す。

 紙文化が無いってことか。布を開けて見ると何やら短く文字が書いてある。

 「ふむ。イサルコとコワリスキー……名前だな、主君」

 「ああ、そうだな」

 そこへ、ヒルダが助け船を出してくれた。ふぃ~助かったぜ。

 ん? どっかで聞いたことねえか?

 「面倒事。ハクトまずい」

 「イサルコって言ったらここの息子の名前だよ! もしかしてコワリスキー商会に行ったんじゃないのかい!? あそこは色々やばいことしてるってもっぱらの噂だよ?」

 ちびっ娘ロザリーとクロが勝手に説明を挟んでくれたお蔭で、何となく見えてきた。

 あ~このくだり、前も聞いたな。確か、建てかけの屋敷が倒れた時だったか。

 思い出すと、あの時の様子も頭に浮かんでくる。ニヤニヤした男が居たな。さっきのやつが誰かは知らねえが、敵じゃないのは信じても良さそうだ。

 「あ~んじゃちょっくら行って来るぜ」

 「お。おい!」「ええっ!?」

 「あ、ちょっと、ハクト引っ張らないでおくれよ!?」

 宿のおやっさんと女将さんに、しゅたっと片手を上げて軽く挨拶し、有無を言わせずにクロの腕を引く。

 「んなこと言ってもよ、コワリスキー商会が何処にあるか判んねえだろうがよ。迷子になったら色々と拙い。案内しろって」

 「はあっ!? あたしも行くのかい!?」

 「ん~皆で行くか? それなら怖くねえだろ?」

 そう言って、俺は女たちを引き連れ、ピクニックにでも行くような軽さで跳ね豚の憩い亭を後にした。おやっさんと女将さんは放っておいても問題ねえだろう。そう思わせる風格がおやっさんにはある。

 「「「「「本気っ!?」」」っスか!?」かい!?」

 「あはははっ! 楽しそうだね、ヒルダ!」

 「はあ。主君がこうなっては仕方ない。一緒に行くしかないだろう」

 「わははははっ! 楽しくなってきたな、おい!」

 「あたしは楽しくなんてないよぉーーーーっ!」

 クロの叫びが通りに響いた時、昼を知らせる街の鐘の音が、カラーンカラーンっと雲間に吸い込まれていったーー。





しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」  ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...