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幕間

閑話 クローディーヌ・ラウル・アンツォンの鬱積

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 あたしはクローディーヌ。

 クローディーヌ・ラウル・アンツォンって大層な家名が付くけど興味ないね。

 家に縛られたくなかったあたしは、国許くにもとを出る際に冒険者になった。それだけさ。

 自分のからだ1つで責任を背負い込む仕事に憧れたのと、自活するための日銭を手っ取り早く手に入れれる職が合致したというのもある。

 その時さ、ホビット族のオリーヴと、ヴィーラとソレンヌ、それにロザリーに逢ったのは。

 ああ、あの時はまだ獣王国じゅうおうこくに居た時だったね。

 あの国は純血の獣人を重んじる傾向が強いからね。混血ハーフのヴィーラとソレンヌは肩身が狭かったかと思うよ。獣人の中には変わりもんも多くてね。雌をはべらすのは当然だけど、人族や他の種族まで見境なく手を出すのも居るのさ。

 ほとんどは、獣人だけでつるむんだけどね。

 で、子まです者も居てね。

 そういう場合、母親が人族や他種族だった場合、母方の容姿に引っ張られちまうのさ。だから、ヴィーラとソレンヌの母親は人族だろうと思ったね。

 ま、人の素性を根掘り葉掘りする気はないから、あんまり話はしてないのさ。

 あの子たちも冒険者になったばかりだったということもあってね。意気投合して、パーティを組んだのが1年前の話。ああ、そうそう、ソレンヌがギリギリ15歳で成人した時だったね。

 兎に角、鬱憤うっぷんを晴らしたくして仕方なかったあたしは討伐系の依頼ばかり受けてた記憶がある。オリーヴが一番年上だってのは判ってたんだけど、あたしがリーダーをすることになってね。無理を聞いてもらったって自覚はあるよ。

 実力を着けて護衛依頼を受けれるようになったあたしたちは、これ幸いと獣王国を出ることにしたのさ。

 隣接する国は3つ。

 魔法公国、山麓さんろくの王国、それになぎの公国だった。

 魔法を操る者ダヤンたちが目指す都に、魔法が使えない獣人が行っても肩身の狭い思いをすることだから魔法公国は却下。そういえば、ロザリーも乗る気じゃなかったね。

 山麓の王国は、ホビット族の国だ。だからオリーヴが「うん」と言わなかったから却下。

 消去法で凪の公国へ行くことにしたのさ。

 冒険者っていうのは成功した依頼の数と信頼度で等級が上がる。初めは銅級ターンバで、次が鉄級ロハさ。あたしらも、全員ロハに上がったから護衛依頼が受けれるようになったんだよ。

 で、凪の公国の公都まで行くのは遠すぎるから、懐具合を考えて北の辺境伯爵領の領都で暫く活動してたのさ。ここは深淵しんえんの森が国境にあるから、等級が上のやつは皆国境の砦を目指す。だから、残った依頼しごとがたんまりあるってことさ。お蔭で経験を積むのに持って来いだったね。

 そうこうしている内に銀級チャンディに上がったあたしたちは、一目置かれるようになった。と言っても、冒険者で言えばようやく一人前になったってことなんだけどね。

 そしてこれからという時だった。

 忘れ掛けた頃、国許くにもとから書簡が届いたのさ。ご丁寧にろうで封印までしてね。

 開けてみたら、『一度家に帰ってこい』という内容だったよ。

 自由になったつもりで外の世界を謳歌おうかしてたら、結局はてのひらの上で遊んでただけかい、そう思えて仕方なかったね。ま、羊皮紙に書かれた手紙は1行じゃなく手紙だったんだけど、母の調子が思わしくないとか、結局は帰らせようという見え透いた理由が書き連ねてあっただけで、あたしの心にはちっとも響かなかったよ。

 だから本当は帰るつもりはなかったんだけどね。

 ヴィーラが、「嘘なら帰って怒ってやれば良いけど、本当だったら後悔しないの?」って聞くじゃないかい。正直、ぐっと来たよ。

 否定できる理由が手元になかったのもある。

 ヴィーラの言葉が喉に刺さった小骨みたいに心に引っ掛かったあたしは、結局頭を下げて獣王国へ帰ることにしたのさ。それで、順調に領都から、川辺の街のホバーロまで返って来たら出逢っちまったんだよ。



 ハクトダーリンと。



 初め見たのは冒険者ギルドだった。

 毛艶のない、髭の張りもない雪毛ゆきげの兎人オヤジを一目見た時に、気になっちまったのさ。今となっちゃ一目惚れだったんだろうね。

 本来であれば兎人が注目されるのは黒毛だけだ。あとの毛並みは十把一絡じっぱひとからげげで見向きもされない。特に雪毛なんかは毛嫌いされるのが落ちさ。

 役立たず、穀潰ごくつぶし、疫病神、とまあ酷い扱いだね。

 実際、ハクトに逢うまではあたしもそう思ってたよ。

 依頼書が貼ってある掲示板を見てるハクトを見てたら、いつの間にか席を立ってたんだ。後から聞いた話、止める間もなくフラッと近づいたんだと。あたしも女だったってことさ。

 そこからは、「ここ1年何してたんだい!?」って言いたくなるくらい忙しかったね。

 普段だったら助けに行くはずもない依頼なしの救助活動、深夜の散歩に後始末、オークの集落での戦闘。全てが以前だったらあり得ないことだった。

 雪毛の兎人の凄さを見たね。

 いや、「ハクトが特別なのかも」という思いがあったのは嘘じゃないよ。ま、その頃にはハクトに女心をくすぐられてたんだから世話ないね。



 無自覚なのが余計に質が悪い。



 その頃には他の子たちもハクトを意識し始めてた気がするよ。ヴィーラはちょっと違う気がしたんだけどね。結局は、5人全員がハクトに抱かれても良いと思うようになってた。

 依頼を済ませて返って来たその足で、宿の飯を食い、エールを飲んで寝るだけだったあの頃とは格段の違いだよ。恋をするってこうまで世の中が違って見えるって。



 笑えるだろ?



 あとは……そうだね。コワリスキー商会へ乗り込んだ時さ。

 跳ね豚の憩い亭の2人には色々世話になってたから、宿のことで力になれるならとハクトに付いて行ったのはいいんだけど、ハクトがあそこまでやり慣れてるとは思わなかったよ。

 ま、あたしよりも長く生きてんだ、色んな事は経験してるだろうけど闇ギルドと繋がりがるかもという高利貸の屋敷へ堂々と入っていくだなって思いもしなかったのさ。

 てっきり、夜にでも忍び込んで権利証を取ってくるんだとばかり思ってたら……。

 そしたら、取っ替え引っ替えチンピラを盾に入っていくじゃないかい。痺れたね。

 そしてあっという間に、コワリスキー商会の会頭を殺っちまった。驚いたのはそれからだよ。金貨が床にぶちまけられたじゃないかい。思わず我を忘れて拾っちまったけど、あの金貨は臨時収入としてはありがたかったね。

 これから獣王国までの道のりを考えれば、お金はあっても困ることはない。

 で、宿屋に帰って来た夜にあたしはハクトダーリンに抱かれた。

 酒も入ってたからね、よく覚えてないんだけど、目が覚めたらあたし、プルシャン、ハクト、ヒルダの4人で寝てたよ。プルシャンは裸だったから、あたしが力尽きた後にダーリンの相手をしてくれたんだろうね。

 最後まで相手が出来なかったのは少し悔しいとは思ったけど、良く考えれば、ハクトの周りにはヒルダとプルシャンが居る。当然そういう関係だってことくらい見てたら分かるさ。

 そこへあたしらみたいなのを受け入れてくれたんだ。感謝こそすれ、不平を言うのはお門違いってもんだよ。後は、メンバーから「ダメ虎」と言われる始末。



 良いじゃないかい。もう少ししたら別れなきゃいけないんだから、その分甘えても!



 開き直ったというか、今まで鬱積うっせきしていたモノも、抱かれたことをきっかけに綺麗に吹き飛んだって感じだね。でもまあ、獣王国へ戻ればまた積もるんだろうけど、それでも、今はこの幸せを感じていたいと思うのさ。

 別れの日はしんみりしたくないんだけど、いざ見送る時になったら、こう胸がキューッと苦しくなったね。たまらず抱き着いて接吻したよ。一緒に居た時間は短いけどその分濃厚だった。

 だから、この気持ちは嘘じゃない。



 ーー愛してる。



 あたしら5人が同じように抱擁して、接吻して見送りの儀式は終わりさ。

 3人の背中が見えなくなるまで見送ったよ。その後、街の外で見送ったあたしらは、宿屋の主人の紹介で裏路地でひっそりとたたずむ武器屋に来たんだ。

 そこ居たのはこの辺りでは珍しいドワーフの鍛冶師夫婦だった。

 「おい、お前さんらの籠手こて、見せてみろ」

 宿屋の主人の紹介だと言う前に、店に入ったあたしらを店の奥に引き摺りこむ店主。旦那の方が武器専門で、奥さんのほうが防具専門だと、わたしらの籠手を見ながら自己紹介なのか何なのか判らない事を口走って、後はにらめっこさ。

 何と言っても、籠手はあたしら以外は触れなかったからね。

 それを見て、オリーヴが「お前さんたちにしか装備できないから無くさないように」って言ってたと思いだしてくれたのさ。嬉しくなるじゃないかい。

 けどもっと驚くことがあったんだよ。

 鍛冶師ってのは、【武器鑑定】や【防具鑑定】という特殊なスキルを持ってるんだけどね。この夫婦も持ってるみたいで籠手を調べてくれたのさ。そしたらーー。

 【森躄蟹もりザリガニの籠手】
  王級ラージャ籠手
  深淵森躄蟹フォレストクレイフィッシュの外骨格製
  ハクトの従者のみ装備することが可能
  斬撃耐性(大上昇)
  魔法耐性(微上昇)

 っていうじゃないかい。

 王級ラージャ武具て言ったら金貨が2,3枚は飛ぶくらいの値打ちだよ!? それをあたしら5人に、作ってくれたって思ったら、ブルッと体が震えたね。

 何て物を持たせてくれたんだい!

 けど、驚きはそれだけじゃすまなかったのさ。

 武器屋に来た要件が、武器と防具の修繕だったからね。それをお願いするために来たんだと言ったら、まずは物を見せろとせがまれた。その様子を見ながら、「流石はドワーフ。人よりも物を見たがるんだね」と思っちまったよ。

 他の4人が一様に武器を取り出すを横目で見ながら、あたしもハクトから渡された黒い戦鎚ウォーハンマーと、使い古された味のある大きめの凧盾カイトシールドを取り出してみせたさ。そしたらーー。

 「あんた、これ魔鉄鉱まてっこうだよ。しかも、この盾は物を作った後に変質してる。よっぽど濃い魔素溜まりにあったもんだよ?」

 「むむむ。ワシも長いこと鍛冶師をやっとるが、こういうものを見るのは初めてだ。お前さんら、何処でこれを手に入れた?」

 って言うじゃないかい。

 「貰い受けたものだから、本当に出処は知らない」と伝えたら、渋々【武器鑑定】と【防具鑑定】をしてくれたね。表情は渋々だったけど、あれは気になって仕方ないっていう雰囲気が出てたよ。

 本当、目がないってこういうことを言うんだろうね。

 鑑定してもらってもっと驚いちまった。
 
 【黒耀の戦鎚ウォーハンマー
  王級ラージャ戦鎚
  魔鉄鉱製
  オークの将軍が使っていた武器
  補助魔法【取寄せ】の効果付き:10パッスス以内であれば、持ち主の手に呼び戻せる。
  発動条件:新たな持ち主が鎚へ自分の血を塗ること。
  
 【耐焔の大凧盾ラージカイトシールド
  英雄級ナヨク大凧盾
  魔鉄鉱製
  熱耐性(小上昇)
  火耐性(小上昇)

 王級ラージャに、英雄級ナヨクって、金級ソナ冒険者どころか、白金級プラチナム冒険者並の装備だよ!? これだけで一財産じゃないかい!?

 籠手だけでも驚いちまったっていうのに、ここまであたしらの事を想ってくれてるのかと思うと、胸の奥が熱くなるのを感じたよ。

 そう思ったのはあたしだけじゃなく、他の4人もそうさ。

 だって、皆上気してるんだよ? それに気付いてあたしも頬が緩んじまった。

 ふふふ。国許くにもとに帰ったらろくでもない事が待ってるんだろうけど、この想いがあれば大丈夫。

 そんな事を思いながら、工房の奥から聞こえて来るカーン、カーン、という鉄を叩く鎚の音に、あたしたちは身を委ねていたーー。





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