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幕間
閑話 ヴィーラの魂胆
しおりを挟むわたしはヴィーラ。
家名? そんなものないわ。
父親は狐の獣人のはず。
え? そうよ。わたしは父親の顔なんて知らないわ。物心付いた時から父親なんて居なかった。母さんと2人、スラムで頑張ってきたの。
そ、獣王国でね。
でも、獣人の家なしよりかはマシだったわ。
あいつらは縄張り意識は強いくせに、仕事しないもの。だから、人族の母さんや混血のあたしにも仕事が回ってきた。
母さんは元々冒険者だったらしい。父親と同じパーティーで活動してたんだけど、押しに負けて寝てあたしが出来たら捨てられたって話してくれたわ。
だから、「獣人を家族に選ぶのは止めときなさい」ってよく言われたわね。
母さんもわたしも容姿はそこそこだったけど、獣人たちが嫌がってしない汚れ仕事ばかりしてたから、獣人お雄に襲われることも無かったのは幸いだったわ。あいつら鼻は良いから臭いがきついと食指が動かないのよ。
10代になって母さんに弓を教えてもらうことになった。
こんな生活から抜け出すにはわたしも冒険者になるって思ったの。それは母さんも同じだったみたい。子どもを産んで育てるのに開いた時間は10年よ。幾ら何でも腕が鈍るってものね。
わたしにその気があるなら、「暫く一緒に動いてあげるわ」と言ってくれた母さんの笑顔を今でも忘れない。
成人するまでは正式な冒険者になれないから、仮の身分証を作ってもらって母と一緒に冒険に出たわ。熟した依頼の多くは薬草の採集ね。
ヒールポーションやマナポーションの素になるんだって教えて貰った。後、危険も。
わたしが狐の獣人の特性を持ってるから、鼻は良いの。耳もよ?
女が2人で人気のない場所に入れば、襲ってくれって言ってるようなものだから注意するように、とか。お花摘みは1人で行かないように、とか。
5年。わたしが成人するまで、母さんはわたしに付き合ってくれた。
その間に弓の練習も欠かさずしたわよ?
それは急に起きた。
薬草取りにいつもの場所へ出かけたら、小鬼の群れにばったり出食わしてしまったの。わたしも母さんも得意なのは弓で、接近戦はからっきしダメ。だから、矢がなくなれば終わり。
兎に角逃げたわ。
でも、その時にゴブリンが投げた手斧が母さんの足に当たって、怪我したの。「置いて逃げなさい」って言うけど、母さんを囮になんて出来るわけないじゃないっ!
襲ってくるゴブリンに矢を打ち込んで、手持ちの矢が無くなった時だった。わたしたちとは別の場所に居た銀級冒険者のパーティーが助けに来てくれたの。九死に一生を得るってこの事ね。
だけど、その傷がもとで母さんは冒険を続けられなくなった。
どうしようかと思ってたら、「冒険者ギルドの薬草買い取りの窓口で職員を探しているから、良ければどうか?」とギルドの人が声をかけてくれたのよ。後で判ったことだけど、わたしたちの仕事振りを見てたんだって。
声を掛けてくれたのは副ギルドマスターだったわ。針鼠の獣人なんだけどね。そんな上の人がって驚いたのを覚えてる。
わたしは大賛成。生活の糧を稼ぐのに職員なら心配は要らない。冒険者ギルドなら他にも人族の人が働いてるし、わたしとしては願ったりかなったりだった。
けど、母が職員になればわたしはまた1人。どうしようかと思ってたら、副ギルドマスターから1人の女の子を紹介された。その子も混血だと一目で判ったわ。
それがソレンヌとの出会いね。
わたしが15歳。ソレンヌが10歳だったかしら。
あとは、母さんがわたしにしてくれたことをソレンヌにしてあげるだけだった。ギルドから便宜を図ってもらえるという好条件でソレンヌを引き受けた部分もあるかな。
その時からかしら。語尾を伸ばして、ソレンヌがビクビクしないようにし始めたのは。
母さんの時のことがあるから、ソレンヌには弓じゃなく、剣を持ってもらうようにして5年が過ぎた時だった。ギルドマスターの執務室に呼ばれたの。
ギルドマスターよ!? 一番偉い人なんて、わたしたちに関係ない存在じゃない。
何だろうと思って部屋に入ったら、偉そうに胸を反らせた王国騎士の鎧を着た猿の獣人が立ってたわ。わたし、猿は嫌いなの。さっさと要件を話してもらえないかしら?
そう言ったら「合格だ」だって?
「「え?」」
ソレンヌと訳が分からないという顔をしていたら、ギルドマスターがわたしたちに指名依頼を頼んできたの。待って。指名依頼は銀級になってからじゃないと受けれない決まりじゃ……!?
「これから、この冒険者ギルドにクロと名乗る、虎人族の女が登録に来る。一緒に行動して動向を冒険者ギルドに知らせて欲しい。依頼は、この街に戻って来るまでだ」
って言うじゃない。
旨味がないって言うと、「成功報酬に金貨10枚と、金級への昇級を試験無しで認める」って言うじゃない。それがソレンヌとわたし1人ずつちゃんと貰えるという契約書を交わしてくれるなら受けるわ、って答えたら、スッと目の前に2通ずつ契約書が出て来たわ。
そのつもりだったってことね。金貨10枚って何年遊んで暮らせるのよ。
「解ったわ~。ソレンヌも良いわね~?」
ソレンヌに確認して、2人で契約書にサインして完了。旅支度に金貨を持たすと怪しまれれるからと、銀貨が10枚入った革袋を貰ったわ。
それから暫くして、聞いてた風貌の女がギルドに来た。
虎人族は大柄な人が多いけけど、クロは女なのに男みたいな体格だったわ。わたしより頭1つ大きいんだもの。首が痛くなるわ。
それから、ちょうどギルドに居合わせたロザリーとホビット族のオリーヴを加えて、パーティを組んだのが1年前の話ね。ソレンヌが15歳で成人した時だったからよく覚えてるわ。
それからはリーダーのクロに振り回されっぱなし。クロが鉄級に上がったとこで、「全員がロハになったね!」と喜んで止める間もなく護衛の依頼を獲ってきたのよ。はぁ。
一応相談はされたけど、獣王国を出る気満々だったから、母さんにそれを言ったら、簡単な送別会を開いてくれたわ。
行き先は、凪の公国。
深淵の森が国境にある国だってことしか知らないわね。母さんに聞いてみたけど、わたしと同じくらいの認識だったわ。母さんは人族だけど凪の公国の出じゃないらしい。だとしたら、魔法公国の方かしら?
まあいいわ。そのうち教えてくれるでしょ。
貰っていた資金と途中で受けた依頼で、何とか凪の公国の領都に着いたわたしたちは依頼を熟して、銀級に上がった。
あの時助けてもらった冒険者と、同じ等級になれたというのは感慨深いものがある。
そうこうしてると、獣王国からの書簡が向こうのギルドから領都のギルドへ送られてきた。そう、わたしが10日に1回は報告してるし、拠点を変えた時にも伝えてるから、そういうことが可能なの。
でも、明らかに落胆してるのが見て取れたわ。正直、心が痛んだ。
内容は帰ってこいということみたい。許可を貰って皆で書簡を見たけど、内容はクロのお母さんの病状について書かれていたわ。本人を見る限り、帰るつもりは無さそう……ね。
契約がどうこうと言うよりも、1年も一緒に居れば人となりも見えてくるわ。嘘が吐けなくて、裏表のない人、それがクロだ。だから、言ってあげたの。
「嘘なら帰って怒ってやれば良いけど、本当だったら後悔しないの~?」
その時クロは泣きそうな顔だったわ。
でも、その一言で腹が決ったみたい。皆に頭を下げて「獣王国へ帰りたい」って言うから、そうしようってなったわ。順調に領都から、川辺の街のホバーロまで返って来たら出逢ってしまったのよ。
ハクトさんと。
初め見たのは冒険者ギルドだったわ。
毛艶のない、髭の張りもない雪毛の兎人オヤジを一目見た時は、何も感じなかったわ。クロは一目惚れだったみたいだけど。
本来であれば兎人が注目されるのは黒毛だけ。あとの毛並みはわたしたち混血の扱いと大して変わらないわ。でも、雪毛は別。獣王国でも見たけど、奴隷扱いね。
実際、ハクトさんに逢うまではあたしもそう思ってた。
冒険者は験を担ぐから、白を嫌うのよね。
依頼書が貼ってある掲示板を見てるハクトさんを見てたら、いつの間にかクロがフラッと席を立って行くじゃない。開いた口から出た言葉が「ここで遇ったのも何かの縁だ。どうだい、これからあたしと寝ないかぃ?」よ!?
莫迦じゃないっ!?
そこからは、「ここ10年何してたの!?」って言いたくなるくらい忙しかったねわ。
普段だったら助けに行くはずもない依頼なしの救助活動、オークの集落での戦闘。全てが以前だったらあり得ないことだった。コワリスキー商会へ乗り込んだ時もそうね。あんな事になるとは思っても見なかったわよ。
雪毛の兎人の凄さを見たわ。
あ~、「ハクトさんが特別なのかも」という思いがあったのは確かね。
金払いは良い。傲らない。おまけに腕っ節も強い。オークに素手で勝っちゃうなんてあり得ないわ!? そして、誰かのために怒ってたり、お節介をするハクトさん。気がついたらハクトさんを目で追ってた。
わたしでも見惚れるような綺麗な人を連れてるのに、どうにかならないかな、って思ってる自分が居たのは驚きね。でも、気持ちには嘘は吐けない。いつの間にかハクトさんに抱かれても良いと思うようになってたわ。本当、不思議。
母さんから「獣人を家族に選ぶのは止めときなさい」ってあれだけ言われてたのにね。
笑えるでしょ?
それから、わたしも抱いて貰ったわ。
目が覚めたらわたし、プルシャン、ハクト、ヒルダの4人で寝てたのには吃驚したわね。プルシャンは裸だったから、あたしが力尽きた後にハクトさんの相手をしたんだってすぐ解った。
獣人の雄は雌を侍らせるって聞いてたけど、何故かな、「これも悪くないわね」って思っちゃったの。でも、流石にクロの豹変、いえ、虎変って言えば良いのかしら? には引いたわ。
喉を鳴らして甘える「ダメ虎」振り。
見てるこっちが恥ずかしくなるわよ。でも羨ましくもあったわ。
わたしも甘えたい。
別れの日は湿っぽくしたくなかったけど、いざ見送る時になったら、こう胸がキューッと苦しくなったわ。クロがたまらず抱き着いて接吻したを見て、わたしも踏ん切りが着いた。わたしもする。一緒に居た時間は短いけどその分濃厚だった。
だから、この気持ちは嘘じゃない。今なら判る。
ーー好き。ううん。愛してる。
わたしたち5人が同じように抱擁して、接吻して見送りの儀式は終わった。
3人の背中が見えなくなるまで見送ったけど、最後は景色がボヤケてよく見えなかったわ。その後、宿屋の主人の紹介で裏路地でひっそりと佇む武器屋に来たの。
そこ居たのはこの辺りでは珍しいドワーフの鍛冶師夫婦だった。わたしは初めて見たわ。
「おい、お前さんらの籠手、見せてみろ」
宿屋の主人の紹介だと言う前に、店に入ったわたしたちを店の奥に引き摺りこむ店主。クロが代表して籠手を外して見せてたけど、何故かドワーフ夫婦には触れないのよ。
それを見て、オリーヴが『「お前さんたちにしか装備できないから無くさないように」って言ってたっス』って言ってくれて、わたしも思い出した。嬉しい。
甲冑師の奥さんが【防具鑑定】という特殊なスキルで籠手を調べてくれたら、王級籠手ですって!? それって、わたしたちのもそうってことでしょ!? 肌がゾワッと粟立ったわ。
何て凄いもの作ってくれたの!? ハクトさん!?
けど、驚きはそれだけじゃすまなかった。
武器屋に来た要件が、武器と防具の修繕だったから、「それをお願いするために来たんだ」とクロが言ったら、まずは物を見せろとせがまれたわ。
こんな感じなのね。ドワーフって。
他の4人が一様に武器を取り出すを横目で見ながら、あたしもハクトさんから渡された弓弦が切れてない、長弓を取り出してみせたさ。そしたらーー。
「あんた、これ魔硬木だよ。しかも、この弓も物を作った後に変質してる。よっぽど濃い魔素溜まりにあったもんだよ?」
「むむむ。この弓もか。しかもこの弓は妙に威張った感じがある。お前さんら、何処でこれを手に入れた?」
って言われたわ。
「ごめんなさい~。これも貰ったものだから、本当に出処は知らないのよ~」
と伝えたら、渋々【武器鑑定】をしてくれたわ。表情は渋々だったけど、あれは気になって仕方ないっていう雰囲気がバレバレね。
鑑定してもらってもっと驚いたわ。
【遠見のエルフ弓】
王級エルフ弓
魔硬木製
補助魔法【遠視】の効果付き:1ミーリア先の的がはっきり見える。
発動条件:矢を番えて構えている間。弓を持っているだけでは発動しない。
撃ちだされた矢に風の力が付与され、1ミーリアの的を射抜くことが可能。
命中補正なし。弓士の腕に左右される。
火耐性(微上昇)
王級で、エルフ弓!? 嘘っ!? 滅多に市場に出回らないエルフ産の武器がこれなの!?
これって、金級冒険者どころか、白金級冒険者並の装備よ!? これだけで一財産じゃないの!?
籠手だけでも驚いたのに、ここまでわたしの事を想ってくれてるのかと思うと、胸の奥が熱くなったわ。
そう思ったのはわたしだけじゃないのはすぐ判った。
だって、皆上気してるんだもん。
ふふふ。何だろ。向こうを出る前に契約したけど、これならハクトさんを追いかけた方が良い気がするわ。先ずは国許に帰ることだけど、向こうで相談してみようかしら。
そんな事を思いながら、工房の奥から聞こえて来るカーン、カーン、という鉄を叩く鎚の音に、わたしたちは身を委ねていたーー。
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