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第5章 公都
第162話 えっ!? そこまでするのかよっ!?
しおりを挟む「ぶっ殺せっ!」「毛虫に負けんじゃねえぞっ!」「お前に賭けてるだからな! 負けたら只じゃおかねえっ!」「あんな美人が毛虫の従者だと!? ざけんじゃねえっ!」「負けたら解ってんだろうなぁっ!?」「姉ちゃん俺と付き合ってくれぇ――っ!」「毛虫より俺の方が100倍好い男だぜ――っ!!」「ギャハハハッ! おい、毛虫野郎っ! ビビってんじゃねえだろうなぁっ!?」
俺は今ムサ苦しい野郎どもに囲まれて、罵声を浴びてるとこだ。
どいつもこいつも鎧に身を包んでる。黙っていれば一端の騎士様だな。手にした槍の石突きや鉄靴の踵で足元を踏み鳴らしてるのは、俺へのプレッシャーだろう。
俺が言うのも何だが、柄が悪い。街のチンピラかと思うような野次が耳に付く。
ああ、場所か?
確か、ガルニカ塁砦と言うでかい砦さ。大きさからしたら、辺境にあった西狭砦と言い勝負だろう。ここまで来るまでに、戦略上の要衝にはこういう大きめの砦か街があったな。
悪い話が逸れた。その砦の地下にな、訓練用の闘技場がある。
普段はここで隊列行進や、戦時の陣形移動とかを練習するんだろう。個々の模擬戦も然り。古い鎧を着せられた案山子もあるしな。
で、俺はそこで比較的若え兄ちゃんと相対してるとこさ。
儀礼用の全身鎧じゃなく、半鎧で機動重視してるのが見え見えだ。長剣と小円盾は訓練用と言う事らしい。長剣の刃は潰してあるとは言ってたが……。
――嘘だな。
どう見ても、綺麗に刃を研いである剣だ。
端から殺す気でいるらしい。そりゃそうか。俺が死ねばヒルダたちは契約が解除される。後は選り取り見取りってか。やだね~。女に飢えたとこは余裕がねえよ。
訓練用の剣の中に、真剣が混ざっていたって筋書きで事を収めるつもりだろう。やれやれ。
そこまで雪毛が面白くないのかね? 世知辛え世の中だよ。ったく。
かといって、大人しく殺されてやるつもりも、負けてやるつもりもねえ。面白くねえだろ? 嫁さんに色目使われたらよ。俺も人並みに嫉妬心があるってこった。
「ふぅ、やれやれ。莫迦を相手にすると疲れるぜ。あんたも貧乏くじ引いたな?」
「……」
審判役が誰も来てねえから勝手に始めるのもあれだから、目の前の騎士に話しかけたが無視された。ちっ。
構えてねはねえが、立ち姿だけでもそこそこやるんだろうという感じは伝わってくる。隙が無い佇まいってえのか? 飽く迄、勘だがな。油断はせんさ。
「へっ、雪毛と利く口はねえってか。嫌われたもんだぜ。ま、精々負けたときの言い訳でも考えとくんだな。腹が痛かったとか、昨日の晩飲みすぎたとか、婆さんが危篤だとかよ」
「……」
嫌味を言って煽ってみたが、これくらいじゃ揺らがねえか。
「お~~し、お前ら、静まれ――っ!!」
そう思った時だった。地下闘技場に莫迦でかい声が響き渡ったのさ。声の主を探すと、金の牛を象った神殿を守護してたアル何とかと見紛うばかりの大男が、全身鎧に身を包み、水牛の双角を付けた兜を脇に抱えて降りて来たのさ。
長髪じゃねえのは似てねえが、厳つい顔といい、ごつい体といい俺の中の記憶と重なっちまう。おまけに、鎧の胸甲部分に青い牛の頭が書かれてるじゃねえかよ。
おいこりゃ、本当にアルデ何とかじゃねえよな?
「「「団長っ!」」」「遅えよ、団長ぉっ!」「待ち草臥れたぜ」「押っ始めようぜぇ――っ! 団長――っ!」「もう泣いても遅えぞ、毛虫野郎っ!」
「喧しいっ!!!」「っ!?」
団長と呼ばれた男の一喝で、闘技場が静まり返る。
莫迦でけえ声で耳がキーンってなっちまったぜ。後ろの方で、プラムが耳を押さえてるのが見えた。五月蝿えよな。
「ウチの莫迦どもがすまんな」
兜を抱えてねえ左手で、手甲を着けたままボリボリと後頭部を掻く騎士団長。
「お開きにはならねえのな?」
ゆっくりと俺の前に歩いて来る騎士団長。全身鎧はそこそこの重さのはずだ。現に、足元に沈み込む鉄靴がそれを物語ってるんだが……。重さを感じてねえような歩き方だぞ?
伊達にこんな奴らの信を得てねえって事か。
「長いこと砦に勤めてるとどうしても鬱憤が溜まるもんでな。女日照りはどうにもならんが、息抜きが必要なのさ」
一応、確認を取ってみたが決定は覆らなかった。右の頬を上げながら説明する騎士団長の顔を見て腑に落ちたぜ。
……よく考えれば、こいつが個々の親玉だ。抑々問題、こいつの許可がねえと模擬戦できねえだろうがよ。
「とんだ当て馬だぜ。善良な旅人を捕まえてどうかしてやがる」
ペッと足元に唾を吐き捨て睨むが、どこ吹く風だ。
「まあ、そう言うな。聞いた話じゃ、莫迦でけえ丸太小屋を収納したそうじゃねえか。普通の旅人は、そんな阿呆みたいな容量の魔法鞄は持たねえし、メイドを連れて歩き旅なんかしねえよ。強いて言えば、何で馬車移動じゃねえのかが気になるくらいだがな」
「……随分まともな指摘が返って来たな。取調べじゃ、高圧的に吐け吐けしか言わなかったからよ。上の者も同程度だと高を括ってたぜ。すまんな」
驚いた。案外、まともな頭じゃねえか。
頭まで筋肉の部下には勿体ねえ。
「あの莫迦ども……。まあ、そういう訳だからよ。血の気の多い連中の相手をしてくれねえか? 何、ウチには【回復魔法】が仕える治療師も居る。少々の怪我は跡も残らんさ」
――前言撤回。こいつか。刃引きをしてねえ真剣を渡したのは。
「俺が怪我する前提みたいだな? 」
なら、俺も遠慮なく爪に細工させてもらうか。小声で手の爪先を骨で強化する。
「ウチは訓練でも実践が座右の銘だからな。獲物は拳みたいだが、他に武器を持っても良いんだぞ?」
「いや、要らん。使えん事はねえが、加減が出来ねえ。それに無手が本職だ。まさか無手は禁止とか言うんじゃねえだろうな?」
「超接近戦闘か。良いじゃねえか。打ち所が悪くても恨むなよ?」
ニヤリと笑う表情の中、目だけは冷たく笑ってないのが俺の目に映っていた。部下が部下なら、親玉も親玉って事かよ。
――面白え。吠え面かかせてやる。
「模擬戦だからな。そんなこともあろうさ。けど、良いのか?」
「何がだ?」
「あんたの可愛い部下に、打ち所が悪い事があるって言わなくてもよ?」
「ふっ。ふははははっ! 心配要らん。こいつらはいつも打ち所が悪い。少々じゃ壊れやしねえよ。安心しな!」
難癖の常習犯かよ。下手なチンピラよりも質が悪いぜ。
それにしても、どうしてこうなっちまったかね。心配そうに俺の方を見るヒルダたちに、顔を向けて作り笑顔を振りまいた瞬間だった――。
「始めっ!!!」
騎士団長の号令が空気を震わせたのさ――。
えっ!? そこまでするのかよっ!?
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