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第1章 南方正教会
第197話 えっ!? おい、待て!? 殺意がない!?
しおりを挟む「マヂかよ」
「左前斜角より敵襲っ!!」「矢除けが効いてない!?」
大男とキノコ頭の騎士たちの声が草原に響く中、俺は左腕を貫いて止まった普通の矢の2倍はあろうかという見覚えのある矢を唖然と見詰めていた――。
「「旦那様!?」」「主殿!? おのれ、何奴?」
「落ち着け! 一先ず、追撃が来ねえから、先に下りとけ。ぐっ」
腰の剣鉈を抜いて左腕から飛び出してる鏃を切り落として、矢を抜くと、ジワリと血が滲み出て来た。
「おいっ! 大丈夫か!?」
「腕をやられたが、問題ない! 指示が来るまでこのまま走らせてくれっ!」
「「「分かった!」」」
大男の問いに答え、屋根の上に腰を下ろす。護衛2人と御者席から声が返ってくる。御者の声は、エロパンダ爺の付き添いの女騎士だったな。
剣鉈を収め、足元に転がる鏃と矢を覗き扉から下に投げておいた。誰かが調べてくれるだろう。
下っ腹だけじゃなく、左腕からも痛みが走るのを堪えながら【無限収納】に手を突っ込んで、ヒールポーションを取り出し呷る。
苦え。
空き瓶と栓は魔法鞄に突っ込む決まりだ。向こうの世界と違ってガラスは貴重だからな。ポーション系は素焼きの瓶に入ってるのさ。
オマケに苦いと来たもんだ。
「【骨治癒】」
手首を動かすと激痛が走る。恐らく骨も鏃でやられてるんだろう。
骨をスキルで治しながら、傷口がポーションの効果で塞がるのを待つ。手甲を着けてなきゃ、腕が吹き飛んでるくれえの威力だったぞ?
手甲に空いた穴も、骨粘土製だから、スキルで修繕できる。
「おし。動かしても問題ねえな。スピカ、ありがとな。助かったぜ」
「ピルルルル」
それにしても何処から撃ってきやがった?
頭の上で毛繕いする青い小鳥に礼を言いながら、思いを巡らす。視線を矢が来たであろう方向に向け、耳は警戒レベルを最大にしたままだ。
あの矢は、おかっぱ勇者の嬢ちゃんの物だろう。確か弓姫とかいったか?
あの嬢ちゃんの打つ矢は感知し辛い。
今も、スピカが気付いてくれなきゃ誰かが大怪我を負ってただろう。何でだ?
迷宮で会った時も感情が無い表情だったが……。あの時拾ってヒルダに調べてもらった矢には、【風魔法】が掛けられた形跡があったと教えてくれた。鏃は魔道具で、【吸着】させる効果が突いていたらしい。
調べた結果、魔道具に着いた効果は壊れて使えなくなってたんだと。
1回こっきりで壊れちまう物なのか、使い回しができる物なのか他にサンプルがねえから判らんのさ。幸いというか、叡智の神殿の爺さんもここには居る。"三人寄れば文殊の知恵"じゃねえが、何か判れば、な。
「おいっ!?」「ピィッ!!」
と思ったら、後方に顔を向けてた俺の鼻っ面1ペース手前に、その矢の先が迫ってたんだよ!?
無理矢理、青い小鳥を頭に押さえつけ仰け反るようにして躱す!
明らかに狙いは俺だ。
護衛の騎士や馬なら、今までの射撃で誰かが死んでる。
矢の速度は尋常じゃねえ。本来なら、その速さに比例して風切り音が聞こえるもんなんだが、それがねえのが厄介だぜ。オマケに、撃ってる本人の姿が見えねえと来たもんだ。それに、矢に殺意が乗ってねえから感……。
えっ!? おい、待て!? 殺意がない!?
二射目に警戒しながら気付いちまった。
そうだ、今までのどれも、あの嬢ちゃんが矢を番えて俺に狙いを定めた時、殺気を感じなかった。ただ撃ってるだけだ。
まるで的を射抜く弓道のような……。
あれか? 日本に居る時は弓道を齧ってた口か? で、こっちに召喚されて、勇者補正が掛かってる……?
いや、本当にそれで説明がつくか?
「この先に雑木林が見える! そこまで行くぞ!」
「「了解っ!!」」
あれか。
大男の声に、キノコ頭の兄ちゃんと御者の姉ちゃんが返事するのを聞きながら、俺もチラッと前方を確認する。森までは大きくない、立木が茂ってる。後方を目隠しするには丁度良さそうな場所だ。
別のモノを隠すのも、な。
すんすん。こいつは……。
「止まれぇ――っ!! そっちの雑木林から血の臭いがするっ!!」
「「「どうっ! どうっ!!」」」
ちぃっ。通りで俺にしか射掛けて来ねえわけだよ。
矢で射られれば、盾になる障害物を探すのが定石だ。この何にもねえ草原でそれをやられちまえば、選択肢は自然と絞られる。いや、絞られるように思考を誘導されるが正解だな。
誰も好き好んで針山になりたいとは思わんさ。
後ろから追い立てる役が大弓の勇者なら、目の前の雑木林で待ってるのは律令神殿の奴らって事になる。
しかも既に血腥い臭いが風に乗ってくるんだ。
手綱を引いて馬と馬車を止めたのを見計らった様に、立木の幹を圧し折りながら見覚えのある10体の魔物が、2パッスス近くある青緑色の巨体を揺らしながら出て来やがったのさ。
『ガアアアア―――ッ!!』
「「「こんなとこにオーガッ!? 待ち伏せっ!?」」」
「ちっ」
オーガどもの口の周りや手が赤黒くなってる。奴らが居たであろう雑木林の開けたとこに、折り重なった何かが小さく見えた。思わず舌打ちしちまう。
ああ、胸糞悪い。
餌にされた奴隷の成れの果てだろう。
どんな奴が喰われたのかまでは知らんが、気持ちの良いもんじゃねえ。
「どうする!? 雑木林を回り込むか!?」
「いや」「不要だ!」
俺が迎え撃つことを提案しようとしたとこで、御者席から馬車に通じる扉が開き、ヒルダとプルシャンが出て来たのさ。あの声はヒルダだろうが、まだアドヴェルーザがメインで動いてやがるのかさっぱり判らん。
「ハクトを傷つけた奴、何処?」
「主殿、傷は?」
アドヴェルーザだな。
「おう、ヒールポーション飲んだからな、もう痛みもねえよ」
「あまり心配かけぬようにしてくれると、我らも安心できるのだがな?」
「すまんね。身内には考える前に体が動くようでな」「おい、中はどうするって言ってるんだ!?」
俺の言葉を遮るように、大男の声が側で聞こえた。気が付くと、馬車の横まで戻ってるようだ。単騎であの群れに突っ込む蛮勇は冒さなかったって事か。
莫迦が少ないのはありがたい。
「中? 特に何も聞いてねえが、俺が」
「ハクトは何もしなくていい。あいつらは吹き飛ばす」
「そういう事だ。主殿に傷を負わせた落とし前をつけねばな」
今度はアドヴェルーザとプルシャンに続きを言わせてもらえなかった。と言うか、アドヴェルーザって毎回毎回だと長くて面倒な名前だな。
「何を?」「え? 奴隷なのに魔法使いなの!?」「おいおいおい」
何をそんなに珍しがるのか、俺には判らん。
魔法使いが奴隷になってるってそんなに珍し事か? 戦士だろうが魔法使いだろうが、借金奴隷になる危険はあるんだ。
そんな奴らなら、早めに買い手が付くと思うがな?
「プルシャン、真ん中の奴を狙うぞ?」
「うん、分かった!」
「【爆炎】!」「【霧炎】!」
炎と水蒸気がぶつかり合って反発する。
次の瞬間――。
ドオオオオオォォォ――――――ンッ!!!!
爆発がオーガどもを呑み込んだ。
「「「はあっ!?」」」
3人の反応に首を傾げていると、目の前で起きてる事に付いて来れてない3人の驚いた声が俺を正気に戻す。
拙いっ!?
「目を瞑って、耳塞げっ!」
俺の声が届くかどうかで、爆風と爆音が砂礫と土煙を撒き散らしながら馬車の外に居る俺たちを呑み込んでいた――。
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