232 / 333
第1章 南方正教会
第199話 えっ!? その子、誰!?
しおりを挟む「また厄介な者に目を付けられたね。あんたの見知った顔は居そうかい?」
白髪をポニーテールに結い上げた婆さんが、馬車から降りて来るなりそう俺に聞いて来た。そりゃ揉めたがよ。
「今の時点では何とも言えんな。矢を射て来た者には心当たりがある」
姿を見たわけじゃねえから、絶対とは言い切れんが居るだろうと踏んでる。それくらいのレベルだ。それにこれだけ離れてると流石に顔の判別は無理だわ。
「派手に打ち噛ましたみたいだね?」
「ああ、俺に手傷を負わせたと興奮しちまってな。すまんね」
白髪をポニーテールに結い上げた婆さんが、にやりと笑う。
「荒事が好きそうな笑顔だな」と思っちまったが、それには触れずに差し障りのない言葉を返しておいた。まだ顔を合わせて丸1日経つかどうかだ。
遠慮なく言い合うには、お互いを知らな過ぎるのさ。
気にせんでも良い奴は既に居るがな。
『止まれ! 我らは律令神殿に仕える、聖絶騎士団である! 唯今、律令神殿が早急に身元を検めねばならぬ者を捜索中だ。中を検めさせてもらいたい!』
そう思ってたら、200パッススは離れているんじゃ、という距離から張りのある声がはっきりと聞こえて来たのさ。ありえねえ。
反響するものも何もない草原で、声が散らずに届くなんて不可能だ。
というか、どっかで同じ台詞を聞いたような……?
「ほっほっほっ。あやつらは己が正義のためなら人の命など気にせぬ狂信者でな。懐へ入れてしまえば、内側から食い破るまで出てこん。知らぬ存ぜぬが最善じゃよ」
お、エロパンダ爺。
「ふん。どうせ喧嘩売るんだ。遅いか早いかの違いだろう?」
刀傷を頬に持つ婆さんがボリボリと頭を掻きながら出て来た。どうもこの爺さん婆さんの気配が読み辛い。一癖も二癖もありそうな雰囲気を纏っているのは判ったんだが、案外達人の域にいたりしてな。
「ふ~ん。二葉ねえ。あの女の姿が見えないようだけど? またいつものような嫌がらせかな?」
エルフのイケメンもそう言いながら馬車から降りて来る。
あの女って言うのが"美食の君"って名乗った女と同一人物なら、こいつらが知ってる存在だって事だぞ?
なんて思ってたら、ドサッと馬車の後ろの方で荷物か何かが落ちる音が聞こえた。
「ん゛――っ!」
『えっ!? その子、誰!?』
俺が振り返る前に、そんな声が耳に届く。
おいおいおい。
振り返ると、そこに居たのは大弓と一緒に縛り上げられた、あのおかっぱ頭の勇者ちゃんだったのさ。ご丁寧に猿轡まで噛まされてるから呻き声しか出せねえ。
「いや~、後ろの方でコソコソしてたからよ。何してんだ? って聞いたら弓ぶっ放してくるじゃねえか。全く人の話も聞きやしねえし、埒が明かねえからよ。縛って来てやったぜ?」
は? 縛って来た?
痩せた無精髭の爺さんが、ゆらりと縛られた嬢ちゃんのすぐ後ろに立つ。
いやいやいや。ちょっと待て。
俺とヒルダが前後で見張ってただろうが? いつ馬車から降りた!?
「ヒルダ、あの爺さんが馬車から降りたの見たか?」
「いや、我は見てない」
慌ててヒルダに耳打ちするが、即座に首を左右に振られたよ。だよな。俺もそんな気配を感じなかったんだ。どうなってやがる!?
「ん~ハクトとか言ったか。お前さん、こいつの事分かるか?」
そんな俺の様子に気付いたのか、痩せた無精髭の爺さんに見咎められたよ。よく見てやがるぜ。
「あ、ああ。律令神殿の勇者だったはずだ。カヴァリーニャの迷宮で顔を見た記憶がある。と言うか、お互い忘れられん顔だろ。なあ?」
「っ!? ん゛――っ!」
数人を間を縫って嬢ちゃんの前に屈む。今時やってる奴が居るか知らねえが、ヤンキー座りってやつだな。左右の膝に、左右の手を当てて顔を覗き込むと――。
「だ、奥様! 何てはしたない恰好をなさるのですかっ!? 大事な部分が見えておりますよ!!」
「おっ!? ああ、すまんすまん」
そういやあ、俺の体が女になって、オマケに赤不浄になっちまったせいでズボンが穿けなくなっちまったのさ。血で汚れちまうからな。
んで、苦肉の策でマギーが布切れで巻きスカートを作ってくれたんだわ。
本当は1周半腰に巻き付けるのが正式らしいんだが、窮屈でな。1周とちょっぴり縫い代を取って作ってもらった、大胆な裂け目入りのセクシー巻きスカートを穿いてたのを忘れてたんだよ。
マギーに引っ張り上げられるように立ち上がろうとしたところへ、何処からどう抜けて来たのか、エロパンダ爺の頭が俺の足元にぬっとでて来たじゃねえか。
「ほっほっほっ。どれどぶへええっ!!?」
そこへ、ぼふっともどふっとも聞こえた打撃音と一緒に、刀傷の婆さんが振り落とした左の踵が、パンダの腹に減り込むのがゆっくり見えたよ。
本当、ブレねえな。
「ああっ!? マルカ様っ!?」
御者席からエロパンダ爺の付き人の姉ちゃんが飛び降り、駆け寄って行くのを見ながら、刀傷の婆さんがプイッと顔を逸らして毒づく。
「腐れパンダが」
おっかねえ婆さんだぜ。まあ、女に対して不埒な事をしようとする奴に容赦ねえんだな、って言うのは見てて判る。判るんだが、あと数日で俺もその対象になるのかと思うと他人事じゃねえんだわ……。
「あらあら、イングヒルト程々ねにね?」
おっとり婆さんの窘める声を聞きながら、緊迫した雰囲気が霧散していくように感じたのは俺だけじゃねえはずだ。
それに、このおっとり婆ちゃんも「するな」とは一言も言ってねえのな。
「やってもいいけど」っていう枕言葉が抜けてるだけで容認してるという底知れぬ怖さがある。
だってよ、刀傷の婆ちゃんが一言も言い返さねえんだぜ? 一番おっかねえのはこの婆さんじゃねえのか? と薄々感じ始めてたりする。
まあ、今のとこ俺に矛先が向いてねえだけでも良しとするか。
それよりも、だ。
「で、どうすんだ、あれ?」
マギーに引っ張り起された俺は、遥か後ろに陣取ってる連中を肩越しに親指で指さしながら、痩せた無精髭の爺さんに振ってみた。この中で一番真面事を言ってくれそうな気がしたのさ。
「ああ、あれな? ほっとけ」
「は?」
俺の耳には、ほっとけって聞こえたんだが? 思わず聞き返してた。
「だから、放っておけってんだよ」
「じゃあ、この嬢ちゃんは?」
「ほっとけ」
「おい、それじゃ答えにならねえだろうが」
「お前な。あ~ハクトっつったか? 少しは腕が立つかもしれんが、もう少し周りに気を配れ」
「言われなくたってやって」
その言葉にカチンと来た俺が、向きになって言い返そうとして更に遮られた。
「い~や、やってないね。俺に言わせりゃ種族特性に頼り過ぎだ。視野は広い、鼻が利く、耳も良い。何もしねえでも色んな情報が勝手に入ってくる。だから騙されるのさ」
「騙される? 俺が?」
おいおい、俺だって気配も探ってるんだぜ? 酷え言われようじゃねえか。
「ほっほっほっ。この子らよりは年を取っとるようじゃが、まだまだじゃな」
エロパンダ爺が上半身を起こして、顎から下に伸びる長い白髭を撫でながらそう言ってきやがった。爺さん婆さんは年長者として敬いはするが、怒らないとは言ってねえ。
「ふん、この旅の間に習得すれば良い。片鱗は見た」
「おい、一体何の話を」
スタスタと、いつの間に取り出したのか分からない三叉槍を肩に担いだ刀傷の婆ちゃんが、それだけ言って馬車の向こう側に姿を消す。
完全に言い逃げだ。
「失望させなかったというだけで、ギリギリ及第点だがな」
「なっ!?」
馬車の屋根から、おかっぱ頭の爺さんがそう言って来たのさ。いつの間に!?
「ほっほっほっ。まあ、それだけお前に皆期待しとるという事じゃよ。むううぅんっ!!!」
そうエロパンダ爺が笑ったかと思うと、老人とは思えない身の熟しで立ち上がり、何もない空間にいきなり殴りかかったのさ!
おいおいおいっ!?
爺さん呆けたのかよ!?
『はあっ!!?』
「ガアアアア――――ッ!!」
そう思ったのも束の間で、エロパンダ爺さん拳が何処から出て来たと突っ込みたくなる、青緑色の肌をした2パッススはあろうかというオーガの土手っ腹を殴り飛ばすのを見た時、俺たちの驚嘆の声がその巨体と一緒に飛び去っていた――。
1
あなたにおすすめの小説
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる