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第1章 南方正教会

第207話 えっ!? ええっ!? 何でご主人様がこれ持ってるの!?

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 「おい、ロサ・マリアさんや」

 胡坐あぐらを組んだ股の間に、取り出した懐剣かいけんを置いて、背中を合わせてるエルフの娘に声を掛ける。

 「何でしょうか?」

 「そんなにへそを曲げんでも良いだろ?」

 「あたしは臍を曲げてません!」

 「そうやって向きになってること自体、臍を曲げてると言うんだぜ? まあ、いいか。ほら、これやるから機嫌直せ。何でもエルフ繋がりの懐剣らしいぞ?」

 「だからたしは、臍なんかっ!? 懐剣!?」

 俺の言葉に後ろでガバッと立ち上がる気配を感じた。そんなに驚くような事か?

 まあいい。

 「ほら、これだ」

 「えっ!? ええっ!? 何でご主人様がこれ持ってるの!? ねえっ!!」

 「おわっ!? 何だ!? どうした!?」「「きゃあっ!?」」

 肩越しに手渡そうと差し出すと、奪い取られたよ。元々やるつもりだったから良いんだが、前に回ってきて俺の両肩をつかんで揺さぶりだしたじゃねえか。

 揺れと、ロサ・マリアの大声に太腿に抱き着いてた二人が驚いて飛び起きた。それで起きなかったらこっちが心配になるぜ。

 いや、そうじゃなくてだな。

 「だ、か、ら、どうしてご主人様が、あたしの懐剣を持ってたの!? あたしが襲われて売られた時にはもう手元になかったのに……まさか、初めからわきゃっ!? い、痛いじゃないですか!」

 一方的に話し始めたロサ・マリアが、最終的に俺が仕組んだと言い出しそうになったんで、チョップを頭に落としてやった。

 「落ち着け。まあ、そこ座れ」

 「う~……」

 頭をさすりながら、何か言いたそうに腰を下ろすロサ・マリア。

 「ヒルダとプルシャンは後ろに回ってちょっと場所開けてくれるか?」

 「うむ」「は~い」

 ヒルダとプルシャンがロサ・マリアの左右を固めようとしたから、俺の後ろに回らせる。まあ、急に大声を出したんだ。何事かと警戒するのが普通だろう。

 「で? その懐剣が、元々お前さんのだった、というので良いんだな?」

 「――」

 「奴隷商人に売り渡された時には、それ・・が無くなってたと?」

 「……そうです」

 「まず、その短剣を手に入れた場所だが、深淵しんえんの森の近くに昔砦だった廃墟がある。そこで女をさらって来て、ひでえ事をしてた盗賊を潰した時に、奴らの持ってた財宝の中にったもんだ。その盗賊団はサーツェルとかいう組織の下部組織でな。獅子人ししびと族の野郎が頭だったぜ?」

 「サーツェル?」

 「サーツェルとはヒュドラの別名ですよ。あ、すまないね。下でお茶をしてたら偶然聞こえて来たんだ。事が事だけに放っておけないからね。同族の問題だから首を突っ込ませてもらったよ」

 御者席に近い屋根の天板が開き、イケメンエルフの顔がひょこっと飛び出てたよ。

 まあ、「サーツェルって何?」って聞かれても答えようがなかったから、俺としても今のは助かった。そうか、ヒュドラか。ろくなことしてねえな。

 けど、どういうこった? 高々たかだか懐剣一本だろ?

 「ああ、エルフの風習についてはさっぱり分らんからな。助かるぜ」

 「どういたしまして」

 イケメンエルフが梯子はしごを上って屋根に出ると、胡坐あぐらを組む。

 「それが半年くらい前の話だ。ヒルダとプルシャンもそれを見てる」

 「うむ。【葡萄酒シャラーブの革袋】を手に入れた時の話であろう?」

 「あ~あの時ならわたしも覚えてるよ! 女の人が皆裸だったよね!」

 その時の状況を簡単に説明する。主には姫さん付きの騎士団の連中が証人なんだが、ここには居ねえから、今それを言っても始まらん。

 「あたしが売られたのは、一年程前です」

 半年も時差があるのに、んな事するかよ。

 「お前さんと面識がねえ俺が、こんな短剣一本のためにんな回りくどい事するかよ。拾った時、何となく気になったからって理由で手に取っただけだからな」

 そうぶっきらぼうに答えると、エルフ二人が「何言ってるのこの人!?」的な驚いた表情で見返されたんだよ。

 「本気で言ってるんですか?」

 「ご主人様、エルフの懐剣ですよ?」

 「知らん。俺には飾りっ気のねえ古い短剣にしか見えん。そもそも世捨て人の爺さんに育てられて、世の中の事知らねえんだから、エルフの事なんか尚更なおさら知らんわ」

 「……」

 「懐剣の事を知らないあなたが、何故ロサ・マリアを奴隷にしたのですか?」

 「あ? そりゃ、この間の女オーガオグレスが競売で喧嘩売って来たからに決まってるだろうが。非公式の競売で自分たちが喰う奴隷を買い漁ってたんだろうよ。偶々たまたま俺がそこに居て、喧嘩の対象になる商品がロサ・マリアだっただけの話だ」

 オーガな。雄の方をオルグ、雌の方をオグレスって言うんだってよ。初めて知ったぜ。爺さん婆さんの受け売りだがな。

 「……」

 「身も蓋もないですね」

 「わりいな。良くそうなる運命だったって言う奴が居るけどよ。運命って言葉は嫌いなのさ。そうなる運命だったって、初めから何もしねえ言い訳だ。経緯はどうあれ、俺がそこに居て、ロサ・マリアが出品されたから手を上げて競り落とした。美談でも何でもねえ。それだけの話だ」

 「……」

 「ロサ・マリアを解放する気はないのですか?」

 「あ~……解放な。多分無理だわ」

 「どうしてですか?」

 「俺個人としては、解放しても良いという気持ちはある。あるんだが、問題は首のチョーカーだ。奴隷商の店で付けられてる革の首輪なら、その可能性もまだあったんだがな。ロサ・マリアの首にあるのは、他の四人と同じ形状のチョーカーだ」

 「……」

 「それが何か? 少し特殊なだけなのでは?」

 「他の四人の契約は全部これ絡みだ。言ってる意味わかるか?」

 「「っ!?」」

 説明するのが面倒だから、指を空に向けて小さく上下させてやった。そしたら、いきなり二人が土下座するじゃねえか!?

 「ちょっ、頭を上げてくれて。俺は雪毛ゆきげの兎人だぜ? そんなに畏まらなくても良いって」

 「そうは言っても、その話が本当ならばし」

 「あ~それ以上は止めといた方がお互いのためだ。今は何も話さんし、お前さんたちも他言無用だぜ? 時が来りゃ嫌でも分かるさ」

 流石エルフ。長生きしてるだけあって物知りだな。けど、土下座までするとは思わんかったわ。しっかし"使徒"ってんなに偉いのか? 目の前に居るのは神殿のお偉いさんだぞ?

 はぁ。

 この話も遅かれ早かれする必要があるんだろうが、すればしたで面倒な事になりそうだし……。爺さん婆さん全員に土下座なんかさせた日にゃ、目から汗が出るに決まってる。



 頭の痛い話だぜ。



 「わ、分かりました」

 「は、はい」

 上半身を起こして居住いずまいを正す二人。

 「ま、俺の意思じゃどうにもならんってこった。四人は納得した上で俺の従者になってくれてる。まあ、今は嫁だがな。けど、ロサ・マリアの場合は俺にも分からん。所有者契約を書き換えたらこうなったんだから。でよ、話は戻るが、何でエルフの懐剣って事で目の色変えるんだ? ロサ・マリアは良いとして、あんたも持ってるのか?」

 俺の後ろで話を聞いている二人が「嫁」と言う言葉に反応してデレっとし始めたが、そこに構ってると話が進まねえから、疑問をぶつけてみた。

 そんなに大事な物なら、エルフは皆持ってんのか?

 「いえ、懐剣を持つのはエルフ族の成人した女性だけです」

 武士の嫁かよ!?

 内心突っ込んだが、話はそれだけじゃねえようだ。

 「……」

 特に言う事もねえから、黙って先を促す。

 「エルフ社会はちょっと特殊でしてね。酷い男尊女卑だんそんじょひと言う訳ではないんですが、女性の立場が弱いんですよ。それを嫌って国を出るエルフも居ましてね。リサもその一人です」

 リサ? おう、あの百合趣味の女エルフユリフか。

 「で、成人したエルフの女性は親から一振りの懐剣を渡されます。その時から生涯肌身離さずに持ち歩かなくてはなりません。失えば、国外追放の罪に問われます」

 「は? 男は?」

 おいおい、どういう法律だ!? 横暴すぎるだろうが!?

 「大きな罪を犯せば国外追放ですが、取り立ててありません」

 「いやいや、それだけで十分ひでえぞ?」

 死刑はねえのかよ!? 男尊女卑も、そこまでいけば極まれりだと思うがな?

 「そうでしょうか?」

 その反応にイラッと来たがグッとこらえたよ。余所よそのルールだ。俺が口をはさむ問題じゃねえ。

 「あ~今そこを論じる気はねえよ。で? 肝心の懐剣の事だ。何で懐剣がそんなに大事なんだよ?」

 まあ、何かあるから目の色を変えるんだろうが。懐剣を持ってると……寿命が延びるとか、エルフしか使えん魔法が使えるようになるとか、エルフを嫁にできるとかくらいか?

 寿命が延びるなら一部の爺さん婆さんが血ナマコになって探すだろうな。いや、血眼ちまなこか。美味そうな響きじゃねえな。

 んな阿呆アホな事を考えてると、イケメンエルフが前置きして話し始めたんだわ。

 「これは他言無用でお願いします」

 「おう。俺も黙ってて貰いてえこと話したからな。お互い様だ」

 「そうでしたね。エルフの懐剣を持って居ると、世界樹のもとまで行けるのです」

 それは完全に想定外で、俺にとってさっぱり分からん答えだった。

 「………………は?」

 しばらく沈黙が続いたが、何とかのどの奥から絞り出せたのは、一音だけだったよ。

 空は高く、雲は流れ、陽の光に温められた微風そよかぜが馬車を撫でて行く中、気不味きまずい雰囲気だけが俺たちを包み込んでいた――。





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