えっ!? そっち!? いや、骨法はそういう意味じゃ……。◇兎オヤジの見聞録◇

たゆんたゆん

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第1章 南方正教会

第208話 えっ!? もしかしてそれだけ?

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 「そうでしたね。エルフの懐剣を持って居ると、世界樹のもとまで行けるのです」

 それは完全に想定外で、俺にとってさっぱり分からん答えだった。

 「………………は?」

 しばらく沈黙が続いたが、何とかのどの奥から絞り出せたのは、一音だけだったよ。

 空は高く、雲は流れ、陽の光に温められた微風そよかぜが馬車を撫でて行く中、気不味きまずい雰囲気だけが俺たちを包み込んでいた――。

 「ですから、エルフの懐剣を持って居ると、世界樹の下まで行けるのです」

 「えっ!? もしかしてそれだけ? 寿命が延びたり、エルフだけが使える特別な魔法が使えるようになったりするんじゃねえの?」

 「何の話をしてるんですか?」

 怪訝けげんそうに俺を見るイケメンエルフ。



 えのかよ。



 「本当に、世界樹の下に行けるというだけ?」

 「だから何度もそういってるでしょう?」

 「Оh……。マヂか。何の変哲へんてつもねえ。普通過ぎる」

 「何か勘違いしてませんか?」

 今度はイケメンエルフの方が苛々いらいらしてるが、構うか。これは確認しとかねえと!

 「世界樹の葉っぱをせんじて飲んだら、致命傷を消して、死んだ奴を生き返らせることができるとか?」

  死んじまったキャラクター1人を完全復活させれるアイテムだったよな。あのドラ何とかQの2とか3って言うゲームの中じゃ。

 「そんな効能はありません! あれば世界樹の葉はもううの昔に全てむしり取られていますよ。そんな恐ろしい妄言もうげんを吐くのは止めてください!」

 慌てて俺の言葉を否定するイケメンエルフ。



 えのかよ。



 使えねえな。

 「すまんすまん。妄想が暴走しちまった。たはははは……」

 ここは笑って胡麻化ごまかすしかねえな。

 「そもそも死者蘇生ししゃそせいなど、神の御業みわざですよ? 植物の葉にどうしてそんな効能があるのですか?」

 確かにな。死んだもんが生き返ったら変な宗教が出来そうだぜ。逆に、んな効能が無くて良かったって安心するとこだな。

 「ははははは……。いやすまん。戯言ざれごとだ。忘れてくれると助かる」

 「……」

 おい、ロサ・マリア、そんな残念な奴を見るような目で俺を見るのを止めろ。

 「すまんな。世界樹の偉大さを、俺はちゃんと分かってねえんだよ。わりいが、何で世界樹の下に行けることがそんなにすげえ事なのか教えてくれねえか?」

 胡坐あぐらを組んだまま、パフッと両手をそれぞれ膝の内側に叩き付けるように合わせて、頭を下げた。巫坐戯ふざけた事の謝罪も含めてだ。

 「はあ。本当に何も知らないんですね? 後ろのお二方もですか?」

 「せかいじゅ? 分かんない」

 「われも特別な場所だという事くらいしか知らぬ」

 プルシャンとヒルダに話を振るイケメンエルフだったが、思った答えが返ってこないことに、イラッとした顔になってたな。意外に気がみじけえのか?

 「つう事だ。よろしく頼む」

 「ふぅ……分かりました。そう言う事でしたら説明しましょう」

 馬車の屋根の上で座り直したイケメンエルフが、あきらめたのように溜息を吐く。

 すまんね。こういう時は知ってたとしても知らん顔するのが利口なのさ。ヒルダの中に居る赤竜の意識アドヴェルーザなら何か知ってるだろうが、顔を出さんと言う事はそう言う事だろう。ヒルダに何か言ったに違いない。

 と言う事で、俺らは急遽始まった、イケメンエルフの行うエルフの国と世界樹について講釈に耳をかたむけることにした――。



                 ◆◇◆



 まとめるとこう言うことだ。

 南方正教会の東側に大きな山脈があって、その山脈を越えたとこにエルフ王国があるんだと。山脈と海に挟まれた国で国土の9割は森で、王都以外に都はないらしい。他は氏族ごとに点在する集落で生活を営んでいるという話だ。

 エルフイコール森の民と言う俺のイメージ通りだったわ。

 ここで出て来るのが懐剣だな。

 氏族の成人女性は、親から懐剣を授かる。この懐剣は、エルフ王国の王都の北側にある世界樹を守るために張ってある結界を抜ける許可証になるんだとか。

 懐剣の柄の内側に、世界樹の木片が貼り付けてあるそうだ。世界樹自体が張ってるのか、何かの魔道具が機能して結界を作り出してるのかまでは教えてくれんかったわ。

 けど判ったのは成人エルフの女性しか、そこに入れんらしい。

 それも、懐剣を持った女性だけな。

 観光する権利か何かと思ったが、エルフ弓エルフィンボウ魔法使いダヤンたちの使うチャリーベント御守りタヴィーズ、祭事用の器を作るため、世界樹の枝を採収しに世界樹の下へ行くんだと。

 落ちてる枝を拾うのか、古くなった枝をはらうのかは知らん。

 確か狐人と人の混血娘ヴェーラにやった弓がエルフ弓エルフィンボウだったな。成程、あれは良かった。貴重な材質だって言う事はうなずけるぜ。

 世界樹の葉っぱだが、傷じゃなく、病を治す方の治療薬の材料として重宝されてるんだってよ。確かにな。この世界で病気になっちまったら、寝て治すぐらいしか方法が思い浮かばん。熱冷ねつさましとか、腹下はらくだしを治す薬とかあるのかもしれんが、俺は病気の治療薬なんか見たことがねえ。

 この世界に来て薬屋に入った事ねえのもあるがな。

 けど、ギルドの依頼で治療薬の素材になる薬草を採集した記憶もねえ。まだまだ分からんことだらけだぜ。

 他にもありそうだが、差し障りのない部分しか教えてもらってない気がしたのも事実だ。でもまあ、出会って7日かそこらで目の前の奴を完全に信用できるかって聞かれたら、俺でも用心する。

 むしろ、そこまで話してくれたことの方が驚きだよ。

 肝心な俺が懐剣を手にしたことのメリットな。絡繰りはこういう事らしい。

 エルフの女性は生涯懐剣を肌身離さずに持つことで、世界樹の木片に自分の魔力を馴染ませるんだそうだ。その馴染み具合が良いほど、より世界樹に近づける・・・・・んだと。

 その馴染み具合が良い懐剣を手にした奴が、己の魔力を馴染ませたらどうなるか?

 本来ならばエルフの女性しか入れない場所に、誰でも・・・・、エルフの女性だと認識させながら入り込むことが可能になるんだそうだ。



 おいっ!? それを俺に話して良かったのかよ!?



 そりゃ、悪巧みを持った奴に渡れば大変な事になる。川辺の街ホバーロでヒュドラの構成員が大金を積んでも欲しがるはずだぜ。

 それなら、俺の反応は可笑しく見えちまうのも当然だな。興味がねえんだから仕方ねえだろう。

 あと、懐剣を無くしたら国外追放と言うのな。

 さっき聞いたように、世界樹に誰でも侵入できる切っ掛けを作っちまうんだから、叱られてもとは思うが「国外追放はやり過ぎじゃねえか?」って聞いてみた。

 そしたらよ、ここでエルフの風習だ。

 さっきも言ったが、エルフには都が王都しかねえ。あとは氏族ごとの集落だ。

 それが問題だった。つまりだ。懐剣を無くして期日以内に見付けられなければ氏族全体にあっという間に広まり、その娘は村八分むらはちぶになる。家族が娘を守ろうとすれば家族ごと村八分さ。嫁であれば離縁だな。

 小さな村が森の中に点在してあるんだ。そんな中で村八分になれば生き辛いだろうよ。実際、昔は責任問題に発展して、家族ごと打ち殺した例もあったんだと。

 そう言うのを防ぐために、今ではエルフの国の法律で国外追放になそうだ。

 エルフ王国の国境は山脈で、国境守備隊がいつも見回っているらしい。国に入るための関所は1つしかないらしく、それ以外を通って国に入った者は、見付かると警告なしの攻撃を加えられるってよ。徹底してるぜ。

 つまり、懐剣がないと国に入れないと言うこった。



 何というか、武士の時代の日本みてえだな。



 そう思うったね。

 ボリボリと後頭部をきながら、イケメンエルフとロサ・マリアを交互に見る。

 「ご理解いただけましたか?」

 「ああ、おおよそはな。何となくだが、他国と言うか、他種族の訪問をあまり歓迎してないような印象を受けたな。ま、俺の勝手な思い込みだ、気にせんでくれ。それで、ロサ・マリアさんや」

 イケメンエルフがそれを否定しないところを見ると、俺の勘も捨てたもんじゃねな。それよりもだ。

 「は、はい!」

 俺の呼び掛けに、ビクッと体を震わせるエルフの娘。

 「それで、お前さんはどうしたい?」

 「え、ど、どうって?」

 「「「……」」」

 イケメンエルフと、俺の後ろに居るヒルダとプルシャンは黙って様子を見守ってくれてる。青い小鳥スピカは話に飽きたようで、俺の頭の上で寝てるよ。自由なもんだ。

 両手を膝に当てて支えにしながら、ぐいと上半身だけ前に少し倒し、視線を逸らさずに聞いてやった。

 「その懐剣は経緯はどうあれ、俺がお前さんにやったもんだ。だろ? 今更返せって言わねえよ。世界樹がどんなもんか見てみたいという好奇心はあるがな。ま、それは置いといて。俺はお前さんが売られることになった理由も、大雑把おおざっぱにだが知ってる。それを踏まえて確認だ。ロサ・マリア。お前はどうしたい?」

 「あたしは……」

 俺の視線を受け止めきれずにうつむくロサ・マリア。

 良いぜ。しっかり考えな。

 ゆっくり100数えるくらい待っただろうか。

 顔を上げたロサ・マリアの表情は何かを決意した様に見えたよ。

 サワッと微風そよかぜが俺たちの間を横切り、自分の金髪が顔に掛かるを払ったロサ・マリアがゆっくりと口を開いた――。





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