241 / 333
第1章 南方正教会
第208話 えっ!? もしかしてそれだけ?
しおりを挟む「そうでしたね。エルフの懐剣を持って居ると、世界樹の下まで行けるのです」
それは完全に想定外で、俺にとってさっぱり分からん答えだった。
「………………は?」
暫く沈黙が続いたが、何とか喉の奥から絞り出せたのは、一音だけだったよ。
空は高く、雲は流れ、陽の光に温められた微風が馬車を撫でて行く中、気不味い雰囲気だけが俺たちを包み込んでいた――。
「ですから、エルフの懐剣を持って居ると、世界樹の下まで行けるのです」
「えっ!? もしかしてそれだけ? 寿命が延びたり、エルフだけが使える特別な魔法が使えるようになったりするんじゃねえの?」
「何の話をしてるんですか?」
怪訝そうに俺を見るイケメンエルフ。
無えのかよ。
「本当に、世界樹の下に行けるというだけ?」
「だから何度もそういってるでしょう?」
「Оh……。マヂか。何の変哲もねえ。普通過ぎる」
「何か勘違いしてませんか?」
今度はイケメンエルフの方が苛々してるが、構うか。これは確認しとかねえと!
「世界樹の葉っぱを煎じて飲んだら、致命傷を消して、死んだ奴を生き返らせることができるとか?」
死んじまったキャラクター1人を完全復活させれるアイテムだったよな。あのドラ何とかQの2とか3って言うゲームの中じゃ。
「そんな効能はありません! あれば世界樹の葉はもう疾うの昔に全て毟り取られていますよ。そんな恐ろしい妄言を吐くのは止めてください!」
慌てて俺の言葉を否定するイケメンエルフ。
無えのかよ。
使えねえな。
「すまんすまん。妄想が暴走しちまった。たはははは……」
ここは笑って胡麻化すしかねえな。
「そもそも死者蘇生など、神の御業ですよ? 植物の葉にどうしてそんな効能があるのですか?」
確かにな。死んだ者が生き返ったら変な宗教が出来そうだぜ。逆に、んな効能が無くて良かったって安心するとこだな。
「ははははは……。いやすまん。戯言だ。忘れてくれると助かる」
「……」
おい、ロサ・マリア、そんな残念な奴を見るような目で俺を見るのを止めろ。
「すまんな。世界樹の偉大さを、俺はちゃんと分かってねえんだよ。悪いが、何で世界樹の下に行けることがそんなに凄え事なのか教えてくれねえか?」
胡坐を組んだまま、パフッと両手をそれぞれ膝の内側に叩き付けるように合わせて、頭を下げた。巫坐戯た事の謝罪も含めてだ。
「はあ。本当に何も知らないんですね? 後ろのお二方もですか?」
「せかいじゅ? 分かんない」
「吾も特別な場所だという事くらいしか知らぬ」
プルシャンとヒルダに話を振るイケメンエルフだったが、思った答えが返ってこないことに、イラッとした顔になってたな。意外に気が短えのか?
「つう事だ。よろしく頼む」
「ふぅ……分かりました。そう言う事でしたら説明しましょう」
馬車の屋根の上で座り直したイケメンエルフが、諦めたのように溜息を吐く。
すまんね。こういう時は知ってたとしても知らん顔するのが利口なのさ。ヒルダの中に居る赤竜の意識なら何か知ってるだろうが、顔を出さんと言う事はそう言う事だろう。ヒルダに何か言ったに違いない。
と言う事で、俺らは急遽始まった、イケメンエルフの行うエルフの国と世界樹について講釈に耳を傾けることにした――。
◆◇◆
纏めるとこう言うことだ。
南方正教会の東側に大きな山脈があって、その山脈を越えたとこにエルフ王国があるんだと。山脈と海に挟まれた国で国土の9割は森で、王都以外に都はないらしい。他は氏族毎に点在する集落で生活を営んでいるという話だ。
エルフ=森の民と言う俺のイメージ通りだったわ。
ここで出て来るのが懐剣だな。
氏族の成人女性は、親から懐剣を授かる。この懐剣は、エルフ王国の王都の北側にある世界樹を守るために張ってある結界を抜ける許可証になるんだとか。
懐剣の柄の内側に、世界樹の木片が貼り付けてあるそうだ。世界樹自体が張ってるのか、何かの魔道具が機能して結界を作り出してるのかまでは教えてくれんかったわ。
けど判ったのは成人エルフの女性しか、そこに入れんらしい。
それも、懐剣を持った女性だけな。
観光する権利か何かと思ったが、エルフ弓や魔法使いたちの使う棒や杖、御守り、祭事用の器を作るため、世界樹の枝を採収しに世界樹の下へ行くんだと。
落ちてる枝を拾うのか、古くなった枝を掃うのかは知らん。
確か狐人と人の混血娘にやった弓がエルフ弓だったな。成程、あれは良かった。貴重な材質だって言う事は肯けるぜ。
世界樹の葉っぱだが、傷じゃなく、病を治す方の治療薬の材料として重宝されてるんだってよ。確かにな。この世界で病気になっちまったら、寝て治すぐらいしか方法が思い浮かばん。熱冷ましとか、腹下しを治す薬とかあるのかもしれんが、俺は病気の治療薬なんか見たことがねえ。
この世界に来て薬屋に入った事ねえのもあるがな。
けど、ギルドの依頼で治療薬の素材になる薬草を採集した記憶もねえ。まだまだ分からんことだらけだぜ。
他にもありそうだが、差し障りのない部分しか教えてもらってない気がしたのも事実だ。でもまあ、出会って7日かそこらで目の前の奴を完全に信用できるかって聞かれたら、俺でも用心する。
寧ろ、そこまで話してくれたことの方が驚きだよ。
肝心な俺が懐剣を手にしたことのメリットな。絡繰りはこういう事らしい。
エルフの女性は生涯懐剣を肌身離さずに持つことで、世界樹の木片に自分の魔力を馴染ませるんだそうだ。その馴染み具合が良いほど、より世界樹に近づけるんだと。
その馴染み具合が良い懐剣を手にした奴が、己の魔力を馴染ませたらどうなるか?
本来ならばエルフの女性しか入れない場所に、誰でも、エルフの女性だと認識させながら入り込むことが可能になるんだそうだ。
おいっ!? それを俺に話して良かったのかよ!?
そりゃ、悪巧みを持った奴に渡れば大変な事になる。川辺の街でヒュドラの構成員が大金を積んでも欲しがるはずだぜ。
それなら、俺の反応は可笑しく見えちまうのも当然だな。興味がねえんだから仕方ねえだろう。
あと、懐剣を無くしたら国外追放と言うのな。
さっき聞いたように、世界樹に誰でも侵入できる切っ掛けを作っちまうんだから、叱られてもとは思うが「国外追放はやり過ぎじゃねえか?」って聞いてみた。
そしたらよ、ここでエルフの風習だ。
さっきも言ったが、エルフには都が王都しかねえ。あとは氏族毎の集落だ。
それが問題だった。つまりだ。懐剣を無くして期日以内に見付けられなければ氏族全体にあっという間に広まり、その娘は村八分になる。家族が娘を守ろうとすれば家族ごと村八分さ。嫁であれば離縁だな。
小さな村が森の中に点在してあるんだ。そんな中で村八分になれば生き辛いだろうよ。実際、昔は責任問題に発展して、家族ごと打ち殺した例もあったんだと。
そう言うのを防ぐために、今ではエルフの国の法律で国外追放になそうだ。
エルフ王国の国境は山脈で、国境守備隊がいつも見回っているらしい。国に入るための関所は1つしかないらしく、それ以外を通って国に入った者は、見付かると警告なしの攻撃を加えられるってよ。徹底してるぜ。
つまり、懐剣がないと国に入れないと言うこった。
何というか、武士の時代の日本みてえだな。
そう思うったね。
ボリボリと後頭部を掻きながら、イケメンエルフとロサ・マリアを交互に見る。
「ご理解いただけましたか?」
「ああ、凡そはな。何となくだが、他国と言うか、他種族の訪問をあまり歓迎してないような印象を受けたな。ま、俺の勝手な思い込みだ、気にせんでくれ。それで、ロサ・マリアさんや」
イケメンエルフがそれを否定しないところを見ると、俺の勘も捨てたもんじゃねな。それよりもだ。
「は、はい!」
俺の呼び掛けに、ビクッと体を震わせるエルフの娘。
「それで、お前さんはどうしたい?」
「え、ど、どうって?」
「「「……」」」
イケメンエルフと、俺の後ろに居るヒルダとプルシャンは黙って様子を見守ってくれてる。青い小鳥は話に飽きたようで、俺の頭の上で寝てるよ。自由なもんだ。
両手を膝に当てて支えにしながら、ぐいと上半身だけ前に少し倒し、視線を逸らさずに聞いてやった。
「その懐剣は経緯はどうあれ、俺がお前さんにやった物だ。だろ? 今更返せって言わねえよ。世界樹がどんなもんか見てみたいという好奇心はあるがな。ま、それは置いといて。俺はお前さんが売られることになった理由も、大雑把にだが知ってる。それを踏まえて確認だ。ロサ・マリア。お前はどうしたい?」
「あたしは……」
俺の視線を受け止めきれずに俯くロサ・マリア。
良いぜ。しっかり考えな。
ゆっくり100数えるくらい待っただろうか。
顔を上げたロサ・マリアの表情は何かを決意した様に見えたよ。
サワッと微風が俺たちの間を横切り、自分の金髪が顔に掛かるを払ったロサ・マリアがゆっくりと口を開いた――。
1
あなたにおすすめの小説
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる