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第3章 迷いの樹海
第227話 えっ!? どれが目印だ!?
しおりを挟む「これは?」
「血止草。ヒールポーションの材料ね」
「これは?」
「蛇蔦。こっちはマナポーションの材料よ」
「これは?」
「縄蔦。蛇蔦とよく似てるんだけど、薬効は全然無いただの草よ」
「へ~」
俺は今、目の前であっちへちょろちょろ、こっちへちょろちょろ動いてはロサ・マリアに質問する幼い雪毛の兎人娘の様子を見て、だらしなく頬を緩めていた。
婚約者というか、娘を見守る気持ちなんだがな。
どうもプラムは七歳になって、大人と同じような扱いをするよう俺に求めることが多くなった。口に出しては言わねえが、むすっと不機嫌になるのさ。
頬を膨らませる仕草は、それはそれで可愛いんだが、オマセさんな年頃なんだろう。向こうの世界に残して来た娘も、小さい時はこうだったのかもな。
今は見る影もねえが……。
いや、ホームレスになる前に見たきりだから、成人前か。まあいい。
ロサ・マリアの奴も、妹が出来たみたいで色々と自分が知ってることを教えてる。家事はまるっきりダメだがな。逆に、プラムから教えられてる始末だから笑えるぜ。
今は、使える草とそうじゃない草があることを教えてる、ってとこか。
流石、150年も生きてりゃそこら辺の人族よりも薬草の知識量は半端ねえだろう。
「ん? どうした?」
そう思ったら、ジト目で俺を見てるロサ・マリアと目が合う。
「今失礼なこと考えてなかった?」
年齢でもセンサーが利くのかよ!?
「んにゃ。それよりも、しっかり歩かねえと、怖い隊長にぶった切られるぞ?」
「そんなことせん!」
「そうかい。誰だったかな? 獣に殺られたことにして、毛皮だけ剥いで持って行くとか宣ってたのは?」
「あれは言葉の綾でそう言ったまでだ」
俺の言葉で、一斉にヒルダたちの殺気の籠った視線に射抜かれたネストリが弁解する。ま、分からんでもねえ。女は怖えからな。
それはそれこれはこれだ。弄れる時に弄る。
「言葉の綾? そりゃ言葉の使い方間違ってるだろうが。それを言うなら、失言じゃねえのかよ?」
「うぐっ」
「おお怖え怖え。ヴェニラちゃん、お宅の隊長が怖えんだ。助けてくれよ」
「な、何でわたしに擦り付けるんですか!?」
言葉に詰まって俺を睨みつけて来るネストリから距離を取って、近くを歩いていた女副隊長の背後に回り込んでやった。
言いたいことは解る。警備隊の指揮官二人が付いて来て良いのか、って話だろ? 俺もそう思ってよ。「隊長も副隊長も関所を出て問題ねえのか?」って聞いたら、二十日に一度別隊と入れ替わるんだと。
俺たちを王都に連れて行くという任を受けた手前、長居はしたくなかたったらしいんだが、取り調べから二日後に別隊が到着して、都合良く入れ替われたって話さ。
関所とその周辺を守るのが、国境警備隊。国境の巡視や害獣駆除と言った、国防を司るのが騎士団と言う線引きらしい。
と言っても、国土の九割が森に沈んでる場所だ。岩手県もびっくりだぜ。
いや、そうじゃなくてだな。それだけ森が成長しちまってると、馬車が通るような道はねえ。つまり、旅は徒歩だ。
馬で走るよりも、風魔法を使って駆けた方が早いらしい。現実を見せられたらそれも肯ける。木の根が地面から顔を出して、網目状になってんのさ。こんなとこを駆けたら、馬じゃなくたって捻挫するに決まってる。下手すりゃ骨折だ。
それでも王都周辺は、馬車が通れるように道が整備されているらしいが、それ以上伸ばす労力と費用を考えれば、必要ないと判断されたんだと。
まあ、木を一本切り倒すだけでも犯罪になるってんだから、森を切り拓いて道を造るという構想は、土台無理な話って訳だ。
王都から関所まで、強行軍で一ヶ月、通常の速度で二ヶ月かかるらしい。で、俺らはエルフじゃない女子どもも多いということもあり、通常だ。
先ずは、ロサ・マリアやヴェニラの生家のある、ベル氏族の集落へ寄って行くというルート設定をした。ロサ・マリアも遣りたいことがあるって息巻いてたからな。元々、それに付き合うためにここへ来たんだし、異論はねえ。
ねえんだが、流石に太陽が見え隠れする樹高がある森だと方向感覚が莫迦になっちまうのさ。
俺は行った事はねえが、もしかしたら"富士の樹海"はこんな感じなのかもなって思っちまったよ。というのも、方向感覚が狂わされてるという確証が、俺の中で生まれてるからに他ならない。
《【耐磁力】の熟練度が3に上がりました》
って言うアナウンスがついさっき頭の中で流れたんだよ。
この国に来るまでは熟練度1だったのに、僅か二十日で二つも上がってる。深淵の森の外縁でこのスキルが上がったのと、この森で上がったのには共通点があるはず。
磁力があるって事は、あの聳え立つ山脈の中で一番高い山が火山だった――、いや、この森も含めて火山帯と言う可能性もある。
何かで見た記憶があるが、溶岩は固まると磁力を持つ。小さい溶岩なら問題ねえだろうが、この森の下が全部冷えて固まった溶岩の一枚板の上にできたものだったら?
その仮説に落ち着いた時、背筋がゾクリとした。
……まさか、な。
現実味のない仮説に首を振り、ヒルダたちに確認を取ってみたらよ。【耐磁力】のスキルを獲得してたり、熟練度が上がってたりしたのさ。
マヂかよ。
念の為、ロサ・マリアにも確認したらよ、「迷いの樹海で生まれたエルフは、皆【耐磁力】のスキル持ってますよ? じゃないと、樹海の中で生活できないじゃないですか」と来たもんだ。
そりゃそうだがよ。
今、迷いって言ったよな?
因みに、「熟練度は?」とロサ・マリアにこっそり聞いたら、両手をパーにしやがった。つまり、熟練度10だ。
逆を言えば、熟練度が10ないと迷うってこった。何ちゅう森だよ。
「あ、ご主人様! あの木がベルの集落の目印です! あと半日ですよ!」
「えっ!? どれが目印だ!? 同じもんにしか見えねえぞ!?」
ロサ・マリアが指差す方に目を向けるが、鬱蒼とした樹海が伸びてるようにしか見えん。それも、半日先の距離で良く見えたな!? おいっ!?
『結界の要みたいな大木がありましたよ?』
心の中でロサ・マリアに突っ込んでいると、樹海の上から戻って来た青い小鳥が俺の頭に止まり、気持ち良さそうに囀った――。
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