えっ!? そっち!? いや、骨法はそういう意味じゃ……。◇兎オヤジの見聞録◇

たゆんたゆん

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幕間

閑話 勇者二人、出逢う(※)

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 ときは、ハクトたちが南方正教会の神殿に居た頃にさかのぼる。

 鬱蒼うっそうとした密林の中を男が1人駆けていた――。

 太いつたが罠の様に樹々の根元に絡みつき、その行く手を阻もうと生い茂る。

 右手に持った、不釣合いに大きい撲剣イルウーンを振って道を開くその横顔は、まだ幾分幼さを残した青年の顔だ。

 ただ、その道なき道を灰色の肌をさらし銀髪を後ろになびかせて走るに目をみはると、人族の顔とは懸け離れた特徴に気付く。耳がとがっているのだ。

 その風貌ふうぼうは、世界で忌み嫌われる堕ちたエルフ族オークに酷似していた。

 オークは妖精族でありながら、邪神に使えることを選びちたのだという。その際、九柱神によって生来のエルフ族と区別できるように呪い・・・が刻まれたのだと伝えられていた。

 灰色の肌と銀髪が、それだ。

 邪神の影響を受けたオークは歪んだ思考に支配され、誰彼だれかれ構わず交配のつがいを求め、人型の魔物にですら欲情したのだという。

 本来混ざるはずもない因子を取り込んだオーク族は次第にその容貌を変化させ、長い年月をかけて生来の美しさと引き換えに、力と醜さを手に入れたのだとか……。

 この青年にはその特徴が現れているのだ。それでも顔は、オークの様に潰れた顔ではないものの、凹凸の少ない平たい顔をしている。

 全体的な特徴から察するに、オークの血が混ざっているという事だろう。

 本来であればその特徴を隠すためのフードは外れ、男の動きに合わせて背中で跳ねている。蔦から生え出る棘や、小枝の先で切ったのだろう。男の頬には小さな切り傷が見える。

 「はあっ、はあっ! くそっ、敏捷-200が、地味に、効きやがる」

 男は全速力で走っているつもりなのだが、以前に良く調べずに身に着けた呪いの首飾りネックレスのせいで、格が幾らか上がるたびにマイナス補正が掛かっていたのだ。その原因のネックレスの先に付いている涙型の紅玉ルビーが、胸の前で踊る。

 彼が森の中を走ってるのは訓練のためでも、探索のためでもない。

 「くそっ、カンガール―みたいな、ワニが、居るなんて、聞いてねえってえの! しかも、集団で、狩りとか、ありねえ! 兎に角、広いとこまで、出ねえと」



 ――逃げていたのだ。



 彼の言い分を代弁するなら、「戦略的撤退」で、背の高い樹木と低木が生い茂ったような密集地ではなく、「開けた場所で迎え撃つ」のだそうだ。

 剣が振るえる場所なら負ける事は無いと考えている時点で、彼は追い込まれているのだが、それすら気付かずに走り続けてかなりの時間が経つ。

 「持久力スタミナと力は自信がある!」と普段から豪語する彼には、短絡的と言う短所があった。

 そのせいで今の状況があるのだが、この時、彼の楽天的と言う長所が悪い方にカバーしていたのは、彼らしいと言えば彼らしい結果だろう。

 時折、後ろに視線を向けながら走る混血ハーフオークの青年には、追いすがろうとする魔物たちが茂みを通り抜ける音が聞こえていた。

 「ガアッ!!」

 「くっ! ぉらあっ!」

 ふいに背後から跳びかかって来る影に撲剣イルウーンを振ると、ズンと肉と骨を斬る感触が手に伝わって来た。

 仕留めたかどうかは確認せずにそのまま走るのを止めない。

 少し前に迷宮ダンジョンで学んだことだ。



 ――止まれば大群の餌食になり、大切な仲間を失う。



 あの時失った右足は戻らないが、走れているのはあの人・・・・が義足をくれたお蔭だ。そんな事を考えながら茂みを抜ける青年の目に、陽が降り注ぐ開けた場所が映る。

 立木もないようだ。

 見えるのは、枯れ木……。

 「へっ! 俺にも、運が、回って来たんじゃね? ――ん?」

 青年の鼻に、ツンと腐葉土の山を掻き分けた時に感じる様な臭いが刺さる。

 見た目、前方に広がるのは枯れ林と降り積もった枯葉や枯枝の絨毯だ。沼ならば、水草が何処かに生えていそうなものだが……。



 ――それらしきものも、無い。



 「何か、嫌な感じが、したんだがな。まあ、良いか! おっしゃっ! ここなら問題なくイルウーンこいつが振れる! かかってこいや――っ!」

 躊躇ためらわずに枯葉の上を駆け抜けて振り返った青年は、撲剣イルウーンを両手に持ち替え、重心を落として半身に構えるのだった――。



                 ◆◇◆



 「あ、古戦場に誰か来たみたい。1人?」

 「嘘でしょ? 真面まともな人間はこんなとこ来る訳ないじゃない」

 「あんたね、それ、わたしたちも・・・・・・入ってるんだからね?」

 「わたしたちはちゃんと準備して入ったじゃない」

 「あ、あの人、森鰐もりわにの群れが居るとこ通ったんだ。何匹居るんだろ? 1、2、3……10匹!?」

 その様子を見て丘の上から眺める娘たちが4人。

 その内の古戦場に現れた青年を視認で来た、緩やかに波打つ濃い灰色の髪を背中まで伸ばす娘が青年を指差しながら、空いた左手で指折り数えだすと……。

 「10匹!? あの素早いのが10匹で、オマケに、あそこは・・・・わくくでしょ!?」

 濃い灰色髪の娘の言葉を疑った、桃色が混ざったような灰色髪の娘が誰ともなく聞き返す。その言葉に、他の3人が一様にうなずくのだった。

 「まずいじゃない! わたしアキラを呼んでくるから、ここお願いね!」

 桃色が混ざったような灰色髪の娘に異論を挟んだ赤毛の娘が、そう言ってきびすを返す。4人の中で一番動きやすそうな出立いでたちだ。

 「分かった。危なかったら、【火の玉】でも何発かぶっ放しとくわ」

 赤毛のポニーテールを揺らしながら古戦場と真反対の谷へ駆け下る彼女の背中に、癖のない金髪を胸の辺りまで伸ばした娘が髪を払いながら声を掛けると、視線を古戦場に戻すのだった。

 丁度ちょうどその時、枯れ木立の間に敷き詰められた落ち葉の絨毯じゅうたんが盛り上がり始める。

 無数の、肉のない白いかいなは、まるで伸びた茎のようであり、そのたなごころは、陽に向かって白い花が咲くがごとく空へ向かって開かれた――。



                 ◆◇◆



 「何だ? おいおいおい! マジかよ!? ここに来てアンデッドの巣とか聞いてねえってえの!!」

 青年はそう叫びながら、跳びかかって来る森鰐を切り伏せ、森から離れるように駆け出す。迷宮ダンジョンで味わった辛酸しんさんから、逃げも立派な戦略だ・・・・・・と身をもって悟ったのだ。

 誰かが言ってたことわざ、「三十六計逃げるにしかかず」。要は逃げた者勝もんがちだろ! という理解しかない青年だが、命がことほか軽い世の中で、己の命を守れるのは己だけという事を感覚的に感じ取っていたのである。

 ただ、古戦場の実態を知る者からすると、その一手は……。



 ――悪手。



 先回りするかのように、白い骨の花が落ち葉の下から次々に現れ、埋もれているおのが身体を地上に引き揚げるのだ。

 古戦場が骸骨の波で埋め尽くされるまでに時間を要することはない。

 水の上の波紋が予想以上の速さで広がる様に、青年が剣を振る時に生まれる踏み込みの振動が、骸骨たちの身体を揺らしていたのである。

 骸骨たちはこう思った事だろう。



 餌が来た。



 嬉々ききとして寝床から這い出す骸骨たちの喜びは、カタカタと打ち合わされる歯音はおとの調べとなってかなでられる。

 「おいおいおい! 何で向こうまでもう真っ白なんだっ!?」

 つかみ掛って来る骨のかいなは、生への執着のなせる業か命ある者へのうらみなのか、今確かめるすべはない。この瞬間わかっている事は、ここにとどまり続ければ骸骨の仲間入りを果たせるという事だ。



 ――その時、青年の右手で何かがきらめく。



 「――っ!? 何だ!? 鏡!? あっちの方が薄いって事か!? 誰だか知らんがありがたい!」

 青年撲剣イルウーンの腹で骸骨をぎ飛ばし、光が見えた方に駆け出す。その向こうには雲の上にまでそびええる山が在る。

 とそこへ――。



 ゴウッ



 「げえっ!? 何で【火の玉ファイヤーボール】が3発も・・・・・降って来てんだよ!?」

 聳え立つ山の手前の小高い丘の上から、直径2パッスス約3mはあろうかと言う【火の玉】が3つ降って来たかと思うと、青年から離れた場所に着弾して骸骨もろとも地面を吹き飛ばす。

 「うお!? 良く分かんねえが、助けられたのか? と言うか、あそこからここまでどんだけ距離あるんだ? 普通は届かんだろ!? 何にせよ、あそこが、手薄になったのは、確かだ!」

 バラバラと土砂どしゃや骨の欠片かけらが降って来る中、骸骨を切り伏せながら駆け出すと、進行方向側から同じように誰かが道を作りながら近づいてるのが青年の双眸そうぼうに映る。

 自分と同じように切り伏せると言うよりも、一振りで数体の骸骨が切り崩されているのだ。

 手にした武器の違いか、技量の差なのかは判らないが、知らずらず青年は舌打ちをしていた。

 「ちっ、邪魔、なんだよぉっ!」

 逃げるというよりも、苛立ちに引っ張られる形で目の前に立ち塞がる骸骨を薙ぎ払いながら前進する。青年の方が一方的に「どっちが沢山切り倒すか」という思考になってしまったのだろう。

 目の前に集中するあまり、互いに近づいている事に気付いていながら、正確な位置を把握できていない2人。そして――。



 ギィィィ――――ン!!



 互いに骸骨たちをぎ払った刃が甲高かんだかい音を立てて交差する!

 「アキラッ!?」「うえっ、ノボルさんっ!?」

 2人がここでお互いを認知するのだった。






 ――勇者二人、出逢う。





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