えっ!? そっち!? いや、骨法はそういう意味じゃ……。◇兎オヤジの見聞録◇

たゆんたゆん

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閑話 勇者二人、遣らかす(※)

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 「え~っ!? ノボルさんて、オジサンと迷宮攻略ダンジョンアタックしてたの!? 何それ、めっちゃ裏山うらやまなんだけど!」

 目鼻立ちの良い黒髪黒目の青年が、網の上で肉汁を滴らせる焦げ目の付いたブロック肉の向こう側に陣取る青年ノボルに食いついていた。

 向こう側に座るのは灰色の肌をさらした男女だ。ノボルと呼ばれた青年と、同性でも目で追いたくなる美貌を持った女性で、彼らの左右に座る白肌の娘たちとは一線を画していると言ってよいだろう。

 彼女たちが見目麗しくないという事ではない。

 灰色肌で銀髪の女性の方がその上を行っているというだけの話だ。

 「んぐっ、莫迦バカ、そんな生易しいもんじゃねえよ。――モグモグ。転移陣で迷宮最下層に跳ばされて、――モグモグ魔力は切れそうになるわ、右足はぐちゃぐちゃになるわ――モグモグ、大変だったんだからよ」

 話を振られた青年ノボルは、己の更に取り分けられた肉の塊にフォークを突き刺して口に運ぶと、顎の力に物を言わせて食い千切り、咀嚼そしゃくしながら言葉を返す。

 同じように肉を自分の皿に取り分けた娘たちだったが、その素行に小さく切り分けた肉を口に運ぶのを止め、ジトリと半目で男を睨むのだった。

 『――』

 「鬼若おにわか様、食べるかしゃべるかどちらかにしてください」「痛っ!? ――っ!」

 銀髪の美女が左肩に掛かる髪を左手で払いながら、右手で青年の脇をつねる。

 『――ぷっ』

 ダンと肉を刺したままのフォークを持った右手でテーブルを叩きながら、声を出せずに悶える青年の様子を見て、女性陣から失笑が漏れた。

 それで溜飲りゅういんが下がったのか、静かに食事が再開される。

 「ちょ、鬼姫おにひめさん? め、めっちゃ痛いんだけど……」

 左くの字になったまま悶える鬼若ノボルが、声も絶え絶えに抗議するが、美女は左手で器用にフォークを使って肉を口に運び、数回噛んでから飲み込むのだった。

 「――。鬼若様がテーブルマナーを守ってくだされば問題ない事です」

 「あははは……。えっと、鬼姫さん? でいいかな?」「はい」「僕は気にしないからその辺で――」『ん゛――っ!』

 引きった笑顔で確認を取る黒髪黒目の青年が、短く答える美女を横目に鬼若ノボルへ助け舟を出そうとすると、一斉に抗議の咳払いが上がる。

 「えっ……!?」

 同時に、抗議の視線も自分へ向けられてる事に気付いた青年は言葉を失う。それは、他の9人は気にしているという意思表示なのだから。

 彼女たちからしてみれば、自分たちだけの場所に同じ勇者・・・・とは言え、ずかずかと入り込んできたのだ。煙たく感じるのも仕方ない事だろう。

 香ばしい煙は炭火から上がってるのだが、それとは別の意味でだ。

 鬼姫と呼ばれた銀髪の美女は、食器から手を放して座ったまま小さくお辞儀する。

 既に鬼若の脇腹からは手を放してるのだが、それに気が付いているのは抓られていた本人と、抓っていた彼女だけだ。

 「お気遣いに感謝致します、アキラ様。ですが、いつものこと・・・・・・ですのでお気になされませぬようにお願い致します。皆様、お騒がせして申し訳ありません」

 「いつもの……。ノボルさんも、尻に敷かれ――ん゛ん゛っ! 綺麗な奥さんと一緒になれて良かったですね! ノボルさん!」

 キランと鬼姫の目が光ったように感じたアキラは慌てて言い直す。それに機嫌を良くした鬼姫がコロコロと笑うと、身を乗り出す鬼若ノボル

 「アキラ、手前っ!」「まあ、アキラ様、奥様だなんて口がお上手ですわ。お恥ずかしい」「ぐぼ――っ!」『――っ!?』「ああっ!?」

 次の瞬間、鬼姫のかすむような肘鉄を腹に受けた鬼若ノボルが、見たくもない噴水を吐き出しながら洞窟の内壁の方に吹き飛ばされていくのを、ただ10人は啞然あぜんと見送る。

 ギギギとびた鎧の関節が動くようなぎこちなさで、独り幸せそうに目を細め焼けた肉を頬張ほおばる鬼姫へ振り向く10人は、各々が胸の内で己に言い聞かせた――。



 ――「鬼姫さんには気を付けよう」と。



                 ◆◇◆



 大木がメキメキと悲鳴を上げながら倒れ、地響きをとどろかせる中、密林を掛け抜ける青年が2人居た。

 「ちょっ、わかさん、何でそんなに足遅いんすか!? もっとしっかり走ってくださいよ! 俺よりレベル上ですよねっ!?」

 「五月蠅うるせえっ! これで精一杯なんだよ! このネックレスのせいでレベルアップしても、素早さだけ上がらねえの! 呪われてるの! 一般人よか足は早えだろうが、お前と比べんな!」

 若と呼ばれた灰色肌はいいろはだの青年は、走りながら空いてる左手で、自分の胸元をまさぐり、赤い宝石の付いた首飾りネックレスを見せるのだった。それをチラッと横目で確認した、黄色肌の青年が前を見ながらわめく。

 「いやいやいや! そんな暢気のんきに喧嘩してる場合じゃないのわかってますよね!?」

 「ああ、くそっ! つたが絡まるし、とげいてえっ!」

 「聞いてないし!」

 頭上高く伸びた大木だけだけなら彼らも素早く動けただろうが、自分たちの背丈まで伸びた低木や蔦が網のように行く手を阻むのだ。

 手にした刃物で切り断ちながら進むにしても、何もない平坦へいたんな場所を全力疾走するのとは勝手が違う。しかも、灰色肌の若と呼ばれた青年の方が明らかに足が遅い。

 これでは後ろから迫って来る蟒蛇うわばみから逃げれることは叶わないだろう。

 「聞こえとるは、ボケ! そもそも森の主に見付かったのはおめえこいたせいだろうがよ!」

 「仕方ないでしょっ!? こっち来て、基本肉食なんだからさ、おならも臭くなりますって!」

 「んな事言ってるんじゃねえよ! 屁が出るのは仕方ねえとしてだ。場所を選べ! もしくは、我慢できなかったのかって、言ってんだよ!」

 「だって、皆の前じゃできないじゃないっすか!」

 「あ――! ハーレム野郎の言い訳は聞こえねえ――っ!」

 言い訳じみた返事に、灰色肌の青年は刃物を持ってる右手と空いた左手で、己の両耳をふさいでみせるのだった。横を走る相方の声を遮断できることはないだろうが、嫌味を伝えるには十分すぎる仕草だ。

 「くっ!」

 「てか、アキラ! おめえの方が、魔法の手数多いだろうがよ! 何とかしやが――ぎゃあああああああああ!!!」「――っ!?」

 悔しそうに顔をゆがめるアキラと呼ばれた青年に、若と呼ばれていた青年が更に要求しようとした矢先、深緑色の鱗に覆われた丸太のような何かが轟音と共にすぐ横を通り過ぎたのである。驚かない訳がない。

 現に、若と呼ばれた青年は両手を上げて絶叫したのだから。

 若の右手から落ちた短刀を受け止めたアキラが、それを若に返す。

 「若さん、鬼若おにわかさん!」

 「お、おう。どうした? あ、悪い。ありがとな」

 短刀を受け取って、さやに納めながら鬼若がアキラに問い返す。

 「どうしたじゃないですよ! このまま逃げたら拠点って言うの解ってます? 蛇って穴倉を好んでみ付くから、拠点の主がわっちゃいますよ!?」

 「じゃどうするってんだ? 見ての通り、蟒蛇やっこさんに追いつかれちまったぞ?」

 目の前で、背丈を超えるほどの胴をズルズルとわせる蟒蛇うわばみを指差しながら、鬼若が問いに問い返した。逃げ道は塞がれて、このまま逃げると自分たちが更に窮地に立たされることになる。それが分かった上でどうするのかということだ。

 「ちなみにですが、【転移魔法】は生えました・・・・・?」

 「おま、何でそれを知って――」「良かった。若さん、ゲーマーっぽかったか色々試してるだろうなって思ったんすよ。元々持ってる【聖魔法】と四属性の魔法をレベル5まで上げるで、あってます?」

 脈絡のないアキラの質問に驚く鬼若へ、アキラは言葉を被せる。今この危機を打破できるアイデアが閃いたのだ。だが、確認しておかねば生死にかかわる事もアキラは感じていた。

 「おう。そう言うアキラも見付けたみたいだな」

 「レベルは?」

 「まだ1だ。行った事のある場所、それも、1キロ以内までなら跳べる」

 「俺もです。一緒に跳べる人数は?」

 「まだ検証してねえ。鬼姫と2人なら問題なかったがな」

 「恐らく、自分を入れて3人が限界だと思います。ウチは大所帯なんで4人で試してみたら、発動せずに、3人で跳べたので間違いないかと」

 「それ自慢か?」

 「何でそうなんですか!? 若さん、今の状況解ってます!?」

 「もう少しで詰みそうだな」

 「そこで提案です。俺たちは深淵の森へ西の廃墟ルートから入って来たんですが、こっちに跳ぶと人里が近いので出来れば避けたいんですよね」

 「おう。そりゃ分かる。街に向かって逃げるのはまずい」

 「で、若さんの森に来たルートを知りたいんすよ」

 「俺らか? 東だな。人目を避けるって言うのもあったからよ」

 「じゃあ、そこへ跳びましょう!」

 「は?」

 「だから、森の主と一緒に何回か東のルートを跳んでって、森から大分離れたとこで蟒蛇うわばみだけ置いて帰ってくれば、ここで十分に、自由に狩りができるようになるじゃないですか!」

 「んん? そ、そうか?」

 「そうっすよ! 俺も一緒に跳んでいけば、帰りの魔力は確保できるし! 一石二鳥じゃないっすか!」

 「何かやれる気がして来たぜ!」

 単純な男である。乗せられ易いと言うべきか。鬼若の性格を理解した上で、年上の彼に華を持たせたのだろう。今口にしていた理由もあるのだが、若い彼らに老獪ろうかいさを求めるのは酷と言うものだ。

 「それじゃ――え?」

 「何だどうし――は?」

 そこで2人は固まった。

 ギギギとびた鎧の関節を動かすようなぎこちなさで視線を上げた先に、巨大な蟒蛇の顔が浮かんでたのだ。チロチロと深紅の舌がその口から出たり入ったりしてる。

 「わ、若さん、急いでください。噛み付かれたらイチコロですよ!」

 「んなこと解ってるがよ。こいつの威圧が半端ねえんだ」

 視線を蟒蛇の目から離さない2一人。その大きな深緑色の目の中に在る瞳孔が、縦に細くなるのが見えた見えた瞬間、2人は本能で危機を察したのだった。

 「ヤバイ来るっすよ!」「マジか!? まだどこら辺に跳ぶか決めてねえよ!?」

 「噓でしょ!?」



 ジャアアアアアア――――ッ!!!



 「「ぎゃああああ――っ!! 来たああああ――っ!! 【転移】!」」

 そう、それはほんの偶然だったのだ。

 行先をまだ決めてないと焦る鬼若にごうを煮やしたアキラが、襲いかかって来る蟒蛇の牙を避けるため【転移魔法】を使おうとするのは自然な流れであり、責められる事ではないだろう。片や、鬼若はああは言ったものの、土壇場どたんばでの動物的な勘の冴えは凄まじく、アキラと同時に【転移魔法】を発動してしまったのだ。

 くして、行き先が別々の【転移魔法】が同時に発動し、2人と1匹はその場に巨大な半円の窪みクレーターを1つ残して消え去ってしまうのであった――。






 ――勇者二人、らかす。





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