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第4章 杜の都
第240話 えっ!? プラム!?
しおりを挟む「うおっ!?」
思ってた以上に旋風が土埃の中に小石を乗せてたみたいで、目に入っちまった。
一瞬目が沁みて、涙せいで目が開けれなくなっちまったじゃねえか。右手をプラムの足から離して目を擦ってると、変な気配が耳元に現れやがった。
「誰だ!?」
『んふふふ。森が騒がしいと思ったら、面白い子が来てるじゃないかい。ちょっと頼みごとがあるんだ。でも、ここじゃおちおち頼み事もしてられないんだよね』
若い、というか声変わりしてねえ子どもの声だ。
「何の話だ!?」
「主君どうしたのだ!?」「ハクトどうしたの?」「旦那様?」「あ――」
俺にしか聞こえねえのか、プラム以外は聞こえてねえみたいだが、ロサ・マリアは何かに気が付いたみたいだな。と言うか、気配はあるのに姿が見えねえってどういうこった!?
『そうだ、良いこと思い付いた。この子を僕が預かっておこう! そしたら会いに来てくれるよね? 世界樹で待ってるから、ちゃんと来るんだよ? ハクトくん?』
俺の質問に答える気がねえのか、一方的に話を進めやがる。
「だから、何を言ってる!? ――っ!?」
念の為、プラムの左足首を持っている左手に力を籠めようとしたら、何もない空気を握ったのが分かった。
――なん、だと!?
慌てて後ろを振り返るが、肩に掛かる重さも、そこにあるはずの姿もない。
「「えっ!? プラム!?」」
プルシャンとマギーのハモッた声が、俺の感覚が勘違いじゃないと告げていた。まるで神隠しに会ったかのように、一陣の旋風に乗って目に見えない気配の持ち主とプラムが消えちまったのさ。
俺の鼻でも追えない、だと?
いくら辺りを嗅いでも、プラムの匂いがしねえ。
気配もねえ。
誰かが物陰で潜んでる様な、衣擦れの音も聞こえないと来たもんだ。クソッ!
「主君、どういうことだ!? プラムはどうしたのだ!?」
「俺が聞きてえよ!」
「悪い奴なの?」
「いや、俺には悪意は感じられなかったが、遣ってる事は人攫いだ。良い訳ねえ」
「お、おい、連れの女の子どこいったんだ? さっきまで肩に乗ってただろ?」
プルシャンの問いに答えていると、別の警備隊のエルフがそう声を掛けて来た。後ろに居た連中だろう。いつの間にか立ち止まっていたようだが、感覚が可怪しい。
「いや、さっきまで居たんだが、訳の分からん奴に攫われちまったんだよ」
「本当か!?」
俺の言葉に思わずギョッとして立ち止まる警備隊員が何人か居た。俺たちの遣り取りが聞こえたんだろう。けどよ、その反応が俺の中で不安を煽りやがるのさ。
「こんな時に嘘言っておれに何の得が在る?」
「それもそうだな。しかし……。その話が本当なら……なあ?」
「ああ……」
「おいおい。何でそこで黙るんだよ!?」
「ご主人様」「おお、マリア、お前も何か知らないか?」
何となく言い辛そうにエルフの隊員同士で目を合わせるのが判ったが、俺には含みを持たせられてもさっぱりわからん。イラッと来て思わず一番近くに居た隊員エルフの胸ぐらを掴みかけたが、既の所で、ロサ・マリアに腕を引かれた。
ああ、村を出てからな。ロサ・マリアから俺たちだけなら家族以外に「マリア」と呼んでも良いとお許しをもらえたからよ。呼ぶときは、なるだけそう呼ぶようにしてるのさ。
それは良い。
「さっき、お前さん何かに気が付いてただろ!? ありゃ何だ!? お、おい、何で引っ張る!?」
「し――っ!」
「何を騒いでるっ!?」
「すまぬ! 花摘みだ! 直ぐ後を追う! 皆も騒がせたな。怒られぬ内に先に行ってくれ」
先の方からイケメン隊長の怒鳴り声が聞こえて来た。ったく、こっちを気にし過ぎだろうが。怒鳴り返してやろうかと思ったら、スッと俺の前にヒルダが立ってくれたのさ。
おい、ネストリ、お前の舌打ち、ちゃんと俺の耳に届いてるからな?
「そうそう、こっちは放っといて良いからね~」
「皆様、お騒がせしました」
そう思ったら、プルシャンとマギーもこちらを気にしてる隊員たちに手を振ったり、頭を下げたりして騒ぎを大きくしないようにしてくれてるじゃねえか。
ホント、できた嫁たちだぜ。
「おい、マリアどういうことだ?」
「エルフ王国は、樹の扱い方1つで命の危険があるって言ったわよね?」
「ああ、ちゃんと覚えてるぜ? エルフじゃねえ奴が枝の1本でも折ろうものなら禁固刑か、懲役刑になるってあれだろ? あれは"竜鉄楓"だけの話じゃねえの?」
所謂、御神木ってやつだな。
神獣っていう莫迦でかいナメクジにはまだ出遇ってもねえ。
「うん、そうなんだけど、後で良いかと思って言ってなかったことがあるの」
言い辛そうに視線を逸らしやがった。厄介事を抱えてると視線を合わせ辛いよな。マギーもマリアが素の話し方に戻ってる事に眉を顰めるが、今は黙ってくれてる。
「……勿体振られると、嫌な予感しかしねえんだが?」
『ハクトさあ~~~ん!』
とそこへ、空から散策に出てた青い小鳥が舞い戻って来た。定位置である俺の頭の上に降りてきて、翼の毛繕いをしながら独り言の様な報告をし始めたんだが――。
『さっき、空でプラムちゃんによく似た子の手を引いた、木霊ちゃんに遇ったんですけど――』
「「「「「それだっ!!」」」」です!」
『ふえっ!? な、何ですか、藪から棒に!?』
見事に俺ら5人の声がハモった。
そりゃそうだ。聞き捨てならねえことがその中に入ってったんだからよ。
「スピカ、よく見て見ろ。今プラムが居ねえだろ? そいつに連れて行かれちまったんだよ。世界樹に来いって言い残してな」
『あらあら~。そうだったんですね! でも、プラムちゃんとても楽しそうに空を歩いてたから一先ず問題は無いかもしれませんよ?』
「いや、連れ去られてる時点で既に問題なんだが!?」
つい声を荒げたが、内心は「プラムを何処に連れて行きやがった!?」つうのと、「莫迦か、俺は! 何やってる!」って言う思いがごちゃ交ぜになってる感じなんだわ。これでも、よく押さえてる方だと思うぜ?
『ん~あの子は世界樹の木霊でしょうから、害意は無いと思いますよ? 悪戯好きな面があるのは否めませんが……』
「世界樹の!? おい、マリア、ちゃんと話してくれるんだろうな?」
「あ、え、その。話せるところはスピカ様が話してくださったので……」
マリアの村からここまで森の中を約1ヶ月歩いて来たからな。その間に、マリアも含めて皆、スピカの声が聞こえるようになってたのさ。
いや、プラムは当然ながら、マリアとも致してねえぞ!?
そう言う男女の営みは無くても、一緒に居る時間が長ければ恩恵があると言うのが判っただけでも収穫だな。いや、そうじゃなくって――。
「秘匿事項ってやつか!?」
「警備隊の人らも話し難そうにしてたでしょ?」
「ああ、そうだったな」
「世界樹の話を漏らすことは、王国法で禁じられてるの。破れば奴隷落ち。奴隷なら死刑よ」
「おいおいおいおい。可怪しいだろ!? 目の前に世界樹が聳え立ってて、何でその事を話したらダメなんだよ!? 王国法!? んなもん知――――!?」
そこまで言い掛けて、マリアの両手で口が塞がれちまったわ。
「ちょっ、ご主人様死にたいの!? 警備隊は聞き流してくれないからね! 直ぐわたしたち全員お縄よ!? 今の刑罰対象はエルフであって、ご主人様たちは即死刑なんだからね!?」
俺たちの横を過ぎていく警備隊の面々の視線を気にしながら、マリアがひそひそ声で声を荒げる。しゃあねえだろ、知らねえんだからよ。
「ぷはっ! 鼻まで塞ぐな! 息できねえだろうが! じゃあどうすりゃ良いってんだ!? 話を聞く限り、世界樹にもおいそれとは近づけねえんだろ!?」
マリアの手を口から剝がして聞く。
「さっきの気配が世界樹様なら、その証が体の何処かに現れるはずよ。それが証明できて、王の許可が下りれば話せるわ」
何だそりゃ!?
王の許可!?
エルフの一番お偉いさんに会わねえと詳しい話が聞けねえって事かよ。何とかって言う王子だけでも腹一杯なのに、これで王様って……。
いや、プラムのためだ。放っとける訳がねえ。
「クソッ。こればっかりは腕力でどうこうできる問題じゃねえからな。悔しいが、今は、郷に入ったら郷に従えだぜ」
ガシガシと後頭部を掻きながら鬱憤を漏らした俺は、心配そうに俺を見上げるマリアの頭を空いた左手でやや乱暴に撫でていた――。
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