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第4章 杜の都
第251話 えっ!? 共喰いかよっ!?
しおりを挟む「何者だ?」
腕を伸ばしたまま俺たちを睨み付ける顔面蒼白女の手は、更に血の気が引いて青く見えた――。
「グギ……。ァグッ……」
睨み付ける女の口から、涎がつうっと滴るが、ちっともエロさを感じねえ。出て来る声も喘ぎ声と言うか、呻き声だ。
「おい、スピカさんや、これどういうことだ!? さっき何か言い掛けてただろ!? どういうこった!?」
この状況に対応できても、予備知識があるのとないとじゃ対応が変わる。
さっき、俺らの頭に生えた世界樹の芽から出す匂いを感じれるのは、同じ世界樹か穢れた魔力を持ってる者だって言ってただろ!?
その穢れたってどういう意味だ!?
そんな思いを込めて声を張るが、視線は女から離せるはずもねえ。あれだけの動きができたって事は、一瞬視線を切っただけで俺の目の前まで詰めるれるってこった。
『同族喰いです!』
その短い言葉に俺は耳を疑ったぜ。
「えっ!? 共喰いかよっ!?」
明日にも死にそうだってくらい飢えた時は、最悪、死んだ奴の肉を食って生き延びねえといけねかもしれんが、んな事は極稀だ。けどよ、共喰いってえのは、意識してそれを行うって事だぞ?
共喰いって蟷螂が一瞬過ったけどよ、それとは次元が違う。
『同族を食った数が多ければ多いほど穢れは濃くなり、力を増すんです! 魔族だろうと、その他の種族だろうと関係ありません!』
嫁さんの説明に、俺の背中でゾクリと悪寒が駆け上った。
――俺は共喰い知ってる。
「まさかな――」
不安が俺の口から零れ落ちた。いや、声に出してたとは思わなかったんだよ。自分の声に気付いて慌てて口を閉じたのさ。
だが、目の前で次第に露出してる肌が青くなっていくメイド女を見ていると、直感が間違いじゃなかったんだって思い知らされる。
凪の公国の公都で見た光景が、写真のように浮かんで来やがった。
「お前ら、死にたくなかったらもっと下がれっ! さっき屋敷に入ってった女共も間違いねえ。こいつらは"雌鬼"だっ!!」
『!!!!!』「ガア――ッ!!」
背後の気配が一気に遠のくのと、エルフの面影を残しつつ肌が青くなり、額から一本の角を出した女が間合いを詰めて来るのが同時だった。
「ちいっ!?」『ハクトさん!?』「主君!?」「ハクト!?」「旦那様!?」「ご主人様!?」
ちっ、後手に回っちまったかよ。
風切り音が顔があった場所を通り抜ける。屈みながら俺も前に出なかったらヤバかったぜ。
一歩踏み込む前に来やがった。戦い慣れてやがる!
――けどな。
「ガハッ!?」
カウンター気味に、拳を"雌鬼"の喉に叩き込むと噎せやがった。
――因幡流古式骨法術、辛夷打ち。
本当は手刀を打ち込む当身だが、こいつらは体が硬いからな。一瞬でも体を硬直できれば御の字だ。で――。
「【骨盗り】」
踏み込でる左足の膝蓋骨を抜き取って立ち位置を入れ替わる。
膝の皿って意外に大事なんだぜ?
膝関節を安定させたり、守ったり、太腿と脛の筋肉の橋渡しをしたりちっちぇえけど働きがでけえんだわ。
だからよ――。
「グギャッ!?」
体重を膝に乗せて体を捩じろうとすると、目の前の"雌鬼"のように膝関節の押さえが利かなくて外れちまうのさ。
「悪いがこいつらが元の大きさに戻ったら手に負えねえから、小言は後で聞いてやる! 【骨盗り】」
膝の皿を"雌鬼"の顔に投げ付け、俺を抱き締めようと両腕を動かしてくるのをすり抜けて胸元を殴りつける。
そりゃ捕まれば俺の背骨なんかあっちゅうまに粉砕骨折だがな?
んな簡単に捕まるかよ。
「ガアッ!!」
胸骨は両側の鎖骨が出会うとこでな。肩の方だと左右合わせて2回触らなきゃならんが、ここなら1回で良い。骨を抜き取らなくても、内側へ押し込めば肩の可動域が格段に狭くなる。
こっからが時間との勝負だ。
両腕を掻い潜って再度背中に回り、奥襟を取って"雌鬼"の体を背中に乗せる。
首に力を籠められる前に、後ろ手で女の額に手を当てて仰け反らせ、肩に乗せたら――。
「どっせいっ! 【骨盗り】!」
頭から地面に投げ落とす!
辺境の街の外で"堕ちたエルフ"の親玉を殺った時のように直前で"雌鬼"の頭蓋骨を抜くとよ。
「――!!」
石畳の上に熟れた鬼灯を萼ごと踏みつけたような血の池が出来上がるのさ。
――因幡流古式骨法術、鬼灯。
ん? 俺か?
柔道でもよ、背負い投げしたら投げられた方の背中に乗ってる姿見た事ねえか? まあ、あれは試合で膝突いた状態から投げて、勢い余ってああなるんだが……。
俺は単に汚れたくねえからな。頭が潰れて倒れる奴さんの背中を転がって距離を取っただけだ。結局、元の立ち位置辺りに戻ったって感じだな。
『ハクトさん!』「主君!」「ハクト!」「旦那様!」「ご主人様!」
「ん? おいおいおい、何だ!? 何だ!?」
そう思ったら、駆け寄って来た嫁たちが俺の体を弄り始めたじゃねえか!?
青い小鳥俺の頭、右肩、頭、左肩と忙しく動いてるがな。
『「「「「怪我はありませんか!?」」』ないか!?」ない!?」
「ないない! 恥ずかしいから止めろっ! 見られてるだろうが!」
生温かい視線が俺に刺さってんだよ。
『…………』
エルフの執事やメイドの視線が痛えのなんの!
けどそんな横で、首から上のねえ"雌鬼"の死体が服を破りながら元の体の大きさに戻り始めると、そんな気分も一気に吹き飛んだね。
女の形だが、20パッススある身長だぞ?
この大きさであの速さが再現できるなら脅威以外の何物でもねえ。普通の騎士は自分が死んだことも判らねえくらいの速さで挽肉にされちまうだろうよ。
だからこそ、さっき屋敷の中に消えた奴らをどうにかしねえと拙いだろうが。
「おい、お前らぼさっとすんな! さっきの奴らも"雌鬼"だったらどうするつもりだ!? ここだけの話じゃ済まなくなるぞ!」
「そうでした! ミカリアは失礼が無いように皆様のご案内を。殿下の招かれた賓客です」
老エルフの執事が恭しく俺たちにお辞儀すると、俺の近くに居たメイドに指示を出した。長い金髪を全て後ろに流してまとめ、後頭部でお団子巻きにしてるヘアスタイルだ。
おでこを出して、メイドカチューシャを載せているなかなか個性的なメイドさん。
「畏まりました」
うん。胸部装甲はマリアと差はねえな。お辞儀するメイドさんを見ながら品評していると――。
「ご主人様、今わたしのこと考えたでしょ?」
マリアに突っ込まれた。
「いや、んな訳ねえだろうが」
何と勘が鋭い。なるだけ平静を装って、袖を引きながら見上げて来るマリアに答えておく。まあ、胸はないよりはあった方が良いってぇのが俺の持論だ。
好きになった者のが小さけりゃ小さいなりの愛で方がある。何て阿保なことを考えたら、執事の声で我に返る。
「あとの者はわたしに続きなさい」
『はいっ!』「きゃあああああああ――――――っ!!!!」
選ばれなかったメイドたちが声を合わせて指示を受けるのと、静まり返った屋敷の空気を切り裂く悲鳴が同時に俺たちの耳に届く。
良く分からんが、悪寒を感じたように何故か体がブルりと震える。
美しい豪奢な屋敷の奥から、何やら剣呑な雰囲気が漂い始めたように俺には感じられた――。
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