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第4章 杜の都
第255話 えっ!? 吸われてんのか!?
しおりを挟む気狂い王子の左手が俺より一瞬早く青い小鳥を掴もうとした刹那、閃光が俺らの、いや、謁見の間全体を呑み込んだ――。
目は眩んだが、直前まで奴さんがいた位置は把握してるし、掌打の向かう先が多少ずれても腹に食い込むのは間違いねえ。
気にせず、一気に掌底打を喰らわす!
スカッ
「なっ!?」
居ねえだと!?
「スピカ! 何処だ!?」
手応えの無さに驚いたが、突き抜いた勢いを重心を後ろに落とすことで殺し、跳び退る。
『はいはい~♪ ハクトさぁ~ん、わたしはここですよ~♪』
まだ視力が戻らねえが、パタパタと羽搏く音と気の抜けるようなおっとりした声が頭の上から小さな気配と一緒に降ってきた。
ふぅ~驚かせやがって。けど、あのタイミングはどう見ても奴さんに捕まってたはずだ。一体全体どうなったんだ?
片膝立ちの姿勢で周囲を伺っていると、ぽふっと頭の上にいつもの重さが乗ってきた。ツンツンと小さな嘴で頭を2度突かれる。青い小鳥が散策から帰って来た時にする決まった挨拶だ。
プラムのお蔭で体が動いたのは良かったが、その後の処理をマズっちまった。プラムと世界樹の木霊、俺らの様子が見えてるのか? なんて思ってたら鉄錆に似た臭いが俺の鼻面を撫でる。
消去法で考えれば、奴さんがあの閃光で手傷を負ったってとこか?
漸く視力が戻って来たと思ったら、俺の目の前の床の上に手首から先がない、肘の直ぐ上から斬り落とされた気狂い王子の左手が転がってのさ。
何でアイツのだって分かるのか?
そりゃ簡単だ。視線を上げた先に居る、王様の横まで戻った奴さんの左腕が、二の腕の半分から先が無えんだからよ。
「おうおう、随分こっぴどくやられちまったじゃねえか!? 」
「はい、旦那様。引っ張ってくださったお蔭で、怪我はしておりません」
また10パッススほど離れちまった距離でも聞こえるように声を張り、周りに聞こえるくらいの小声でマギーの安否を確認する。
俺の背中にマギーが一瞬だけ触れて離れてくれた。問題なさそうだな。
腕の切り口から血が垂れてねえとこを見ると、"回復薬"でも振り掛けたんだろう。流石に飲むのは余程じゃねえと、俺は御免だぜ。
鬼の形相とはこう言う事か、というくらいすげえ顔で俺を睨んでくる気狂い王子。いや、トキか。ん~、なんかその名前で呼びたくねえな。俺の中のあの人のイメージが壊れちまう。
鬼になった頼遠で、オニトウ――。
「ハクト、あの腕、可怪しいよ!?」
呼び名で思いが彷徨い始めたとこで、プルシャンに呼び戻された。
「えっ!? 吸われてんのか!?」
そこで見たのは、床に転がる切り離された左腕の異変だ。手首側の傷口から腕が干からび始め、切り口の血も消えてゆき、それからサラサラと元から砂だったように崩れていくんだよ。
つまり、オニトウは直感で腕を斬り落としてその浸食を防いだって事か?
ヤベエなおい。
あの閃光の中で何があった? 残心したままゆっくり立上がる。
『愚かですね~。穢れた魔力の持ち主が、降格されたとはいえ、女神の私に触れれるはずがないではありませんか。なんとなくですが、ヘゼ姉様の力もあった気がしますし……』
はあ、さいですか。
裏返せば、共喰いしちまってる奴らは基本神族には触れねえってことかよ。心配して損した、とは言えねえよな。そりゃ地雷だってことくらい俺でも分かる。
「ま、何んにせよ、肝が冷えたぜ。怪我がなくて良かったな?」
『はいっ! プラムちゃんもちゃんと見てくれてるみたいですしね』
嬉しそうに頭の上でぽふぽふ跳ねてる感じが伝わって来る。どうやら正解を引けたらしい。
「それだ。どうやって見てるんだ?」
『ん~恐らくですが、この双葉じゃないでしょうか? 物を経由して観るのは神族も精霊も同じでしょうからね』
額の双葉が揺れる、きっと嘴で突いてるんだろう。
「"世界樹の木霊"の奴が精霊?」
『木霊と言うのは樹の精霊の別称ですよ、ハクトさん』
「マヂかよ。変わった精霊も居るもんだな」
『悠久を生きて来た精霊には力がありますからね。侮ってはダメですよ?』
「あ~善処するとしか言いようがねえなぁ~……」
青い小鳥の言葉に、後頭部をボリボリ掻きながら答えておく。第一印象が最悪だったからな。嫌味の一つでも言わねえと気が済まん。
と言うか、謁見の間が騒がしくなってきたぞ?
顔色は悪いが、大方のお偉いさんたちの具合は良くなってるように見える。さっきの閃光にヘゼ姉さんの気配があったってスピカが言ってたからな。何かしてくれたのかもしれん。
けど、相変わらず周りのエルフどもはエルフ語で喋りやがるから、一つも解らん。視線はオニトウからは離さねえが、結構血が抜けたか? 顔が青い……。
それに、気になるのはオニトウの奴の【転移魔法】だ。元々、そんなにポンポン使えるもんじゃねえだろうと、俺は読んでたりする。
だってよ、これまで見てきた同郷の若い者は、使い熟せてなかったからな。無限に使えるなら、もっと俺らを襲う時に気軽に使ってたはずだ。
ま、そうじゃないと言う可能性も残しとかねえと、思い込みで死んじまったら阿呆らしいだろ? 嫁も居ることだし、それだけは避けねえとな。あと、今までの中でオニトウが断トツで【転移魔法】使用回数が多いというのも気になるし……。
俺は使えねえんだがな。
そう思いながら、玉座に座ったまま呆然としているエルフの老人にも注意を向けるが、身動きすらしない。感情もどっかに落としちまったのかというくらい無表情だ。それだけショックがでかかったという事だろうさ。
無理もねえ。これまで臥せってた嫁が実は雌鬼になってました。で、それを、実の息子が殺して心臓を引き出して食べるのを目の前で見たからな。正確には、見せられた訳だが……。
ショックを受けるなと言う方が酷な話だぜ。
けどな。追い打ちを掛けにゃならん。
「おい、マリア! もう落ち着いたか?」
「あ、うん。もう大丈夫!」
背中に力のある声が当たる。
「なら、ちょっと大声で頼まあ」
「何って言えば良い?」
「俺の言う事を追い掛けてくれりゃいい」
「うん。分かった!」
マリアの返事を聞いて、スゥッと鼻から息をしっかり吸い込む。
「気を抜くな!」
『気を抜くな!』
俺たちの声に謁見の間の視線が一気に集まる。王様に至ってはビクッと椅子の上で跳ねてたな。オニトウも動いてねえ。
「雌鬼が討たれて終わりかと思ったか!?」
『雌鬼が討たれて終わりかと思ったか!?』
エルフ語で何やら喚いてる奴も居るが、片手を上げて取り敢えず黙らせた。と言うか、ちょっと殺気をぶつけてやったら静かになったぜ?
「王の横で槍を持っている王子様気取りの奴も――」
『王の横で槍を持っている王子様気取りの奴も――』
「エルフの皮を被った雄鬼だぞ!」
『エルフの皮を被った雄鬼だぞ!』
俺の後を追って声を張ったマリアの声が謁見の間に響き渡ると、一同が弾かれたようにギョッとした表情を片腕のないオニトウを見る。王様も目が零れ落ちるんじゃねえかというくらいに、目を瞠るのが見えたぜ。
ガン!
とオニトウが右手に持った青龍戟の石突を床に落として、音を出すと、お偉いさんたちの体がビクッっと跳ねる。面白えな。
無言で奴さんの体から、異様な圧が吹き出し始めるたじゃねえか。いや、こりゃあ今まで抑えてた魔力を隠すのを止めたって事だろう。魔力に当てられてか殺気に当てられてか、体を震わせたり、腰砕けになったりしだすお偉いさんたち。
けど、骨の谷で出会した赤竜に比べたら可愛いもんだぜ。
当の本人はヒルダの体に同居中だがな。
「クックックックック」
んな中で肩を揺らしながら、オニトウが悪そうな笑みを浮かべやがった――。
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