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序幕
第2話 えっ!? 本当に女神だったの!?
しおりを挟む「――ん」
「――さん」
「――トさん」
「ハクトさん!」
「あ――」
聞き覚えのある声に呼ばれている気がした。
ゆっくりと眼を開けると眩しい光が飛び込んできたので、手を翳し視力が回復するのを待つ。ふと俺の顔の横に誰かの顔があることに気付く――。
「おわっ!?」
「もぉ――ッ! ハクトさん、酷いです! 何で驚くんですか!」
スピカと名乗ったあのお嬢ちゃんの顔だったんだ。普通驚くだろ?
考えてみろって。「あと1分で死にます」って言われた挙句、唇を奪われたら胸が苦しくなったんだぜ?
何か仕込まれて殺されたって思うだろ?
あ~……いや、なんだ。
何かを飲まされたと言うのも、口の中が苦かった訳でもねぇ。
……柔らかかったな。
あ――、もう! 何だってんだよ! ここ何処だ!? 俺はどうなったんだ!?
「ハクトさん、落ち着いてください。急なことで説明が足りずに申し訳ありませんでした」
上半身を起こした俺にお嬢ちゃんが深々と頭を下げてくれた。
公園の時とは違い、昔のギリシャ神話に出てくるような一枚布の服を身に着けてお辞儀するもんだから、胸元がこう、たゆんと見えるわけで……。
は、発育が……。ごくっ。
「おほん! 頭を挙げてくれやお嬢ちゃん。一先ず説明を頼む。俺は――死んだのかい?」
まずはあれからどうなったのかを知りたかった。
この空間はどう見ても普通じゃない。
見上げると知らない星座がいっぱい見えるが、足元は真っ白な床だ。
息は出来る。痛みも動き辛くもない。不安になるなって言うのが土台無理な話だ。
それでもあの後どうなったか知っておきたい。あんなことを言われただけにな。
「はい。ハクトさんはあの後“急性心筋梗塞”で蘇生も間に合わずに御亡くなりになりました」
「心筋梗塞……」
俺はその説明に絶句した。
俺のオヤジと同じ診断名だからだ。
親と体質は似るって言うからな。
でも、あの苦しさを思い出すと「ああやっぱり死んだんだろうな」と腑に落ちた。
「やっぱり驚かれますよね……」
「そりゃあね。死んだって言う割には意識はあるし、どうなってるだ、これ? そういやあ、天界がどうたらって言ってなかったかい? ここは天国?」
「その割には驚いたふうに見えないのが不思議ですね、ハクトさんって」
「あ~なんだ。完全に超常現象だから俺の理解の範疇を超えてるが、仮に、仮にだ。百歩譲ってお嬢ちゃんが女神だとする。どういうことだ?」
ぼりぼりと頭を掻きながら俺はお嬢ちゃんに尋ねてみた。
手の込んだ新手の宗教勧誘かとも考えたが、こんな設備、1宗教がまかなえる様な設備じゃない。というか、設備なのかどうかも怪しい。
「ハクトさんって面白いですね。まずここは天界です。天国ではありません。ハクトさんが亡くなる前にマーキングって話をしたのを覚えていますか?」
天界……。
天国じゃなく、天界。どう違うんだ?
「え、ああ、覚えてるよ」
クスクスと可愛く微笑う仕草に目を奪われながらも、頭の中で気になる言葉を繰り返す。
答えが出るはずもないから、生返事で応えておく。
「実は女神というだけあって、天界には男神も居いたりします」
「まあ、そうだろうね」
「女神の中にはその中の男神と添い遂げる者も居るのですが、時として天寿を全うした者が神になる資格を持つことがあるんです」
「ほ、ほぉ……」
「そういう者を伴侶に望む女神や男神が居てですね……その……」
「――俺は君に見初められた?」
「はい!」
「しかも、死ぬ前に唾を付けに来たの?」
「はい!」
「何で、また――」
「だってハクトさんを他の女神に取られたくなかったんですもん」
「――――」
3歳の時、娘がニコリと微笑んだ可愛さに胸をキュンと撃ちぬかれたが、それ以上の破壊力が俺の心臓を襲った気がした。
上目遣いに頬を赤らめ、もじもじとこちらを見るその姿に抗える訳がない。
ズキューン
と効果音が付くなら俺の体を突き抜ける何かが描かれていただろう。可愛すぎる。
こんな可愛らしい生き物に好意を向けられたら誰だって鼻の下を伸ばす。
斯く言う俺も例外じゃない。
「お嬢ちゃん……」
「スピカって呼んでください! ハクトさん!」
「んん……スピカ」
「はい! 旦那様!」スパ――ン!「あた――――っ!」「ぶ――っ!!」
ハシっと両手を彼女の手で包み込むように握られ、顔が近づいてきたと思ったら、軽快な破裂音と引き連れたスピカのオデコが俺の鼻にめり込んだ。
鼻血は出てないようだけど、その勢いで俺は吹き飛ばされる。
「こぉ~んの莫迦女神! あんた何やってんの!!」
えっ!? 本当に女神だったの!?
「お、お姉ちゃん!?」
俺の眼に飛び込んできたのは、後頭部を抑えて起き上がるスピカと、彼女とよく似た顔の造りをした絶世の美女が何故かハリセンを片手に息巻いていた。
姉妹と言うのも頷ける。
胸の軍配はスピカだが――。
「あ゛あ゛ッ!?」
「ひぃっ! すみません、すみません!」
ギロリと睨まれた視線に射殺されるかと思う程の殺意を感じ、俺は無心に土下座をしていた――。
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