えっ!? そっち!? いや、骨法はそういう意味じゃ……。◇兎オヤジの見聞録◇

たゆんたゆん

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第2章 骨の谷

第26話 えっ!? おい……嘘だろ!?

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 「えっ!? 氷河!?」

 俺はただ呆然と現実離れしてる光景に目を奪われてた。

 きっとぽか~んと口を開けてたと思う。

 ピルルルルル!

 そこへ、さがしてた歌声が降って来る。

 「おおっ! スピカ!」

 ピッ ピッ ピッ!

 「あたっ! あたたっ! いや、悪い悪い! 思った以上に骸骨どもが多くて中々抜けれなかったんだって!」

 頭の上、耳の間に降りてきたスピカがついばみ始めたじゃないか。

 これはまずい。本気で怒ってるぞ。

 この攻撃が地味に恐ろしいのは、まずくちばしでザクッと頭皮を突き刺し、返す勢いで毛をむしるんだ。直ちに降参しないと、見事な10円ハゲが出来てしまう。

 いや、10円ハゲで済めばいい。

 想像してみてくれるか?

 頭に何箇所も10円ハゲを作った兎を……。

 恐ろしい。ウチの嫁は怒らせたらダメだ。

 ピィー―ッ!

 「あたたたっ!」

 頭の毛を守るため、優しく両手でスピカを挟みに行く。

 ホッとするのも束の間。挟ませてはくれるものの、今度はその手を攻撃してくるスピカ。

 心配してくれてる裏返しであることが分かるから、今はその痛みさえ心の癒やしだ。なんて思ってたらーー。

 「いってぇえーーっ!!」

 指先の肉をみやがった!

 ピッ

 いや、そんな首をかしげたら可愛くて怒れないだろう……。

 てのひらに挟まれる愛くるしい青い小鳥に目尻が垂れるのを感じながら、俺は谷の方へ視線を動かす。

 一面真っ白だったから万年雪が残ってるのかと思ったけど、全く違った。

 冷気を浴びて起きる寒気とは違う、悪寒がゾクリと背筋を走リ抜ける。

 「ーーーー全部骨かよ……」

 ピッ

 何とか絞り出した声がかすれてた。

 口の中が乾いてたのか?

 この一瞬で?

 スピカは驚いてる様子もない。

 ってことは、一足先にこの風景も見てたってことか。

 渓谷の川底であろう部分全てを骨が覆い隠している光景は異様だった。さっきの古戦場の比じゃない。一体どれだけの数の死体がここに集められたんだ、と聞きたくなるような数の骨だ。

 ーーーー人骨。獣骨。外骨格。

 大小様々だ。

 この森で死んだ何処ぞの国の兵士たちや、この森に棲む魔獣たちの成れの果てなんだろう。

 あれか?

 兵士たちはどうかしらねえが、象は死期を悟ると象の墓場に行って生涯を終えるって聞いたことがある。本当かどうか見たことねえから知らんが、もしそういうのがこの森にあるなら、この場所がそうかもしれないな。

 そう思えてしまう場所だ。

 ーー骨の谷。

 俺はここをそう呼ぶことにした。

 ふと視線を手の中に落とすと、安心たのか、兎毛に包まれて転寝うたたねを始めたスピカの姿がそこに在った。

 小さな体で飛び回ってくれたんだろう。ありがたい話だ。

 できれば、エルダー・リッチじゃなく、スピカと最初に言葉を交わしたかったな、とも思ったが、無いもの強請ねだりをしてもと首を振る。

 俺はしばらく渓谷沿いに崖の側を散策してみることにした。

 眼下に見える骨の谷に思いをせながら……。



                 ◆◇◆



 歩くこと、30分くらいだろうか。

 時計もないから何となくな感じだ。

 散策したお蔭で渓谷の全貌ぜんぼうが判った。

 俺たちが合流した地点は、ほぼ骨の谷への入り口だったということだ。

 そこから奥へ続くほど渓谷は深まり、谷幅を広げ、山腹に大きく口を開けた洞窟に繋がっていた。

 赤い絨毯道レッドカーペットならぬ、白骨の道ホワイトロード……。

 「……気味がわりぃな」

 確かに谷の周りは枯れ木林で、下は骨の川だ。

 けど、周りがあまりに静か過ぎる。

 小動物が1匹も居ない。鳥も飛んで来ない。勿論、魔獣もだ。骸骨どもも現れないというのも変な話だな。材料は山ほどあるっていうのに。

 ピッ

 やっと、起きたかね。

 「おはようさん。気持ち良かったか?」

 ピッ

 挟んだ掌から顔を出すスピカ。パチパチとするまばたききする表情も可愛いな。

 ああ、動きたいのね。

 ほら、お前さんの特等席だ。

 頭の上に乗せてやると、毛繕けづくろいを始めるスピカ。

 機嫌は直ったようだ。やれやれ……。

 ピルル

 毛繕いが終わったようで、再び飛び上がるスピカだったがーー。

 「おいおい、その洞窟入るの?」

 ピッ

 事もあろうに、骨の谷に降りて洞窟の方に飛んでいくじゃないか。

 へいへい。お伴しますよ、スピカ様。

 仕方なく、俺も谷に飛び降りる。

 深々と骨に刺さって身動きが取れなくなるかと思いきや、骨のほうがぎっしり敷き詰められていていたお蔭で、普通に着地できた。

 着地? 着骨?

 どうでもいいか。

 薄気味悪さは相変わらずだが、どうも嫌な感じが肌を刺す。

 すんすん

 特に獣臭はしない。

 あ、早く来い?

 はいはい、今行きますよ。

 そう、1歩踏み出した瞬間だったーー。

 ゾゾゾッ

 古戦場でエルダー・リッチに捕まった時とは比べ物にならないくらいに、肌が粟立つのが判った。総毛立つとはこのことだろう。体が1回り膨らんだ気がする。

 いや、そうじゃねえ。



 ――ーー何か居る。



 気を付けろ、と口を開きかけた時にそれは起きた。

 緋色の鱗に覆われた巨大な鰐を思わせるような生き物の口が洞窟の暗がりから現れれたかと思うと、俺の眼の前で、スピカを一口でバクンと呑み込んだんだ――。

 「ーーーーえっ!? おい……嘘だろ!?」





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