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第2章 骨の谷
第25話 えっ!? 氷河!?
しおりを挟む完全にマイペースで話すエルダー・リッチが最後に何か呟いて杖を振ったと思ったら、その先から燃える鞭のようなモノが、空気を切り裂きながら俺に向かって飛んで来た――。
「ちっ!? ぐあっ!?」
飛び上がって躱した、と思った瞬間だった。残った蹴り足、それも足首に熱と痛みが走ったんだ。
くそっ、躱し切れなかった。
「なかなかに素早いが、捕まえたぞ。それっ」
ゾクリッ
そのまま宙を引っ張られる感覚に総毛立つ。
どう考えても拙い。
距離を取っておけば、それだけ身の安全が確保出来てたのに、これじゃあ――。
「ぐはっ!? っ!?」
背中に骸骨どもがぶつかった衝撃で思考が途切れた。
息が詰まり、思わず眼を瞑ってしまう。
左足首がジクジクと痛いが、寝転がって居る訳にはと思って上半身を起こして眼を開けると、何も無い眼窩で俺を見下ろしているエルダー・リッチが居た――。
Oh……。
「やあ、漸く話が出来る位置に来てくれたな。だが、こやつらが邪魔だ。【ज्वाला दीवार】」
まただ。最後の言葉が聞き取れねえ。
けど、魔法を使う言葉だって言うのは解かった。
何か唱えると、俺とエルダー・リッチの周りに円筒形の火の壁が出来上がったんだ。間違いねえ。
話してる言葉は理解できるのに、魔法は解らないってどんな苛めだよ。
そう思った時、ふとザニア姐さんが『生活魔法以外は使えない』と言ってたことが頭を過る。確証じゃないけど、そういう理由もあるのかも知れないな、と思うことにした。
それよりも――。
問題は眼の前のコイツだ。
「イツツッ。俺はあんまりというか、全く用はないんですけどねぇ……」
「面白い鎧を身に着けているな。ふむ。フォレストクレイフィッシュの殻か。良く手に入ったものだ」
「フォレストクレイフィッシュ? この鎧? ああ、森躄蟹ですか? そりゃ、脚さえ根元から斬ってしまえば簡単ですよ。肉も美味いですしねぇ」
「待て、森ザリガニとは何だ?」
出来るだけ、緊張が伝わらないように諦めた感を出して油断させることにした。
……したんだけどな。
「え? あ~森ザリガニは森ザリガニでしょ」
「貴様の言う意味が分からぬ。あれはフォレストクレイフィッシュであろう。何故森ザリガニなのだ?」
話が通じねえ。
あ~~これあかんやつだわ……。
つまりだ。ザリガニという言葉がこの森にないのか、はたまたこの地域にないのか、考えたくはないが、この世界にないのか、という事になる。
説明は簡単だ。フォレストクレイフィッシュが森ザリガニだって言えば良い。
そしたら次が見えてるんだよ。
――何処の言葉だ、って聞かれるに決まってる。
「あ~~、それはですねぇ。フォレストクレイフィッシュを森ザリガニとも呼ぶんですよ」
「待て。百歩譲ってそうだとしよう」
「――」
百歩も譲ってくれるのか。
黙ったまま続きを促す。
「だが、何処の言葉だ? これでも、生前は各国を回っておる身だ。フォレストクレイフィッシュが生息しておるのはこの深淵の森だけ。人外魔境の情報を他国の者が知る得るはずもない」
ほらな?
まあなんだ。ザリガリに拘ってくれれればくれるほど、傷が治る時間が取れるし、俺の寿命も伸びるってもんだ。
「可怪しいですねぇ。俺が住んでたところはあんなにでっかくはなかったですが、同じ形をしたものをザリガニって呼んでたんですよ。知りません?」
「……いや、知らぬな。見たことも聞いたこともない。あれがザリガニだと?」
「え、ええ……」
こえぇ。その眼の無い髑髏の窪みで俺を覗き込むんじゃねえ!
幾ら声は女だって判ってても、骸骨に色気はねえんだよ!
鎖骨はな、肉がついてるからこそ価値があるんだ。
骨だけの鎖骨がチラリと見えたくらいで喜ぶ奴が何処に居る!?
はぁはぁ……いかん。熱くなり過ぎた。
今自分がどんな顔してるのか見てみたい気分だぜ。
……どうせ薄汚れた白毛の兎オヤジが髭を垂らして、愛想笑いを浮かべてるんだろうが。
「ふむ。ザリガニ。ザリガニか。言い慣れれば存外シックリ来るな」
来るんかいっ!
「で、御宅さんはどうしてこんなとこに居なさるんで? ザリガニ談義をしに来た訳じゃないんでしょう?」
いい加減ザリガニは飽きたから話を振ってみてやった。
ガシガシと頭を掻きながら、胡座を組み直す。周りにある火の壁で焼かれてしまった骸骨だった骨がカラっと乾いた音を立てて小さく跳ねる。
周りでもガチャガチャと動く気配があるから、この火の壁に当たらないように外で集まってるんだろう。
「うむ。初めは骨にして番にでもと思ったが、話し相手には持ってこいよな。喜べ。生かしたまま飼うてやろう」
あっぶねぇ~。
死ぬとこだったよ。
でも、このまま飼い殺しも御免だ。アレを使ってみるか。
「そうですか。でも、飼い殺しも御免被りたいんですよ。【骨人形】。こいつの両足を掴んで放すな」
「なっ!? まさか、死霊魔術師!?」
足下に転がる上半身だけ残った骸骨を操る。
成功判定があるのかどうかは知らないが、ガシャガシャと動き出しエルダー・リッチの足に縋り付く骸骨。
「じゃ、俺はこれで」
その間に、背後に周り一目散に逃げ出した。
俺の脚力なら火の壁もすぐに飛び越えられる。骸骨の海も然り。
頭を蹴り、足台にしながら跳べば問題ない。
「待て! そっちは!」
待てって言われて誰が待つかよ!
エルダー・リッチの声から逃げるように、俺は無心で跳び続けた――。
◆◇◆
スピカと合流できないままかなりの時間走った。
時計がないから何時かは正確には分からないが、それでも結構経ったと思う。陽が大分傾いているのが良い証拠だ。
俺は今、山腹をトボトボと歩いている。
というのも視線の先、枯れ木林の奥が開けてる様に見えたんだ。
10分は歩いただろうか。漸くそこに辿り着いた時、眼の前に開けていた渓谷の底は陽の光を反射させ、白一色に染まっていた――。
「えっ!? 氷河!?」
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