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第五話:月曜日の方違さんは、浜辺の女の子

5-1 波に向かって走っていく

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「海じゃーい!」

 両腕をクロスさせてぐいっとTシャツを脱ぎ、黒いビキニの水着姿になると、くしゃくしゃになったボブカットの髪もそのままに、両腕を上げて波に向って走っていく、苗村まりな二十歳。僕の姉だ。

 東京の大学に友達もいるみたいけど、八月の頭に帰ってきてからずっと家にいて、ゲームをしたりマンガを読んだり、僕の邪魔をしたりしている。

 そんな姉の思いつきで、今日は二人で、車で二時間くらいの海水浴場に来ている。
 写真で見るハワイや沖縄ほどきれいじゃないけど、砂は白っぽいし海は青くて、島がいくつが見える。砂浜にはいくつかテントやパラソルが見えるけど、人はあまり多くない。

 姉は波打ち際で立ちどまり、僕に腕を振って叫んだ。
「まもるー、荷物お願いねー!」
 そして「ヒャはー」みたいな声をあげて白い波に飛び込んだ。

 僕が連れて来られたのは、姉の運転中の話し相手と、荷物番と、ナンパよけのためだ。
 でもまあ、ドライブも海も姉ちゃんも嫌いなわけじゃない。たまにはつきあうのもいいだろう。
 今日は月曜日だから、どうせあの子とは会えないし。

 僕もシャツを脱いで水着だけになり、パラソルの下のレジャーシートに横になった。
 だんだん高くなってくる真夏の日差しが、まぶたを閉じていてもまぶしいけど、潮風と波の音が気持ちいい。

 うとうとしかけた時、ふと光がかげり、裸の胸に何か凍った冷たいものが触れて、僕は「ぎゃあ」と叫んで飛び上がった。
「ぎゃはははは、まもる、反応良すぎ。ほらアイス買ってきてやったよ」

 これでいちいち腹を立てていたら、この人の弟はやってられない。
 まあ、いいや。ちゃんと僕が好きなソーダ味を買ってきてくれてるし。

「ありがとう」
「ほうよ」あずきバーを口にくわえ、姉はレジャーシートにあぐらをかいて背伸びをしながら空を見上げた。「はふらへー」

 アイスを食べ終えると、パラソルの下に寝そべった姉を残して、今度は僕が波打ち際へ歩いた。
 水は少し冷たいけれど透明で、小さな魚もいる。波は寄せて引くたびに、足の下からしゅるしゅると砂を持っていく。
 足の立たないところまで行って、しばらく泳いだ。僕たちのパラソルはもう小さく遠く見える。
 ブイの近くまで泳いで、戻ろうとしたとき、姉のそばに誰かが立っているのが遠目に見えた。

 さっそくナンパされてるのか?
 しょうがないな。
 僕は波に押されながら、浜に向かって泳ぎ始めた。

 僕にはよく分からないのだけど、後藤がいつか言ってたように、他人から見ると、うちの姉は顔もスタイルもかなり良いらしい。だからこういう場所で一人で静かにしていると、バカな男どもを引き寄せてしまうようなのだ。

 でも近づくにつれて、それはナンパとは違う状況のように見えてきた。

 白い服を着た人影は、大人の男にしてはずいぶん小さい。小学生か、中学生くらいの子どものようだ。横になった姉の横にしゃがんで、姉から何かをもらっているように見える。

 何やってるんだ、姉ちゃん。よその子どもにアイス買ってあげてるとか?

 でもそうじゃなかった。

 水から出て、砂浜を近くまで戻ってきて見えた光景に、僕はあっけにとられた。
 レジャーシートの上でうつ伏せになっているのは、水着姿の姉。
 その横にしゃがんでいる、Tシャツとショートパンツを着たポニーテールの女の子は、ごめん、小学生でも中学生でもなかった。

「方違さん、何やってるの?」
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