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第五話:月曜日の方違さんは、浜辺の女の子
5-2 何やってるの?
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「方違さん、何やってるの?」
「あ、苗村くん……」
パラソルの下で、水着の姉がうつ伏せになっている。
方違さんはそのそばにしゃがんで、小さな白い手で、姉の背中に日焼け止めを塗っているらしかった。
「今日からくるりちゃんがわたしの妹ね」と姉が顔を上げてうれしそうに言った。「まもるはどっか行っちゃっていいよ」
「ち、ちがうの、苗村くん」方違さんは両手を上げてぱっと開いた。「ただ、道に迷ってたら、お姉さんがわたしに気がついてくれて……」
「そうゆうこと。なんか異様にかわいい生き物がぼけーっと歩いてるから、もしかしてくるりちゃん? って」
僕はなんだかイライラしてきた。
「で? なんで僕の友達に日焼け止め塗らせてるんだよ」
「自分じゃ塗れないし、弟にやらせるってのもちょっとね」姉は身体を起こしてあぐらをかいた。「ま、そういうのもジャンル的には需要あるけど、まもるもなんか最近すっかりショタみ無くなってあんまかわいくないしさ。ねえくるりちゃん?」
「え、あ、はい……え?」
「姉ちゃん、変な冗談やめろよ。この子は僕の――」
「なによ、友だち友だちって。わたしたちだってもう友だちよねえ?」
姉は方違さんの肩に腕を回した。方違さんは小さくなってうなずいた。
「ん……。はい……」
「もうー、マジクソかわいい」
姉は大げさな身振りで方違さんに抱きついた。ビキニの胸が、方違さんの二の腕にぎゅっと当たる。方違さんの顔が真っ赤になった。
「姉ちゃん、離れろよ!」
僕は頭に来て、姉の頭をぐいぐいと押した。
「いたたた。何マジになってんの」
「おいでよ方違さん」
僕は方違さんの肘《ひじ》をつかんで姉から引き離すと、ウエットティッシュを五枚くらい、べたべたになった手に握らせた。
「ほら、手をふいて」
「ありがと……」
「なんだよー! くるりちゃん独り占めすんなー!」
こっちの台詞だよ。気軽に「かわいい」「かわいい」って、方違さんのこと何も知らないくせに。女だからって、なんで自分だけ無理やり抱きしめても許されると思ってるんだよ。
◇
くるりくるりと騒いでいた割に、姉はまたすぐにひとりで波打ち際に遊びに行ってしまった。
二人きりになると急に、僕は自分が上半身裸なのが気になり、そそくさとシャツを着た。方違さんも、何も言わないけど少しほっとしたようだった。
もっとも、ここでは水着じゃない方違さんのほうが少数派だけど。
「方違さんは、どうして海に来たの?」
「えと、ほんとは、駅前のコンビニに行くつもりだったんだけど……」
たしかにそんな服装だ。洗いすぎてプリントの薄れた白地のTシャツに、グレーのショートパンツ。足元はビニールのサンダル。
ポニーテールにした髪に青いガラス玉が光っている以外には、飾りは何もない。
朝、勉強の前に冷たいものを買おうと家を出たとき、方違さんは今日が月曜だということをすっかり忘れていたらしい。ずっと夏休みだったから、曜日の感覚が無くなっていたのだ。
コンビニは家からすぐなのに、いつの間にか彼女は何も無い山道を歩いていた。それでようやく月曜だと気づいたけど、携帯を置いてきていたので僕に連絡もできず、泣きそうになっていたところに、たまたまバスが来た。
急いで飛び乗ったら、駅に戻るつもりが、気づけばこの海水浴場に来ていたのだそうだ。
「おろおろしてたら、お姉さんが声かけてくれたの。『方違くるりちゃんでしょ? どうしたの?』って。すごく安心した」
「そっか。でもごめんね。うちのお姉ちゃんあんなふうで。困ったでしょ」
「んん」方違さんは首を振った。「……なことないよ。明るいし、きれいだし、優しいし、素敵なお姉さんだよ」
「えっ」僕は砂の上にひっくりかえりそうになって、パラソルの柄にしがみついた。「それ、本気で言ってるの?」
方違さんは不思議そうな顔をした。
「どして? わたし緊張しててちゃんと喋れないのに、気を使って構ってくれるし。わたし、お姉さん大好き。やっぱり苗村くんのお姉さんだな、って……」
本人は波打ち際で水しぶきを上げながら、ビーチボールでリフティングをしている。転びそうになって不格好に脚を広げたり、「素敵なお姉さん」にはとても見えないんだけど。
「あ、苗村くん……」
パラソルの下で、水着の姉がうつ伏せになっている。
方違さんはそのそばにしゃがんで、小さな白い手で、姉の背中に日焼け止めを塗っているらしかった。
「今日からくるりちゃんがわたしの妹ね」と姉が顔を上げてうれしそうに言った。「まもるはどっか行っちゃっていいよ」
「ち、ちがうの、苗村くん」方違さんは両手を上げてぱっと開いた。「ただ、道に迷ってたら、お姉さんがわたしに気がついてくれて……」
「そうゆうこと。なんか異様にかわいい生き物がぼけーっと歩いてるから、もしかしてくるりちゃん? って」
僕はなんだかイライラしてきた。
「で? なんで僕の友達に日焼け止め塗らせてるんだよ」
「自分じゃ塗れないし、弟にやらせるってのもちょっとね」姉は身体を起こしてあぐらをかいた。「ま、そういうのもジャンル的には需要あるけど、まもるもなんか最近すっかりショタみ無くなってあんまかわいくないしさ。ねえくるりちゃん?」
「え、あ、はい……え?」
「姉ちゃん、変な冗談やめろよ。この子は僕の――」
「なによ、友だち友だちって。わたしたちだってもう友だちよねえ?」
姉は方違さんの肩に腕を回した。方違さんは小さくなってうなずいた。
「ん……。はい……」
「もうー、マジクソかわいい」
姉は大げさな身振りで方違さんに抱きついた。ビキニの胸が、方違さんの二の腕にぎゅっと当たる。方違さんの顔が真っ赤になった。
「姉ちゃん、離れろよ!」
僕は頭に来て、姉の頭をぐいぐいと押した。
「いたたた。何マジになってんの」
「おいでよ方違さん」
僕は方違さんの肘《ひじ》をつかんで姉から引き離すと、ウエットティッシュを五枚くらい、べたべたになった手に握らせた。
「ほら、手をふいて」
「ありがと……」
「なんだよー! くるりちゃん独り占めすんなー!」
こっちの台詞だよ。気軽に「かわいい」「かわいい」って、方違さんのこと何も知らないくせに。女だからって、なんで自分だけ無理やり抱きしめても許されると思ってるんだよ。
◇
くるりくるりと騒いでいた割に、姉はまたすぐにひとりで波打ち際に遊びに行ってしまった。
二人きりになると急に、僕は自分が上半身裸なのが気になり、そそくさとシャツを着た。方違さんも、何も言わないけど少しほっとしたようだった。
もっとも、ここでは水着じゃない方違さんのほうが少数派だけど。
「方違さんは、どうして海に来たの?」
「えと、ほんとは、駅前のコンビニに行くつもりだったんだけど……」
たしかにそんな服装だ。洗いすぎてプリントの薄れた白地のTシャツに、グレーのショートパンツ。足元はビニールのサンダル。
ポニーテールにした髪に青いガラス玉が光っている以外には、飾りは何もない。
朝、勉強の前に冷たいものを買おうと家を出たとき、方違さんは今日が月曜だということをすっかり忘れていたらしい。ずっと夏休みだったから、曜日の感覚が無くなっていたのだ。
コンビニは家からすぐなのに、いつの間にか彼女は何も無い山道を歩いていた。それでようやく月曜だと気づいたけど、携帯を置いてきていたので僕に連絡もできず、泣きそうになっていたところに、たまたまバスが来た。
急いで飛び乗ったら、駅に戻るつもりが、気づけばこの海水浴場に来ていたのだそうだ。
「おろおろしてたら、お姉さんが声かけてくれたの。『方違くるりちゃんでしょ? どうしたの?』って。すごく安心した」
「そっか。でもごめんね。うちのお姉ちゃんあんなふうで。困ったでしょ」
「んん」方違さんは首を振った。「……なことないよ。明るいし、きれいだし、優しいし、素敵なお姉さんだよ」
「えっ」僕は砂の上にひっくりかえりそうになって、パラソルの柄にしがみついた。「それ、本気で言ってるの?」
方違さんは不思議そうな顔をした。
「どして? わたし緊張しててちゃんと喋れないのに、気を使って構ってくれるし。わたし、お姉さん大好き。やっぱり苗村くんのお姉さんだな、って……」
本人は波打ち際で水しぶきを上げながら、ビーチボールでリフティングをしている。転びそうになって不格好に脚を広げたり、「素敵なお姉さん」にはとても見えないんだけど。
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