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第二章 間違いが、正解を教えてくれる。
潮吹き跡はアートか否か。
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いや別に……んな泣くほどのことでもねーだろ。
そんな繊細な男じゃねーだろ、お前は。
俺は、銀田の予想外の反応に、思わず拍子抜けしてしまった。
力なく床に座り込む、その姿は、とても俺のことを潮噴きさせた張本人とは思えない。
その見た目は、完全に捨てられかけた犬そのものだった。
……いや、俺は飼ったつもりは無ぇし、飼うつもりだって1ミリも無ェんだけどな。
だけど165センチの俺が見上げるほど背の高い男が、身を小さくして目を潤ませているのを見下ろしていると、何とも言えない変な気分になってくる。
中学時代に、散々からかわれた分、正直な話、ちょっとばかし胸のすくような思いさえする。
我ながら性格歪んでんなぁとは思いながらも、これぞいわゆる「ざまぁ」な展開ではなかろうか。
膝から崩れ落ちた銀田を、そのままに置き去るのも気が引けて、リビングに行きかけたものの、俺はまだ部屋を出られずにいた。
「……な、なぁ」
「…………?」
「……なんか、飲まねぇ? 俺、喉乾いてて」
……思わず誘ってしまった。
「……ああ、邪魔しちゃってたんだね、ごめんね」
「……や、別に……」
「パントリーに紅茶とコーヒーを数種類揃えてるから、よかったら飲んでね」
「……あ、ああ……えっと、お前も」
「僕は……どうしても明日までに仕上げなくちゃならない仕事があって、自室で作業させてもらうね」
「……えっ……ああ、う、うん、分かった」
銀田は、よろよろと立ち上がると、フラつきながらも部屋を出て行った。
「…………」
……ん? あれ? なんか、今、俺がフラれたみたいんなってねぇか?
ふぎーーーっ! なんっかムカつくぅううううッ!
でも、アイツ……姿見せないと思ったら部屋で仕事してたのか……。
…………ナンの?
お、女の子も来てないわけだし……要は、副業じゃない方……本業の方ってことだよな……。
……ま、まぁ、いいか。どうせ、明日になれば分かることだ。
明日になれば……か。
俺はどことなく、ソワソワした気持ちを持て余しながら、リビングに向けて歩きだした……が、はたと立ち止まった。
「…………パントリー?」
果たして、俺は無事、紅茶にたどり着けないまま、翌日を迎えることとなったのであった。
あれほど吹けば折れそうだった銀田のメンタルも、翌朝にはすっかり元通りになっていて、なんとなく残念だった。
寝起きのままリビングに行くと、銀田は、晴れ晴れとした表情で、例のパントリーの紅茶とやらを淹れている最中だった。
リビングの入口付近まで、良い茶葉の香りが届いている。
美味しそうな匂いに思わず顔をほころばせた俺だったが、次の瞬間に、ガラス窓の潮噴き跡がまだ残されたままであるのを発見し、身体中の血が一瞬で顔に集まってきた。
「……だッ!? んナッ!? おま!」
「どうしたの、みゃーちゃん?」
「……ちょっ! この! なん!!」
あまりの恥ずかしさに言葉にならない言葉を吐きながら、俺は慌てて銀田の元へと走った。
「……ハァハァ……オイ、なんか、拭けるもんないか?」
「……テーブルなら拭いたよ」
「…………窓だよ」
「……まど?」
「……汚れてんだろうがッ」
「?????」
遠目からだって、朝日の反射にも負けないほど浮き上がって目立ってんのに……コイツ……目ぇでも悪いのか……?
「……その……俺んのが……窓に……」
そこまで言わされて、ようやく銀田は何事かに思い当たったらしく「あああ!」と、切れ長の目をまん丸く見開いた。
「みゃーちゃんの潮噴きアートのことかぁー」
「……ッ!!??」
「ほんっとーぉに可愛いよねぇー! 可愛すぎて、もはや罪だよねぇ!」
「……ナニイッテンダ……オマエ」
頼むから人間に分かる言語使って喋ってくれ……。
「……イイカラ……オマ……ハヤク……」
俺は俺で、電池切れ寸前のロボットのような喋り方しかできなくなってしまっている。
「え? みゃーちゃん、もしかして潮噴きアート消そうとしてない??」
だから、さっきから何だっつの……潮噴き……アート……だぁああとぉおぉおおおうッ!!??
んなにそれっ!? 口にするのもおぞましすぎるわッ!! んな18禁アートこの世に存在していいわけねーだろうがぁああああッッ!!
「……ケス……ケス……ケス……」
俺は、ウェットティッシュのケースを見つけるなり足早に歩き出した。
「あっ! ちょっと待ってよ、みゃーちゃん! 明日にでもアートを飾るための額縁買ってくる予定だったんだ!」
「ケス! ケス! ケスッ! ケスッ!」
「みゃーちゃんってば! 消すなんてダメだよ! せっかくの僕とみゃーちゃんの初めて潮噴き記念日アートなんだから!」
「……初めて……記念日だぁ!? 俺とお前が、これ以上どうにかなるわきゃねーだろ! あんなん……ただのワンナイトラブだ、ワンナイトラブッ!」
「……え? 僕とみゃーちゃんの間にはラブなんて無いデショ? みゃーちゃんが大好きなのはヤマダとやらだから、僕の片道ラブだよね?」
そう言いながらも、嬉しそうに銀田が、俺の肩に手を回してきたので、勢い任せに腕を振って跳ねのけた。
「……オッ……マエが勝手に変な設定作ったり、忘れたりしてんだろうがッ!! 俺をこれ以上、お前の変態プレイに巻き込むんじゃねーよ!」
「大丈夫! ちゃんとエッチのときは、約束守って山田になりきるよ!」
「……ぜっ、全然、大丈夫じゃねーわ、どアホが!」
エッチという単語に、一瞬、俺のムスコが顔を上げた気がするが、たぶん気のせいだ。いいから、そのままぐっすり眠っていなさい、息子よ、いい夢を。
俺の確固たる消し去る姿勢に揺るぎがないと思ったのか、銀田は、急に明後日の方向に舵を切ってきた。
「みゃ、みゃーちゃん! 言ってなかったけど、ここの部屋の権限って、全部僕に与えられてるんだよね!」
「な~に言ってんだ、お前。この期に及んでホラ吹きなんてみっともないぞー」
半分白目で適当に受け流しながら、いざ、アートよおさらばとウェットティッシュをケースから1枚引き抜いたときだった。
「みゃーちゃん! ウソなんかついてないよ! 僕、ここのマンションの管理人なんだよね」
「…………いや、マンション管理してんのは、管理組合と管理会社だろ?」
「あっ、詳しいね。みゃーちゃんも実家がマンションだったりする?」
「……そうだけど」
「じゃあ、分かるよね。このマンションのオーナーって、僕の父なんだけど、僕がその代理やってるんだ。だから、実質の大家さんは僕ってわけ」
「…………ココ、お前ん家なの?」
「うん。このマンション、僕の父が建てたものだよ」
「…………」
「だから、大家さん権限で、消させませーん」
俺は、右手に握り締めていたウェットティッシュから、静かに手を離した。
お前……ここに来て実家が太いとか、完全にそれもう犯罪だぞ。頼むから太いのはチ◯コだけにしとけよ……はぁ……。
俺は、24歳にして、金さえあれば潮噴き跡だってアートにできるということを学んだのだった。
そんな繊細な男じゃねーだろ、お前は。
俺は、銀田の予想外の反応に、思わず拍子抜けしてしまった。
力なく床に座り込む、その姿は、とても俺のことを潮噴きさせた張本人とは思えない。
その見た目は、完全に捨てられかけた犬そのものだった。
……いや、俺は飼ったつもりは無ぇし、飼うつもりだって1ミリも無ェんだけどな。
だけど165センチの俺が見上げるほど背の高い男が、身を小さくして目を潤ませているのを見下ろしていると、何とも言えない変な気分になってくる。
中学時代に、散々からかわれた分、正直な話、ちょっとばかし胸のすくような思いさえする。
我ながら性格歪んでんなぁとは思いながらも、これぞいわゆる「ざまぁ」な展開ではなかろうか。
膝から崩れ落ちた銀田を、そのままに置き去るのも気が引けて、リビングに行きかけたものの、俺はまだ部屋を出られずにいた。
「……な、なぁ」
「…………?」
「……なんか、飲まねぇ? 俺、喉乾いてて」
……思わず誘ってしまった。
「……ああ、邪魔しちゃってたんだね、ごめんね」
「……や、別に……」
「パントリーに紅茶とコーヒーを数種類揃えてるから、よかったら飲んでね」
「……あ、ああ……えっと、お前も」
「僕は……どうしても明日までに仕上げなくちゃならない仕事があって、自室で作業させてもらうね」
「……えっ……ああ、う、うん、分かった」
銀田は、よろよろと立ち上がると、フラつきながらも部屋を出て行った。
「…………」
……ん? あれ? なんか、今、俺がフラれたみたいんなってねぇか?
ふぎーーーっ! なんっかムカつくぅううううッ!
でも、アイツ……姿見せないと思ったら部屋で仕事してたのか……。
…………ナンの?
お、女の子も来てないわけだし……要は、副業じゃない方……本業の方ってことだよな……。
……ま、まぁ、いいか。どうせ、明日になれば分かることだ。
明日になれば……か。
俺はどことなく、ソワソワした気持ちを持て余しながら、リビングに向けて歩きだした……が、はたと立ち止まった。
「…………パントリー?」
果たして、俺は無事、紅茶にたどり着けないまま、翌日を迎えることとなったのであった。
あれほど吹けば折れそうだった銀田のメンタルも、翌朝にはすっかり元通りになっていて、なんとなく残念だった。
寝起きのままリビングに行くと、銀田は、晴れ晴れとした表情で、例のパントリーの紅茶とやらを淹れている最中だった。
リビングの入口付近まで、良い茶葉の香りが届いている。
美味しそうな匂いに思わず顔をほころばせた俺だったが、次の瞬間に、ガラス窓の潮噴き跡がまだ残されたままであるのを発見し、身体中の血が一瞬で顔に集まってきた。
「……だッ!? んナッ!? おま!」
「どうしたの、みゃーちゃん?」
「……ちょっ! この! なん!!」
あまりの恥ずかしさに言葉にならない言葉を吐きながら、俺は慌てて銀田の元へと走った。
「……ハァハァ……オイ、なんか、拭けるもんないか?」
「……テーブルなら拭いたよ」
「…………窓だよ」
「……まど?」
「……汚れてんだろうがッ」
「?????」
遠目からだって、朝日の反射にも負けないほど浮き上がって目立ってんのに……コイツ……目ぇでも悪いのか……?
「……その……俺んのが……窓に……」
そこまで言わされて、ようやく銀田は何事かに思い当たったらしく「あああ!」と、切れ長の目をまん丸く見開いた。
「みゃーちゃんの潮噴きアートのことかぁー」
「……ッ!!??」
「ほんっとーぉに可愛いよねぇー! 可愛すぎて、もはや罪だよねぇ!」
「……ナニイッテンダ……オマエ」
頼むから人間に分かる言語使って喋ってくれ……。
「……イイカラ……オマ……ハヤク……」
俺は俺で、電池切れ寸前のロボットのような喋り方しかできなくなってしまっている。
「え? みゃーちゃん、もしかして潮噴きアート消そうとしてない??」
だから、さっきから何だっつの……潮噴き……アート……だぁああとぉおぉおおおうッ!!??
んなにそれっ!? 口にするのもおぞましすぎるわッ!! んな18禁アートこの世に存在していいわけねーだろうがぁああああッッ!!
「……ケス……ケス……ケス……」
俺は、ウェットティッシュのケースを見つけるなり足早に歩き出した。
「あっ! ちょっと待ってよ、みゃーちゃん! 明日にでもアートを飾るための額縁買ってくる予定だったんだ!」
「ケス! ケス! ケスッ! ケスッ!」
「みゃーちゃんってば! 消すなんてダメだよ! せっかくの僕とみゃーちゃんの初めて潮噴き記念日アートなんだから!」
「……初めて……記念日だぁ!? 俺とお前が、これ以上どうにかなるわきゃねーだろ! あんなん……ただのワンナイトラブだ、ワンナイトラブッ!」
「……え? 僕とみゃーちゃんの間にはラブなんて無いデショ? みゃーちゃんが大好きなのはヤマダとやらだから、僕の片道ラブだよね?」
そう言いながらも、嬉しそうに銀田が、俺の肩に手を回してきたので、勢い任せに腕を振って跳ねのけた。
「……オッ……マエが勝手に変な設定作ったり、忘れたりしてんだろうがッ!! 俺をこれ以上、お前の変態プレイに巻き込むんじゃねーよ!」
「大丈夫! ちゃんとエッチのときは、約束守って山田になりきるよ!」
「……ぜっ、全然、大丈夫じゃねーわ、どアホが!」
エッチという単語に、一瞬、俺のムスコが顔を上げた気がするが、たぶん気のせいだ。いいから、そのままぐっすり眠っていなさい、息子よ、いい夢を。
俺の確固たる消し去る姿勢に揺るぎがないと思ったのか、銀田は、急に明後日の方向に舵を切ってきた。
「みゃ、みゃーちゃん! 言ってなかったけど、ここの部屋の権限って、全部僕に与えられてるんだよね!」
「な~に言ってんだ、お前。この期に及んでホラ吹きなんてみっともないぞー」
半分白目で適当に受け流しながら、いざ、アートよおさらばとウェットティッシュをケースから1枚引き抜いたときだった。
「みゃーちゃん! ウソなんかついてないよ! 僕、ここのマンションの管理人なんだよね」
「…………いや、マンション管理してんのは、管理組合と管理会社だろ?」
「あっ、詳しいね。みゃーちゃんも実家がマンションだったりする?」
「……そうだけど」
「じゃあ、分かるよね。このマンションのオーナーって、僕の父なんだけど、僕がその代理やってるんだ。だから、実質の大家さんは僕ってわけ」
「…………ココ、お前ん家なの?」
「うん。このマンション、僕の父が建てたものだよ」
「…………」
「だから、大家さん権限で、消させませーん」
俺は、右手に握り締めていたウェットティッシュから、静かに手を離した。
お前……ここに来て実家が太いとか、完全にそれもう犯罪だぞ。頼むから太いのはチ◯コだけにしとけよ……はぁ……。
俺は、24歳にして、金さえあれば潮噴き跡だってアートにできるということを学んだのだった。
応援ありがとうございます!
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