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14.秘書

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「さあさあ、飯前に辛気くさい話は適当なところで切り上げようぜ。ほら、あそこの店なんかはどうだい?」
 その前に、地図があるかどうかだけでも教えてくれないかな。
「あ、そうだったな。地図はある。ちゃあんとカラバン探偵のところまで辿り着けるように、手筈は整えてあるさ」
 それなら一安心。腹ごしらえをしてから、段取りを詰めよう。
 僕は清原氏おすすめの?料理屋に足を向けた。

             *           *

 ほぼ真上からじりじりと照りつける太陽は、往来を行き交う人々の影をほとんど地面に映じさせない。
 多くは街路樹の作る木陰を行こうとしているため、二人三人と人数が多いと追い抜くのにもすれ違うのにも気を遣う。そんな中、とある男女二人は、男の方が端から日陰をあきらめている節があって、横並びで歩きながらも比較的スムーズに歩を進めている。
 彼ら――アイデン・モガラとニイカ・ギップス――はカラバン探偵を見舞った帰りだった。
「やっぱり……早かったんじゃありません? とてもショックを受けていたご様子でしたわ」
 ニイカ・ギップスは覗き込んでいたスケジュール帳をパタンと閉じると、嘆息交じりに言った。
「気に病んでもしょうがあるまい。端から予測できていたことでもある」
「でも、現在の先生の体調を考えると、お知らせするのは時期尚早でしたのでは? カール君はカラバン先生の愛弟子と言える存在だったんですもの」
「秘書の君が心配する気持ちはよく分かる。だが何度も言うように、しょうがないだろう。いずれ伝えなければならないのだし、刑の執行がいつ頃になるかカラバン先生にならおおよその見当が付くだろうから。隠そうとしたって、隠しおおせるものじゃない」
「それはよく分かっているんですけど……先生は年齢も上がってこられていますし、このまま探偵のお仕事を畳むようなことになりはしないかと、不安が募ってきて」
「縁起でもないことを」
 モガラは笑い飛ばそうとしたようだが、うまく行かずに下手な演技の笑い声が空咳のように出ただけだった。
「まったく――このままではいけないということは、モガラさんご自身がよくお分かりのはずですが」
 冷たい口調になったニイカ・ギップス。先ほどまでのおろおろした態度はどこへやら、ほんの少し先を歩くモガラを凝視しつつ、非難がましく続ける。
「あなたがカラバン先生ほどの探偵能力を身に付けているのであれば、こんな心配はしなくてもいいのかもしれませんけれどね」
「言うな。耳が痛い」
 芝居付いたのか、今度は両耳を手で覆う仕種をやったモガラ。
「そのことは私自身が充分に承知している。それに、わざわざこんな外で話すようなことじゃないだろう」
「ええ、ええ。それくらいわきまえています。誰にも聞かれないように注意を払っていますので、ご安心を」
「……だが、落ち着かない」
「でしたら落ち着ける場所に行って、善後策を練りましょうか?」
「そうだな。ちんたら歩いていては時間の無駄だ。車を拾うぞ。――経費で落とせるか?」「もちろんできます。お安いご用」
 カラバン探偵事務所の秘書からのお墨付きを得て、モガラは道端に寄ると片手を挙げた。
 空の蒸気自動車がすぐさまつかまり、二人はいそいそと乗り込んだ。
「喫茶ホウセンカまで頼む」

 モガラとニイカはおのおのが秘めたる悪意を偶然知って、驚きこそすれ、互いに互いを告発するには及ばず、手を組む道を選んだ。もう三年目になる。
 当初、モガラは名探偵タイタス・カラバンの第一助手の地位を確たるものとするために、研鑽を重ねていた。努力の甲斐あって、長らく一番手として認識され、自信に満ちあふれるまでになった。
 ところが、探偵事務所にふらっと入社した若者、カール・ハンソンが才覚を見せ始める。まさかこんな青二才が自分の地位を脅かすことはあるまいと高をくくっていたが、予想に反してハンソンはどんどん頭角を現し、手柄を立てた。カラバンの覚えがよくなり、与えられる活躍の機会が増えていく。これにハンソンも逐一応え、ますます評価が上がるという好循環を繰り返し、あっという間に上位を何名もすっ飛ばし、モガラに次ぐ、いや比肩するところまで来た。
 危機感を初めて覚えたモガラは功を焦り、ロジックの極端な飛躍や証拠品の解釈の決めつけ等の拙速を犯す。それらは大失敗にはならなかったものの、つまらないミスとしてカラバン探偵からの信頼をわずかに落としてしまった。ハンソンが第一助手になる最後の一押しを、モガラ自ら助けてやったようなものだった。
 地位を落としてやっと冷静に立ち戻れたモガラは、狡猾に振る舞うことに徹する。ハンソンをフォローしつつ、足を引っ張り、かつ自分自身はなるべく功績を確保できるように。
 そうすることでどうにかハンソンと同等の地位をキープしていたモガラだったが、あるときカラバン探偵に一人、呼び出されて相談を持ちかけられたことで、また先行きが怪しくなる。
「年齢から来る衰えか、名誉の負傷か、はたまたそれ以外のアクシデントによるか、どうなるかは分からないが、私もいずれ探偵業を退くことになるのは間違いない」
 いきなりそう切り出されたので、一瞬、後継者に指名してもらえるのか?と色めき立ったモガラだったが、すぐにそれは勘違いだと分かった。
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