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5.思惑通りのはずが
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「……ああ。分かった。できればもう二度と会わずに済むのが望ましいね」
寺田は黙ったまま、笑顔で頭を下げた。その姿を車中から見送りながら、川尻は考え、呟いた。
「当初の予定通りってことは、何らかのハプニングで殺人を延期せざるを得なくなった場合、第二候補の日時を指定しておいたんだろうな。――酒、少しは控えないとだめだなこりゃ」
七月九日早朝、自宅のテレビで待望のニュースをテレビで確認した川尻は満足し、ある種の安らぎを得た。
その後のワイドショーの報道によると、七月八日の正午頃に、沼崎麗子は殺されたようだ。休日の昼前、ショッピングに出掛けたデパートで襲われ、絞殺されていた。有力な目撃証言は今のところなし。防犯カメラの映像も、犯行現場自体は死角になっていたし、日曜の混雑のおかげか、被害者をつける等の怪しい行動をした人物は見つかっていないとされた。
(これで終わり、か。交換殺人なんて裏切りのリスクが大きい絵空事だと思わないでもなかったが、実際にやってみると、便利さが分かるな)
そんなことを感じつつ、川尻はインスタントコーヒーを飲み干した。カップを持って席を立ち、キッチンに向かいがてら、テレビの電源を切ろうとする。が、続けて始まったナレーションに、耳を疑うフレーズを認めて動きが止まる。
<――病院長、小渕満彦さんが遺体で発見されました。七月六日の午後に死亡したと見られ、行方不明になった直後に殺害された可能性が高いとのことです>
川尻は何か短く叫んでいたかもしれない。訳が分からなくなった。
(七月六日? ばかな。その二日後に、小渕満彦は麗子を殺したはず)
テレビの真ん前に立ち、フレームを鷲づかいにした上で、画面を食い入るように見つめる。流れてくる説明で、小渕夏穂の死も他殺の疑いが濃厚であることを知った。
川尻はそのニュースを、七月二日の時点で見聞きしていた。七月一日に東海地方のS市で起きた主婦転落死亡事件。柴崎麗子が殺されたかどうかばかり気になって、よその土地で死んだ女性の名前なんてまるで注意していなかった。
(こんな偶然があるのか。交換殺人に応じた俺が、小渕の殺したがっていた平井和美を殺したのと同日、小渕の妻も殺されるなんて。いや、小渕って男は、もしかして、交換殺人を二つ同時並行的に成立させたのか?)
川尻が想像したのは、次のような構図だ。
小渕は川尻と交換殺人の約束をした裏で、別の人物Aとも交換殺人の約束を交わした。小渕と川尻の間では、それぞれ平井和美と柴崎麗子を殺し、小渕とAの間では小渕夏穂とB(Aが殺したい人物)を殺す。両方の計画に関与している小渕にとって、同じ日に二人が始末されれば、アリバイ確保の手間が一度で済む。その代わり、己が手を汚すのは二回に増えるが。
そこまで考え、川尻はかぶりを振って打ち消した。
(現実には、麗子が殺される二日前に小渕は死んだ。あり得ない。小渕の代わりに、誰かがやってくれたのか? あの男――寺田か? まさか。他人の交換殺人を、どんな理由があって受け継ぐというんだ。俺がまだ殺人をやってないのなら、『こちらは義務を果たしたのだから、そっちも殺しを実行しろ。ただし、殺す相手は変更だ』とでもやれば、メリットがあるかもしれない。だが、実際には俺の方はもう済んでるんだ。じゃあ、何故……。小渕の体面を守るため? 麗子を殺さないと、俺が交換殺人の約束を暴露するとでも危惧したんだろうか)
ジグソーパズルの断片がいくつかあって、色々組み合わせることはできるが、どれもすっきりした絵にならない。そんな感じがした。
(だいたい、小渕を殺したのは誰なんだ。俺達の交換殺人に関係しているのかいないのか)
気を揉む川尻だったが、一方では楽観的に構える彼もいた。彼自身の目的と義務は達成しているのだ。小渕を殺した犯人を捜そうなんて真似、わざわざする必要は全くない。
(万が一、小渕殺しの犯人が交換殺人計画の全貌を知っているなら、俺を脅して金を要求してくる恐れも皆無ではない。そうなったときは臨機応変に対処するまで。こちらから動くことはしない)
心に決めると、当初沸き起こった強い動揺は消え去った。念のため、捜査の進展具合に注意を払う、それだけで充分だろう。
寺田は黙ったまま、笑顔で頭を下げた。その姿を車中から見送りながら、川尻は考え、呟いた。
「当初の予定通りってことは、何らかのハプニングで殺人を延期せざるを得なくなった場合、第二候補の日時を指定しておいたんだろうな。――酒、少しは控えないとだめだなこりゃ」
七月九日早朝、自宅のテレビで待望のニュースをテレビで確認した川尻は満足し、ある種の安らぎを得た。
その後のワイドショーの報道によると、七月八日の正午頃に、沼崎麗子は殺されたようだ。休日の昼前、ショッピングに出掛けたデパートで襲われ、絞殺されていた。有力な目撃証言は今のところなし。防犯カメラの映像も、犯行現場自体は死角になっていたし、日曜の混雑のおかげか、被害者をつける等の怪しい行動をした人物は見つかっていないとされた。
(これで終わり、か。交換殺人なんて裏切りのリスクが大きい絵空事だと思わないでもなかったが、実際にやってみると、便利さが分かるな)
そんなことを感じつつ、川尻はインスタントコーヒーを飲み干した。カップを持って席を立ち、キッチンに向かいがてら、テレビの電源を切ろうとする。が、続けて始まったナレーションに、耳を疑うフレーズを認めて動きが止まる。
<――病院長、小渕満彦さんが遺体で発見されました。七月六日の午後に死亡したと見られ、行方不明になった直後に殺害された可能性が高いとのことです>
川尻は何か短く叫んでいたかもしれない。訳が分からなくなった。
(七月六日? ばかな。その二日後に、小渕満彦は麗子を殺したはず)
テレビの真ん前に立ち、フレームを鷲づかいにした上で、画面を食い入るように見つめる。流れてくる説明で、小渕夏穂の死も他殺の疑いが濃厚であることを知った。
川尻はそのニュースを、七月二日の時点で見聞きしていた。七月一日に東海地方のS市で起きた主婦転落死亡事件。柴崎麗子が殺されたかどうかばかり気になって、よその土地で死んだ女性の名前なんてまるで注意していなかった。
(こんな偶然があるのか。交換殺人に応じた俺が、小渕の殺したがっていた平井和美を殺したのと同日、小渕の妻も殺されるなんて。いや、小渕って男は、もしかして、交換殺人を二つ同時並行的に成立させたのか?)
川尻が想像したのは、次のような構図だ。
小渕は川尻と交換殺人の約束をした裏で、別の人物Aとも交換殺人の約束を交わした。小渕と川尻の間では、それぞれ平井和美と柴崎麗子を殺し、小渕とAの間では小渕夏穂とB(Aが殺したい人物)を殺す。両方の計画に関与している小渕にとって、同じ日に二人が始末されれば、アリバイ確保の手間が一度で済む。その代わり、己が手を汚すのは二回に増えるが。
そこまで考え、川尻はかぶりを振って打ち消した。
(現実には、麗子が殺される二日前に小渕は死んだ。あり得ない。小渕の代わりに、誰かがやってくれたのか? あの男――寺田か? まさか。他人の交換殺人を、どんな理由があって受け継ぐというんだ。俺がまだ殺人をやってないのなら、『こちらは義務を果たしたのだから、そっちも殺しを実行しろ。ただし、殺す相手は変更だ』とでもやれば、メリットがあるかもしれない。だが、実際には俺の方はもう済んでるんだ。じゃあ、何故……。小渕の体面を守るため? 麗子を殺さないと、俺が交換殺人の約束を暴露するとでも危惧したんだろうか)
ジグソーパズルの断片がいくつかあって、色々組み合わせることはできるが、どれもすっきりした絵にならない。そんな感じがした。
(だいたい、小渕を殺したのは誰なんだ。俺達の交換殺人に関係しているのかいないのか)
気を揉む川尻だったが、一方では楽観的に構える彼もいた。彼自身の目的と義務は達成しているのだ。小渕を殺した犯人を捜そうなんて真似、わざわざする必要は全くない。
(万が一、小渕殺しの犯人が交換殺人計画の全貌を知っているなら、俺を脅して金を要求してくる恐れも皆無ではない。そうなったときは臨機応変に対処するまで。こちらから動くことはしない)
心に決めると、当初沸き起こった強い動揺は消え去った。念のため、捜査の進展具合に注意を払う、それだけで充分だろう。
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