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4.変更はありやなしや?
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川尻は頭の中で計算した。延期期間は六日。七月八日なら、アリバイ確保が容易だ。向こうの都合もあるだろうが、こちらも待たされている。今日が三日だから、明後日までにはつなぎを取りたい。が、葬儀の片付けや弔問客への応対で、簡単には行かない気がする。
(いっそ、今日か? 服と金を用意し、弔問客を装えば、入ることはできる。そのあと、小渕に接近できるだろうか。仮にできたとして、小渕と二人でいるところを見られるのは、好ましくない。ひょっとしたらカメラを回している者もいるかもしれない)
川尻は悩んだ結果、慎重な振る舞いを優先した。気は急くものの、一旦引き返し、出直すとしよう。
小渕邸から事務所に帰り着くと、駐車スペースに見知らぬ男が一人立っていた。川尻を見ると近付いてきて、「川尻優さんですか」と丁寧な調子で尋ねられた。校庭の返事をすると、相手は満面の笑みを浮かべた。
「突然の訪問をお許しください。私、六月半ばの船旅でお会いした者の代理で参りました。寺田伸人といいます」
「船旅の?」
目を見張る川尻。相手を上から下までざっと観察した。身長は川尻とほとんど変わらない、中肉中背。広い額にしわはほとんどなく、怒りの感情を露わにするタイプでないことが想像できる。色白なのはデスクワークを主にこなすからだろうか。スーツをびしっと決めているが、靴だけはくたびれており、普段よく歩き回っていることが窺えた。
「先生の命で参りました。最初に言っておかねばなりません。私は旅の船上で先生と川尻さんとの間で何があったのか、全く存じていません。秘密を要する事柄であるとだけ理解しています。川尻さんも、そのつもりでお聞きください。そして無論、そのつもりでお話しください」
「あ、ああ。分かりました。場所はここでいいのかな」
「そうですね。あなたの車の中はいかがでしょう」
二人は川尻の車に乗り込んだ。運転席に川尻、助手席に寺田と名乗る男が座る。
「こっちも最初にいくつか聞いておきたい。寺田ってのは本名?」
「ご想像に任せます」
「寺田さん、あんたが代理人である証拠は何かないのかい?」
「そう聞かれた場合、こう答えよと先生から指示されています。『K・Hの始末に感謝する』」
平井和美のイニシャルか。きわどい表現だなと川尻は思った。小渕満彦の使いの者なんだろうが、こう見るからに忠実そうな部下?なら、平井和美の存在も承知しており、K・Hのイニシャルだけでぴんと来るのではなかろうか。
(まあ、この男の様子なら、たとえ気付いても裏切りはなさそうだが)
寺田に一応の信頼を置いた川尻は、相手の用件を促した。
「先生の言葉をお伝えします。 『のっぴきならない事情により、私は定めた日に動けなくなった。どうやってそのことを知ったのだ? 教えてもらいたい』とのことです」
「うん?」
川尻は思わず首を捻った。メッセージの前半は理解できる。妻の葬儀で約束の殺人を期日には果たせなかったという意味だろう。では、後半は?
(確かに突き止め、今日、病院まで出向いたが……互いに詮索しないことも交換殺人の約束に含まれていたんだっけか。だとしても、こっちは麗子死亡のニュースを首を長くして待っていたのに、いつまで経っても何も起こらないと来た。気になるのは当然だろう。興信所をやってる身だから、この程度の調査は朝飯前。そもそも、あんただって俺の仕事場を把握してるじゃないか)
文句を言われる筋合いではない。
(よほど、自分の正体を突き止められない自信があったのか? それは危機管理の意識が甘いってものだ)
交換殺人のパートナーを怒らせても、利益はない。川尻は返答に使う言葉を選んだ。
「まあ、見ての通り、興信所の人間ですから、これぐらいはお茶の子さいさい……とまでは行かなくても、その気になって調べれば分かることです」
「はあ、さようですか」
寺田はそう応じたものの、納得していない風に唇をぐっと噛んだ。だが、それだけで、特に追及はなかった。
「分かりました。先生にお伝えしておきます。時間を取らせて、申し訳ありませんでした」
「――ちょっと」
ドアを開け、出ようとする寺田を川尻は呼び止めた。
「あんたの先生が、約束を果たしてくれるのかどうか、聞いてないかな?」
「これは失礼をしました。忘れていた訳ではなく、お尋ねされたときのみ、答えるようにと言われていたもので」
シートに戻り、ドアをしっかり閉めた寺田。
「『当初の予定通り、八日に』とのことです。これでよろしいでしょうか」
(いっそ、今日か? 服と金を用意し、弔問客を装えば、入ることはできる。そのあと、小渕に接近できるだろうか。仮にできたとして、小渕と二人でいるところを見られるのは、好ましくない。ひょっとしたらカメラを回している者もいるかもしれない)
川尻は悩んだ結果、慎重な振る舞いを優先した。気は急くものの、一旦引き返し、出直すとしよう。
小渕邸から事務所に帰り着くと、駐車スペースに見知らぬ男が一人立っていた。川尻を見ると近付いてきて、「川尻優さんですか」と丁寧な調子で尋ねられた。校庭の返事をすると、相手は満面の笑みを浮かべた。
「突然の訪問をお許しください。私、六月半ばの船旅でお会いした者の代理で参りました。寺田伸人といいます」
「船旅の?」
目を見張る川尻。相手を上から下までざっと観察した。身長は川尻とほとんど変わらない、中肉中背。広い額にしわはほとんどなく、怒りの感情を露わにするタイプでないことが想像できる。色白なのはデスクワークを主にこなすからだろうか。スーツをびしっと決めているが、靴だけはくたびれており、普段よく歩き回っていることが窺えた。
「先生の命で参りました。最初に言っておかねばなりません。私は旅の船上で先生と川尻さんとの間で何があったのか、全く存じていません。秘密を要する事柄であるとだけ理解しています。川尻さんも、そのつもりでお聞きください。そして無論、そのつもりでお話しください」
「あ、ああ。分かりました。場所はここでいいのかな」
「そうですね。あなたの車の中はいかがでしょう」
二人は川尻の車に乗り込んだ。運転席に川尻、助手席に寺田と名乗る男が座る。
「こっちも最初にいくつか聞いておきたい。寺田ってのは本名?」
「ご想像に任せます」
「寺田さん、あんたが代理人である証拠は何かないのかい?」
「そう聞かれた場合、こう答えよと先生から指示されています。『K・Hの始末に感謝する』」
平井和美のイニシャルか。きわどい表現だなと川尻は思った。小渕満彦の使いの者なんだろうが、こう見るからに忠実そうな部下?なら、平井和美の存在も承知しており、K・Hのイニシャルだけでぴんと来るのではなかろうか。
(まあ、この男の様子なら、たとえ気付いても裏切りはなさそうだが)
寺田に一応の信頼を置いた川尻は、相手の用件を促した。
「先生の言葉をお伝えします。 『のっぴきならない事情により、私は定めた日に動けなくなった。どうやってそのことを知ったのだ? 教えてもらいたい』とのことです」
「うん?」
川尻は思わず首を捻った。メッセージの前半は理解できる。妻の葬儀で約束の殺人を期日には果たせなかったという意味だろう。では、後半は?
(確かに突き止め、今日、病院まで出向いたが……互いに詮索しないことも交換殺人の約束に含まれていたんだっけか。だとしても、こっちは麗子死亡のニュースを首を長くして待っていたのに、いつまで経っても何も起こらないと来た。気になるのは当然だろう。興信所をやってる身だから、この程度の調査は朝飯前。そもそも、あんただって俺の仕事場を把握してるじゃないか)
文句を言われる筋合いではない。
(よほど、自分の正体を突き止められない自信があったのか? それは危機管理の意識が甘いってものだ)
交換殺人のパートナーを怒らせても、利益はない。川尻は返答に使う言葉を選んだ。
「まあ、見ての通り、興信所の人間ですから、これぐらいはお茶の子さいさい……とまでは行かなくても、その気になって調べれば分かることです」
「はあ、さようですか」
寺田はそう応じたものの、納得していない風に唇をぐっと噛んだ。だが、それだけで、特に追及はなかった。
「分かりました。先生にお伝えしておきます。時間を取らせて、申し訳ありませんでした」
「――ちょっと」
ドアを開け、出ようとする寺田を川尻は呼び止めた。
「あんたの先生が、約束を果たしてくれるのかどうか、聞いてないかな?」
「これは失礼をしました。忘れていた訳ではなく、お尋ねされたときのみ、答えるようにと言われていたもので」
シートに戻り、ドアをしっかり閉めた寺田。
「『当初の予定通り、八日に』とのことです。これでよろしいでしょうか」
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