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4.悪役令嬢と“ご対面”
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手近の椅子の背もたれにしがみつき、どうにかこうにか立ち上がれた。安物の椅子なら体重を掛けてひっくり返っていたかもしれない。重厚な代物で助かる。傷めた左足のつま先をちょんちょんと床に着いてみた。案の定、痛みが走る。ただ、覚悟していた分、思っていたほど酷くはないなと感じられた。
そのまま他の椅子やソファ、机を支えにして伝い、窓際まで行く。目を細め、ガラスに映る顔をよく見ようとしたけれども、金髪か栗毛の白人ぽくなっているのが分かるくらいで、いまいちはっきりしない。どうしても鏡がいる。
強く願ったそのとき、急に閃いた。ううん、閃きというのとは違う。誰かから教えられたみたいに、鏡の在処が分かったの。今いるところから一番近い鏡は、窓とは反対側の壁の右隅に、小さなカーテンで覆った状態で掛かっている、と。これってもしかすると、今私が入り込んでいるこの誰かさんの記憶にアクセスできた、みたいな? だとしたら、わざわざ痛い思いをして鏡の前まで行かなくても、この人が小説内の誰なのかが分かるんじゃないの?
そう考えた私は、改めて強く念じてみた。私は誰?と。ところが、いつまで経っても、教えてくれる声は返って来ない。
想像が外れていたのかな。あるいは、こういう能力系の話でよくある「自分自身については効力が及ばない」というあれなのかしら。まあ、どっちでもいい。鏡のある場所は分かったのだから――まだ見て確かめてもいないのに、心の内では絶対の自信があるのは何故なんだろ?
あいにく、鏡の掛かっている場所までの約二メートルには、支えになる物がない。しょうがない、鈍痛を堪えて壁に飛びつくつもりで、身体を前にやった。一度、ヤモリみたいな手つきで壁にもたれ掛かり、そこから身体を起こして距離を取る。そして小ぶりなカーテンを右側に寄せて、やっと鏡とご対面。
次の刹那、私は極短い悲鳴を上げ、すぐさま息を飲んだ。
「どうして……」
目の前の鏡面に映っていたのは、小説にあった挿絵のノアル・シェイクフリードそのものだった。
力が抜けて、その場にへなへなとへたり込んだ。足の痛みどうこうとは関係なしに、腰が抜けたような感覚に襲われている。
「どうして悪役令嬢になってるのよ?」
思わず叫んだ。次に声の大きさに驚いて、口を覆う。誰かに来られては困る。転生だけでもわけが分からないのに、転生先は小説の中で、ストーリー上すでに死んだはずのキャラに入り込んでいて、しかも一番なりたくない悪役令嬢だなんて、混乱の極み。感情があれこれと入り混じり、どこから整理していけばよいのか途方に暮れる。
そういう心理状態なのに、さらにさらに混乱に拍車を掛ける出来事が降り懸かった。
『誰が悪役令嬢ですって?』
近くで声がした。反射的に、聞こえて来た方を向こうとしたんだけれども、どちらなのか分からない。耳のすぐそばでもあるようだし、頭の上から言われたような感覚もあったし、身体の中から聞こえてくる風にも受け取れなくはないような。とにかく、曖昧でふわふわしている。だいいち、声の近さに反して、周囲には誰もいない。人も動物も。
『ちょっと。聞いてる? あなたが言った悪役令嬢とは、誰のこと? 令嬢はともかく、悪役とは聞き捨てなりません。私のことを指しているのでしたら、即座に取り消しなさい』
また聞こえた。最初よりもとげとげしさが格段に増している。声の質自体は耳障りではなく、心地よくて聞きやすいタイプになるだろう。テレビで天気予報を伝えるおねーさんの声質に似ているかも。
……うん? 似ていると言えば、さっきから何度か喋ったけれど、その声ともちょっと似ていると思えてきた。決して、完全一致ではないけれども、確実に似ている。
「あの」
恐る恐る、声へ問い掛けてみることにした。今いるこの世界では何が起きても不思議じゃない。
「聞こえていますが、戸惑いの方が大きくて。あなたはどちらにいるのですか」
『やっと通じたようね。でも、言葉が足りない』
「え?」
反応があったのはいいとして、会話にすぐには着いていけない。
『まずは「ごめんなさい」でしょう、違う? いくら戸惑っていたにしても、返事しないでいた行為について、何とも思わない?』
「あ。ごめんなさい」
続けて言い訳しかけたが、すんでのところでやめた。この声の人には逆効果だと思ったから。代わりに「すみません、これから気を付けます」と重ねて謝っておいた。
そのまま他の椅子やソファ、机を支えにして伝い、窓際まで行く。目を細め、ガラスに映る顔をよく見ようとしたけれども、金髪か栗毛の白人ぽくなっているのが分かるくらいで、いまいちはっきりしない。どうしても鏡がいる。
強く願ったそのとき、急に閃いた。ううん、閃きというのとは違う。誰かから教えられたみたいに、鏡の在処が分かったの。今いるところから一番近い鏡は、窓とは反対側の壁の右隅に、小さなカーテンで覆った状態で掛かっている、と。これってもしかすると、今私が入り込んでいるこの誰かさんの記憶にアクセスできた、みたいな? だとしたら、わざわざ痛い思いをして鏡の前まで行かなくても、この人が小説内の誰なのかが分かるんじゃないの?
そう考えた私は、改めて強く念じてみた。私は誰?と。ところが、いつまで経っても、教えてくれる声は返って来ない。
想像が外れていたのかな。あるいは、こういう能力系の話でよくある「自分自身については効力が及ばない」というあれなのかしら。まあ、どっちでもいい。鏡のある場所は分かったのだから――まだ見て確かめてもいないのに、心の内では絶対の自信があるのは何故なんだろ?
あいにく、鏡の掛かっている場所までの約二メートルには、支えになる物がない。しょうがない、鈍痛を堪えて壁に飛びつくつもりで、身体を前にやった。一度、ヤモリみたいな手つきで壁にもたれ掛かり、そこから身体を起こして距離を取る。そして小ぶりなカーテンを右側に寄せて、やっと鏡とご対面。
次の刹那、私は極短い悲鳴を上げ、すぐさま息を飲んだ。
「どうして……」
目の前の鏡面に映っていたのは、小説にあった挿絵のノアル・シェイクフリードそのものだった。
力が抜けて、その場にへなへなとへたり込んだ。足の痛みどうこうとは関係なしに、腰が抜けたような感覚に襲われている。
「どうして悪役令嬢になってるのよ?」
思わず叫んだ。次に声の大きさに驚いて、口を覆う。誰かに来られては困る。転生だけでもわけが分からないのに、転生先は小説の中で、ストーリー上すでに死んだはずのキャラに入り込んでいて、しかも一番なりたくない悪役令嬢だなんて、混乱の極み。感情があれこれと入り混じり、どこから整理していけばよいのか途方に暮れる。
そういう心理状態なのに、さらにさらに混乱に拍車を掛ける出来事が降り懸かった。
『誰が悪役令嬢ですって?』
近くで声がした。反射的に、聞こえて来た方を向こうとしたんだけれども、どちらなのか分からない。耳のすぐそばでもあるようだし、頭の上から言われたような感覚もあったし、身体の中から聞こえてくる風にも受け取れなくはないような。とにかく、曖昧でふわふわしている。だいいち、声の近さに反して、周囲には誰もいない。人も動物も。
『ちょっと。聞いてる? あなたが言った悪役令嬢とは、誰のこと? 令嬢はともかく、悪役とは聞き捨てなりません。私のことを指しているのでしたら、即座に取り消しなさい』
また聞こえた。最初よりもとげとげしさが格段に増している。声の質自体は耳障りではなく、心地よくて聞きやすいタイプになるだろう。テレビで天気予報を伝えるおねーさんの声質に似ているかも。
……うん? 似ていると言えば、さっきから何度か喋ったけれど、その声ともちょっと似ていると思えてきた。決して、完全一致ではないけれども、確実に似ている。
「あの」
恐る恐る、声へ問い掛けてみることにした。今いるこの世界では何が起きても不思議じゃない。
「聞こえていますが、戸惑いの方が大きくて。あなたはどちらにいるのですか」
『やっと通じたようね。でも、言葉が足りない』
「え?」
反応があったのはいいとして、会話にすぐには着いていけない。
『まずは「ごめんなさい」でしょう、違う? いくら戸惑っていたにしても、返事しないでいた行為について、何とも思わない?』
「あ。ごめんなさい」
続けて言い訳しかけたが、すんでのところでやめた。この声の人には逆効果だと思ったから。代わりに「すみません、これから気を付けます」と重ねて謝っておいた。
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