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10.白紙に戻す必要すらなく
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ええーっ!? 心中で、声にならない叫び声を上げてしまった。
と、私が驚いていることを伝えるため、「そんな、まさか」と口にする。
するとノアルは、今度は鼻で笑うような息を挟み、また話し出した。
『互いに小さな子供のとき、遊びの延長で「将来、結婚しよう」という会話をしただけなの。つまり、幼少時の単なる口約束にすぎない、かつ、少なくともオンドルフ家はユウラとリーヌの口約束を知ってはいたけれども、所詮は口約束と重視していなかった。反対に、ノアルのロイロット家にとってはメリットが大きいから、執着してもおかしくないでしょうけどね』
私は物語の該当部分を思い出そうと試みた。しかし一向に思い出せない。婚約が正式なものか否かについての記述なんて、そもそもあったかしら? 婚約は婚約としか書かれていなかった気がする。
ノアルの主張を認める立場を取るなら、嘘の記述がなされたことになる。うん、まあ、子供の頃に言葉だけで交わした結婚の約束も“婚約”には違いないけど。とは言え、物語の世界観や両家の意向によっては、正式な婚約とも言えそうだし、でもでも、ノアルが言うにはオンドルフ家としては、口約束の婚約なんていつでも破棄できると見なしていたみたいだし……どっちを信じればいいんだろ?
「あのー、こんなこと聞いたら失礼だとは思いますが、どうか怒らないでくださいね」
『何を聞いてくるつもりか知りませんけど、今の状態であなたを罰することなんてできないし、好きになさい。ああ、腹が立ったら喚き散らすかもしれないとだけ言っておきましょう』
「う、それは結構きついかも」
だいぶ慣れてきたとはいえ、ノアルの声が頭の中に響くのはそれなりに堪える。今みたいに落ち着いた調子ならまだ大丈夫だが、喚かれたらちょっとした拷問に匹敵するんじゃないかと恐怖すら覚える。
『冗談よ。正直な気持ちを言えば、喉が渇いてるから、喋るのが辛くなってきたわ。ああ、二心同体の仕組みがどうなっているかを調べる意味で聞くけれど、あなたは喉、乾いていないの?』
「……意識していなかった。言われてみれば、ちょっと乾いているかもしれません。お腹はまだ大丈夫みたいですが」
『空腹ではないという意味ね。分かりました、だいたい同じようね。それで? 何を聞きたいの?』
「え、あ、証拠です。ノアルさんがさっき言われた、リーヌさんとユウラさんとが正式には婚約していなかったという証拠があれば、教えて欲しいんです。オンドルフ家が重視していなかった証拠でもいいです」
『証拠、ねえ……周知の事実だったとしか』
首を傾げるノアルの姿が、何故か脳裏に浮かんだ。
「リーヌとユウラの婚約が、子供の頃の口約束だけだっていう証拠でもかまいませんが……」
『無理な注文というものね。その場に居合わせたわけじゃなし、伝聞だから。ああ、ウェットソンなら具体的な何かを知っているかもしれないから、聞いてみるといいわ』
「ウェットソン……あ、このあと迎えに来てくれるはずの」
『そうよ。応対はあなた任せになりそうだけれども、あなたに私らしいふるまいができるのかしら。急に心配になってきたわ』
そう言われるとこっちも不安になってくる。いや、考えていなかった訳じゃあない。小説で描かれたノアルを真似すればいいんだと思っていたから、楽観視していた。しかし話をする内に、人物像にかなりずれがあると感じ始めている。
「入れ替われたらいいんですけどね。ノアルさんが喋れば絶対に間違いない」
『馬鹿ね。それは元通りになるということでしょ。あなたの存在が消えてしまうことにつながるのかもしれなくてよ?』
「……ずっとこのままなんでしょうか」
『分かりません。くよくよと思い悩んでもしょうがないでしょうが。できることならそろそろ元気を出して、飲み物を工面してきてくれないかしら』
「喉が渇いてたんですよね。足の痛みを辛抱すれば、少しの間、歩けなくはないでしょうが、その前にこの家のどこに何があるのか全然知りません。無闇に動き回るほどは保ちませんよ」
『……私も知りません。ただ、再売却する前に一通り見て回ったときの記憶では、地下にワイン蔵があるわね』
「喉の渇きを癒やすのに、お酒ですか」
私はつい、非難がましく言ってしまった。まずいかな?とすぐに不安に駆られたけれども、ノアルは怒鳴り散らすことなく応じた。
『酔いたくもなります。下手をしたら、死んでいたのかもしれないのだから。死ぬのは一度でこりごりというものよ』
と、私が驚いていることを伝えるため、「そんな、まさか」と口にする。
するとノアルは、今度は鼻で笑うような息を挟み、また話し出した。
『互いに小さな子供のとき、遊びの延長で「将来、結婚しよう」という会話をしただけなの。つまり、幼少時の単なる口約束にすぎない、かつ、少なくともオンドルフ家はユウラとリーヌの口約束を知ってはいたけれども、所詮は口約束と重視していなかった。反対に、ノアルのロイロット家にとってはメリットが大きいから、執着してもおかしくないでしょうけどね』
私は物語の該当部分を思い出そうと試みた。しかし一向に思い出せない。婚約が正式なものか否かについての記述なんて、そもそもあったかしら? 婚約は婚約としか書かれていなかった気がする。
ノアルの主張を認める立場を取るなら、嘘の記述がなされたことになる。うん、まあ、子供の頃に言葉だけで交わした結婚の約束も“婚約”には違いないけど。とは言え、物語の世界観や両家の意向によっては、正式な婚約とも言えそうだし、でもでも、ノアルが言うにはオンドルフ家としては、口約束の婚約なんていつでも破棄できると見なしていたみたいだし……どっちを信じればいいんだろ?
「あのー、こんなこと聞いたら失礼だとは思いますが、どうか怒らないでくださいね」
『何を聞いてくるつもりか知りませんけど、今の状態であなたを罰することなんてできないし、好きになさい。ああ、腹が立ったら喚き散らすかもしれないとだけ言っておきましょう』
「う、それは結構きついかも」
だいぶ慣れてきたとはいえ、ノアルの声が頭の中に響くのはそれなりに堪える。今みたいに落ち着いた調子ならまだ大丈夫だが、喚かれたらちょっとした拷問に匹敵するんじゃないかと恐怖すら覚える。
『冗談よ。正直な気持ちを言えば、喉が渇いてるから、喋るのが辛くなってきたわ。ああ、二心同体の仕組みがどうなっているかを調べる意味で聞くけれど、あなたは喉、乾いていないの?』
「……意識していなかった。言われてみれば、ちょっと乾いているかもしれません。お腹はまだ大丈夫みたいですが」
『空腹ではないという意味ね。分かりました、だいたい同じようね。それで? 何を聞きたいの?』
「え、あ、証拠です。ノアルさんがさっき言われた、リーヌさんとユウラさんとが正式には婚約していなかったという証拠があれば、教えて欲しいんです。オンドルフ家が重視していなかった証拠でもいいです」
『証拠、ねえ……周知の事実だったとしか』
首を傾げるノアルの姿が、何故か脳裏に浮かんだ。
「リーヌとユウラの婚約が、子供の頃の口約束だけだっていう証拠でもかまいませんが……」
『無理な注文というものね。その場に居合わせたわけじゃなし、伝聞だから。ああ、ウェットソンなら具体的な何かを知っているかもしれないから、聞いてみるといいわ』
「ウェットソン……あ、このあと迎えに来てくれるはずの」
『そうよ。応対はあなた任せになりそうだけれども、あなたに私らしいふるまいができるのかしら。急に心配になってきたわ』
そう言われるとこっちも不安になってくる。いや、考えていなかった訳じゃあない。小説で描かれたノアルを真似すればいいんだと思っていたから、楽観視していた。しかし話をする内に、人物像にかなりずれがあると感じ始めている。
「入れ替われたらいいんですけどね。ノアルさんが喋れば絶対に間違いない」
『馬鹿ね。それは元通りになるということでしょ。あなたの存在が消えてしまうことにつながるのかもしれなくてよ?』
「……ずっとこのままなんでしょうか」
『分かりません。くよくよと思い悩んでもしょうがないでしょうが。できることならそろそろ元気を出して、飲み物を工面してきてくれないかしら』
「喉が渇いてたんですよね。足の痛みを辛抱すれば、少しの間、歩けなくはないでしょうが、その前にこの家のどこに何があるのか全然知りません。無闇に動き回るほどは保ちませんよ」
『……私も知りません。ただ、再売却する前に一通り見て回ったときの記憶では、地下にワイン蔵があるわね』
「喉の渇きを癒やすのに、お酒ですか」
私はつい、非難がましく言ってしまった。まずいかな?とすぐに不安に駆られたけれども、ノアルは怒鳴り散らすことなく応じた。
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