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11.ハムンゼン兄弟
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辟易したような口ぶりのノアルの声。とくに、「こりごり」に実感がこもっている。そりゃあ悪役令嬢なんだから、日常的に恨みを買って、危ない目に遭っていてもちっとも不思議じゃないよね、うんうん。と、そのまま聞き流しそうになった。けれども。
「あれ? 今、死ぬのはって言いました?」
その言い方に引っ掛かりを覚えた。私は念押しのため、質問を重ねた。
「襲われるのは一度、ではなく?」
* *
「ただいま戻りました」
ディア・ハムンゼンは形ばかりの帰参の挨拶を、玄関ホールの空間に投げると、駆け付けたメイドの一人に外套を預けるだけしてさがらせた。そして一度下唇をグッと噛み締め、意を決した表情をなすと、一目散に兄の部屋に向かった。日課の散歩から帰ってきて、いつもと違う言動をするのは変に思われるかもしれない、が、このときのディアにはそこまで気を回す余裕はなかった。
廊下の途中で、キース兄さんが在室か否かをメイドに聞いて確かめておけばよかったと、軽く後悔する。けれども今さら引き返すのはかえって手間になるとして、そのまま歩みを速め、辿り着いた。ドアは開け放たれており、ノックの必要はなかった。
「キース兄さん――」
「お帰り」
会話を続けづらい、断片的な台詞を低い声で言ったキース。扉側に背を向け、机で何か書き物をしている。いや、書類を読んでいるだけか。
ハムンゼン兄弟は六つ、歳が離れている。六年差があるとそれなりに世代の違いが現れるもので、キースとディアも仲は悪くないが、兄と弟で主従の関係に近いことも時折見られる。よく言えば、ディアはキースを信じ切っているし、キースはディアを導いてやっている。
ディアの内から興奮が去って行き、普段に近い状態になった。やっと落ち着けたと言えよう。そうして会話をどう再開させようか逡巡する。と、キースが椅子ごと向き直った。
「どうした? 遠慮しなくていい、仕事中ではないのだからな」
「キース兄さんは、霊の存在を信じる?」
若干、無邪気な調子で問うたディア。体するキースは、微苦笑を浮かべた。
「唐突だな。ま、霊に限らず、基本的姿勢としては、証明されていないものは信じないスタンスを取るかな」
「僕、見たんだけれど」
「見たとは……霊をか?」
「うん、霊かもしれない物体を」
キースは立ち上がると、早口になる弟の横を通り、扉を閉めた。
「他人に聞かれないようにした方がよさそうだな」
「何で? 頭がおかしくなったんじゃあないよ」
椅子に戻ったキースに、ディアは不服そうに唇を尖らせた。そんな弟に、別の椅子に腰掛けるように促すと、兄は「分かってるさ。第三者がどう思うかってことを言っているんだよ」と笑みを作った。
「ともかく、おまえの言う霊の目撃譚を聞かせてくれないか。信じるも何も、まずはそれを聞かないと判断のしようがない」
一番の理解者たる兄の悠然とした態度を目の当たりにし、ディアは機嫌を直した。これでこそ頼りになる兄貴だと感じ入る。
「どこから話すのが最適なのかな……うん、実は今日、街外れでハンナとばったりと会ったんだ」
「……ハンナとは、少し前に暇を出した若いメイドのハンナ・アルトゥルのことか」
そう話すキースの眉根が寄り、表情も幾分渋くなる。
「ええ。元気そうだったよ」
「まったく、しょうがないやつだな。あの子は悪い子じゃないのは認めるが、一介の使用人の立場で、おまえと親しくなりすぎた。だから解雇されたんだぞ。それを偶然とは言え、外で会って話をするとは」
「だってハンナは、失恋した僕に優しくしてくれたんだから。悩みも真剣に聞いてくれたしね」
「分かった分かった。おまえのハンナ擁護を聞いていたら日が暮れる。あの娘とたまたま出会って、何が起きた?」
「お茶に誘ったんだけど、忙しそうな態度を見せるから、どうしたの、用事があるのなら付き合おうかと言ったら、お願いしますと答が返ってきて」
「ついていったのか」
呆れたと言わんばかりに、額に左手をあてがい、目を瞑るキース。ディアは「ごめんよ、兄さん」と即座に謝った。
「あれ? 今、死ぬのはって言いました?」
その言い方に引っ掛かりを覚えた。私は念押しのため、質問を重ねた。
「襲われるのは一度、ではなく?」
* *
「ただいま戻りました」
ディア・ハムンゼンは形ばかりの帰参の挨拶を、玄関ホールの空間に投げると、駆け付けたメイドの一人に外套を預けるだけしてさがらせた。そして一度下唇をグッと噛み締め、意を決した表情をなすと、一目散に兄の部屋に向かった。日課の散歩から帰ってきて、いつもと違う言動をするのは変に思われるかもしれない、が、このときのディアにはそこまで気を回す余裕はなかった。
廊下の途中で、キース兄さんが在室か否かをメイドに聞いて確かめておけばよかったと、軽く後悔する。けれども今さら引き返すのはかえって手間になるとして、そのまま歩みを速め、辿り着いた。ドアは開け放たれており、ノックの必要はなかった。
「キース兄さん――」
「お帰り」
会話を続けづらい、断片的な台詞を低い声で言ったキース。扉側に背を向け、机で何か書き物をしている。いや、書類を読んでいるだけか。
ハムンゼン兄弟は六つ、歳が離れている。六年差があるとそれなりに世代の違いが現れるもので、キースとディアも仲は悪くないが、兄と弟で主従の関係に近いことも時折見られる。よく言えば、ディアはキースを信じ切っているし、キースはディアを導いてやっている。
ディアの内から興奮が去って行き、普段に近い状態になった。やっと落ち着けたと言えよう。そうして会話をどう再開させようか逡巡する。と、キースが椅子ごと向き直った。
「どうした? 遠慮しなくていい、仕事中ではないのだからな」
「キース兄さんは、霊の存在を信じる?」
若干、無邪気な調子で問うたディア。体するキースは、微苦笑を浮かべた。
「唐突だな。ま、霊に限らず、基本的姿勢としては、証明されていないものは信じないスタンスを取るかな」
「僕、見たんだけれど」
「見たとは……霊をか?」
「うん、霊かもしれない物体を」
キースは立ち上がると、早口になる弟の横を通り、扉を閉めた。
「他人に聞かれないようにした方がよさそうだな」
「何で? 頭がおかしくなったんじゃあないよ」
椅子に戻ったキースに、ディアは不服そうに唇を尖らせた。そんな弟に、別の椅子に腰掛けるように促すと、兄は「分かってるさ。第三者がどう思うかってことを言っているんだよ」と笑みを作った。
「ともかく、おまえの言う霊の目撃譚を聞かせてくれないか。信じるも何も、まずはそれを聞かないと判断のしようがない」
一番の理解者たる兄の悠然とした態度を目の当たりにし、ディアは機嫌を直した。これでこそ頼りになる兄貴だと感じ入る。
「どこから話すのが最適なのかな……うん、実は今日、街外れでハンナとばったりと会ったんだ」
「……ハンナとは、少し前に暇を出した若いメイドのハンナ・アルトゥルのことか」
そう話すキースの眉根が寄り、表情も幾分渋くなる。
「ええ。元気そうだったよ」
「まったく、しょうがないやつだな。あの子は悪い子じゃないのは認めるが、一介の使用人の立場で、おまえと親しくなりすぎた。だから解雇されたんだぞ。それを偶然とは言え、外で会って話をするとは」
「だってハンナは、失恋した僕に優しくしてくれたんだから。悩みも真剣に聞いてくれたしね」
「分かった分かった。おまえのハンナ擁護を聞いていたら日が暮れる。あの娘とたまたま出会って、何が起きた?」
「お茶に誘ったんだけど、忙しそうな態度を見せるから、どうしたの、用事があるのなら付き合おうかと言ったら、お願いしますと答が返ってきて」
「ついていったのか」
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