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2話 死体の婚約破棄
死体の呪い
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ジュリエットにまた、ぎゅむぎゅむと抱きしめられて長い廊下を運ばれていく。フィーナが「はなしてぇ……」と苦しげな声を上げると、やっとジュリエットは手を離してくれた。
「あら、ごめんなさい。力を入れすぎてしまったわ。大丈夫?」
「うん~……だ……だいじょうぶぅ……」
フラフラとしたフィーナの様子を心配して、ジュリエットは近くの部屋でフィーナを休ませることにした。
入った部屋は図書室で、天井まで届く高い本棚が並び、部屋の窓辺には閲覧用のテーブルセットが置いていた。
ジュリエットはソファにフィーナを座らせて、窓を開ける。爽やかな初秋の風が部屋に吹き込んだ。
ジュリエットは飲み物をもらってこようかと尋ねたが、フィーナはもう飲めないから、と断った。今日はお茶ばかり飲んでいる。
「あなた、お名前は……フィーナ、でいいのかしら?」
ジュリエットはフィーナの隣に座り優しく話しかけた。こくりとフィーナは頷く。
「こんなところに連れてこられて不安だったでしょう? 聞けばエルドレッドのこともユージーンのことも助けてくれたんですってね。わたくしからもお礼を言わせて。本当に、ありがとう。あなたってとても勇敢なのね」
フィーナははにかみながら頷く。
このことについてフィーナはたくさんの人たちに感謝されて褒められていて、そうされると、気恥ずかしいようなこそばゆいようなふわふわとした気持ちになる。こんなのは森にいたときには知らなかった気持ちだ。
「ご両親は心配されてないかしら? 一人でお城に連れてこられて……」
「もうパパもママも死んじゃったから、大丈夫」
「まあなんてこと! まさか一人で暮らししてたの?」
「一人じゃないよ、グレイヴがずっと一緒だったから」
「グレイヴ?」
「うん、あたしの犬」
「まあ……!」
ジュリエットが嘆きながらまた抱きしめようとするから、フィーナはさっと身を引く。ジュリエットの抱擁はやわらかくていい匂いがして気持ちがいいけれど、息ができなくなるから苦しい。
代わりにふんわりと手を握られた。
「そうだったのね。だけど、可愛い女の子が男の部屋に一緒に住まされるなんて健全じゃないわ。わたくしの家に行きましょう? あなたと同じくらいの齢の弟妹もいるの。学校にも通わせてあげる。ね、そうしましょう?」
フィーナは首を横に振る。
「どうして……」
「だって、あたし、エルドレッドの側にいてあげないと……」
エルドレッドが魔力切れで動かなくなっちゃうし、というところは言わないでおいた。
ジュリエットは戸惑った顔を見せる。
「……まさか、フィーナ、あなたもエルドレッドのことが……好きなの?」
フィーナは小首を傾げる。
「好きってよくわかんない。……でも、一緒にいてあげたいなあとか、助けてあげたいなあって思うよ」
エルドレッドと会った日の夜を思い出す。
彼とのあの静かな夜に、確かにフィーナは頼られた。『ご主人様』と呼ばれて、胸の奥がくすぐられるような特別な気持ちになった。
森を出てから新しく知っていく感情はたくさんあり過ぎて、フィーナにはまだ上手く言葉にできない。
「助ける? ……エルドレッドのことを?」
「うん。変?」
「ううん……変じゃない……けど、逆かと思ってたの。エルドレッドがあなたのことを猫っ可愛がりしてるって聞いてたから……草の者に」
ジュリエットはそう言ったきり、口を結んでうつむいてしまった。
静かになってしまって、フィーナは所在なくジュリエットの耳元でとろりと輝く紫翡翠のイヤリングを見つめる。
ジュリエットはどうやらいい人で、エルドレッドのこともフィーナのことも心配してくれているということはわかった。なにか喋らないとと、フィーナは焦る。
「あっ、でもね! ずっとエルドレッドの部屋にいるわけじゃないんだよ。お城の中だったら自由にしていいって言うから、医局の先生に勉強を教えてもらったり、庭で遊んだり、この図書室にきたこともあるの」
医局ではおじいちゃん先生と体の中のことをアレコレ議論しているし、庭では動植物の死体を拾っては夜な夜な死霊術で僕としている。
「エルドレッドもこの図書室はお気に入りなんだって言ってたよ」
そうだ、とフィーナはぴょんと勢いよく立ち上がり本棚に駆けていき、一冊の本を持ってきた。
「それは……?」
フィーナが持ってきたのは、赤い装丁の絵本だった。
ドラゴンにさらわれた王様を王妃様が知恵を絞って助けにいく一風変わった冒険譚。
「このお話がエルドレッドのオススメなんだって。小さい頃たくさん読み聞かせられたからって。ジュリエットは知ってる?」
ジュリエットは戸惑った表情をしたきり答えない。
「あたしね、この王妃様、大好き。勇敢で、賢くって、絶対にあきらめないの」
「うん……」
「王様はちょっとかわいそうなんだよ。最初にドラゴンのなぞなぞに答えられなくて連れ去られちゃうの。でもこれは難しいからしょうがないんだよね」
ジュリエットにも出してあげるね、とフィーナは指を一つ立てて得意気になぞなぞを口にする。
「目を閉じると見えるけれど、目を開けると見えなくなるもの、なーんだ?」
ニコニコして答えを待つフィーナにジュリエットはくすりと微笑む。
「答えは……夢、よ」
すぐに答えられてしまって、フィーナは「ジュリエットすごい!」と手をバタつかさせて興奮する。
そんなフィーナにジュリエットは穏やかに告げる。
「……その本を、エルドレッドに読み聞かせていたのは、わたくしだもの」
ジュリエットはエルドレッドとの絵本にまつわる思い出を語り始めた。
「この本を読んであげていた頃はね、エルドレッドの弟のユージーンが生まれたときでね、王妃様は産後の肥立ちが悪くて亡くなられてしまったの。それで、エルドレッドはそのショックでなのか、奇妙な病にかかってしまったの」
「病?」
「突然眠ってしまうの。歩いていても、食べていても、外にいる時でさえ、突然意識がなくなって倒れてしまうの。それで危ないからって、部屋に閉じこもるようになって」
ジュリエットはフィーナから本を受け取って表面を懐かしそうになでる。
「わたくしはその時はすでにエルドレッドの婚約者だったから、心配でお見舞いに行ったわ。おもしろいおもちゃや遊戯盤なんかを持ってね。でもその途中でもよく眠ってしまっていた。一度眠ってしまうと起きるのがいつになるかは誰にもわからないの。一日中眠り続けることもあったし、すぐに目覚めることもあった。国中の医者が診ても理由も治療法もわからない不思議な病。……エルドレッドはそんな体になってしまったことにとても焦っていたわ。責任感の強い人ですもの。でも……病気になったのは決して彼のせいなんかじゃない。
だからね、わたくしはこの本を読んで聞かせてあげたの。この本の王様も寝坊助なのだけど、とても国のことを愛していて、王妃様が王様のことを知恵と勇気で支えてあげたでしょ? 王妃様は王様が見た夢のおかげで助けられることだってあったわね。
わたくしもこのお話のようにエルドレッドのことを支えてあげたいと伝えたわ……。
誰にも分らない病なのだから、わたくしたちはわたくしたちの出来ることをしていくしかないもの。『あなたが眠ってしまったらわたくしがあなたを助けてあげるから大丈夫。わたくしたちは夫婦になるのだもの。夫婦は一心同体なのだからどちらかが起きていれば大丈夫なのよ』って。
エルドレッドのそれまでの頑張りも、これからの人生も、病気になったからって失われるものではないわ。エルドレッドが困った時はわたくしが助けるし、わたくしが困ったらエルドレッドがわたくしを助けてもらう。それをためらう必要なんてどこにもないのよ。それが……夫婦なんだから。
まあ、結局、病は異国の治癒師が不思議なお呪いをかけるとすっかり治ってしまって、今ではあのとおり食えない男に成長してしまったのだけどね。あーあ、あの治癒師がまた来て幼女趣味を治すお呪いをかけてくれるといいのだけど」
ジュリエットは困ったように微笑む。
「治癒師……」
難しい顔で考え込むフィーナにジュリエットは小首を傾げる。
「フィーナは治癒師のことが気になるの? ああ、医局の先生と仲が良いのですっけ。将来はお医者様になりたいのかしら?」
「う……うん。それってどんなお呪いなのかなって」
「うーん、わたくしもよくは知らないのだけれど、魂が肉体から離れやすくなっていたからくっつけるお呪いだったのですって」
「くっつけるお呪い……」
「エルドレッドは王妃様に会いに天国に行きたいって思ってしまったのかもね。それほど突然の死だったから――」
フィーナは今すぐそのお呪いとやらのことを確かめたくてウズウズしてきた。
「あ、あのね、ジュリエット、あたし、大丈夫だから。エルドレッドに変なことなんてされたことないし、ジュリエットが嫌だったら部屋も別々にする。膝にももう乗っからないし、なるべく離れてる。ジュリエットがあたしのこと心配してくれるのはとってもうれしいんだよ。でもね……だけどね……あたし、やっぱりここにいたいの」
「フィーナ……。でもそんなこと……」
ジュリエットの常識ではそんなこと到底許せるわけがない。
「お願い、ジュリエット」
フィーナは紅い瞳を上目遣いにさせて、ジュリエットをうるうると見つめる。
そうでないと、あの不思議な肉体に固着した魂付きの死体の謎が解き明かせない。
「でも……」
「お願い」
ジュリエットはしばらく身もだえしながら葛藤した後、
「もうっ! なんて可愛いのあなたは!」
ジュリエットがぎゅうっとフィーナを抱きしめて、またもやフィーナは大きな胸に鼻と口をふさがれて息ができなくて青くなる。
「分かったわ! あなたのことはわたくしが守ります! わたくしもお城に住むわ!」
ジュリエットが拳を握りしめて宣言した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「どうしてこうなった……」
エルドレッドの隣の部屋に急遽ジュリエットとフィーナの部屋が用意された。フェザーストンの使用人たちがぞろぞろと屋敷から荷物を運んでくる。屈強な男たちによって大きな衣装ダンスが運び込まれる様は壮観だ。
「おーほほほほ、フェザーストン公爵家の力を甘く見ないで欲しいわね。さ、これでいつでもわたくしに頼っていいからね、フィーナ。夜は一緒に寝ましょうか、わたくしたまに妹とも一緒に寝ているのよ、お姉様って呼んでもいいからね」
母性愛にあふれまくったジュリエットがまたぎゅむぎゅむとフィーナを抱きしめる。フィーナも大きな胸の上に顔を乗せることを覚えて窒息しない体勢が取れるようになってきた。
婚約破棄が上手くいかずに頭を抱えるエルドレッド。
子どもを守るのは自分の使命!とメラメラと使命感に燃えるジュリエット。
早くエルドレッドにかけられたという呪いについて調べたくてうずうずするフィーナ。
3人3様の思いで、新生活が始まった。
「あら、ごめんなさい。力を入れすぎてしまったわ。大丈夫?」
「うん~……だ……だいじょうぶぅ……」
フラフラとしたフィーナの様子を心配して、ジュリエットは近くの部屋でフィーナを休ませることにした。
入った部屋は図書室で、天井まで届く高い本棚が並び、部屋の窓辺には閲覧用のテーブルセットが置いていた。
ジュリエットはソファにフィーナを座らせて、窓を開ける。爽やかな初秋の風が部屋に吹き込んだ。
ジュリエットは飲み物をもらってこようかと尋ねたが、フィーナはもう飲めないから、と断った。今日はお茶ばかり飲んでいる。
「あなた、お名前は……フィーナ、でいいのかしら?」
ジュリエットはフィーナの隣に座り優しく話しかけた。こくりとフィーナは頷く。
「こんなところに連れてこられて不安だったでしょう? 聞けばエルドレッドのこともユージーンのことも助けてくれたんですってね。わたくしからもお礼を言わせて。本当に、ありがとう。あなたってとても勇敢なのね」
フィーナははにかみながら頷く。
このことについてフィーナはたくさんの人たちに感謝されて褒められていて、そうされると、気恥ずかしいようなこそばゆいようなふわふわとした気持ちになる。こんなのは森にいたときには知らなかった気持ちだ。
「ご両親は心配されてないかしら? 一人でお城に連れてこられて……」
「もうパパもママも死んじゃったから、大丈夫」
「まあなんてこと! まさか一人で暮らししてたの?」
「一人じゃないよ、グレイヴがずっと一緒だったから」
「グレイヴ?」
「うん、あたしの犬」
「まあ……!」
ジュリエットが嘆きながらまた抱きしめようとするから、フィーナはさっと身を引く。ジュリエットの抱擁はやわらかくていい匂いがして気持ちがいいけれど、息ができなくなるから苦しい。
代わりにふんわりと手を握られた。
「そうだったのね。だけど、可愛い女の子が男の部屋に一緒に住まされるなんて健全じゃないわ。わたくしの家に行きましょう? あなたと同じくらいの齢の弟妹もいるの。学校にも通わせてあげる。ね、そうしましょう?」
フィーナは首を横に振る。
「どうして……」
「だって、あたし、エルドレッドの側にいてあげないと……」
エルドレッドが魔力切れで動かなくなっちゃうし、というところは言わないでおいた。
ジュリエットは戸惑った顔を見せる。
「……まさか、フィーナ、あなたもエルドレッドのことが……好きなの?」
フィーナは小首を傾げる。
「好きってよくわかんない。……でも、一緒にいてあげたいなあとか、助けてあげたいなあって思うよ」
エルドレッドと会った日の夜を思い出す。
彼とのあの静かな夜に、確かにフィーナは頼られた。『ご主人様』と呼ばれて、胸の奥がくすぐられるような特別な気持ちになった。
森を出てから新しく知っていく感情はたくさんあり過ぎて、フィーナにはまだ上手く言葉にできない。
「助ける? ……エルドレッドのことを?」
「うん。変?」
「ううん……変じゃない……けど、逆かと思ってたの。エルドレッドがあなたのことを猫っ可愛がりしてるって聞いてたから……草の者に」
ジュリエットはそう言ったきり、口を結んでうつむいてしまった。
静かになってしまって、フィーナは所在なくジュリエットの耳元でとろりと輝く紫翡翠のイヤリングを見つめる。
ジュリエットはどうやらいい人で、エルドレッドのこともフィーナのことも心配してくれているということはわかった。なにか喋らないとと、フィーナは焦る。
「あっ、でもね! ずっとエルドレッドの部屋にいるわけじゃないんだよ。お城の中だったら自由にしていいって言うから、医局の先生に勉強を教えてもらったり、庭で遊んだり、この図書室にきたこともあるの」
医局ではおじいちゃん先生と体の中のことをアレコレ議論しているし、庭では動植物の死体を拾っては夜な夜な死霊術で僕としている。
「エルドレッドもこの図書室はお気に入りなんだって言ってたよ」
そうだ、とフィーナはぴょんと勢いよく立ち上がり本棚に駆けていき、一冊の本を持ってきた。
「それは……?」
フィーナが持ってきたのは、赤い装丁の絵本だった。
ドラゴンにさらわれた王様を王妃様が知恵を絞って助けにいく一風変わった冒険譚。
「このお話がエルドレッドのオススメなんだって。小さい頃たくさん読み聞かせられたからって。ジュリエットは知ってる?」
ジュリエットは戸惑った表情をしたきり答えない。
「あたしね、この王妃様、大好き。勇敢で、賢くって、絶対にあきらめないの」
「うん……」
「王様はちょっとかわいそうなんだよ。最初にドラゴンのなぞなぞに答えられなくて連れ去られちゃうの。でもこれは難しいからしょうがないんだよね」
ジュリエットにも出してあげるね、とフィーナは指を一つ立てて得意気になぞなぞを口にする。
「目を閉じると見えるけれど、目を開けると見えなくなるもの、なーんだ?」
ニコニコして答えを待つフィーナにジュリエットはくすりと微笑む。
「答えは……夢、よ」
すぐに答えられてしまって、フィーナは「ジュリエットすごい!」と手をバタつかさせて興奮する。
そんなフィーナにジュリエットは穏やかに告げる。
「……その本を、エルドレッドに読み聞かせていたのは、わたくしだもの」
ジュリエットはエルドレッドとの絵本にまつわる思い出を語り始めた。
「この本を読んであげていた頃はね、エルドレッドの弟のユージーンが生まれたときでね、王妃様は産後の肥立ちが悪くて亡くなられてしまったの。それで、エルドレッドはそのショックでなのか、奇妙な病にかかってしまったの」
「病?」
「突然眠ってしまうの。歩いていても、食べていても、外にいる時でさえ、突然意識がなくなって倒れてしまうの。それで危ないからって、部屋に閉じこもるようになって」
ジュリエットはフィーナから本を受け取って表面を懐かしそうになでる。
「わたくしはその時はすでにエルドレッドの婚約者だったから、心配でお見舞いに行ったわ。おもしろいおもちゃや遊戯盤なんかを持ってね。でもその途中でもよく眠ってしまっていた。一度眠ってしまうと起きるのがいつになるかは誰にもわからないの。一日中眠り続けることもあったし、すぐに目覚めることもあった。国中の医者が診ても理由も治療法もわからない不思議な病。……エルドレッドはそんな体になってしまったことにとても焦っていたわ。責任感の強い人ですもの。でも……病気になったのは決して彼のせいなんかじゃない。
だからね、わたくしはこの本を読んで聞かせてあげたの。この本の王様も寝坊助なのだけど、とても国のことを愛していて、王妃様が王様のことを知恵と勇気で支えてあげたでしょ? 王妃様は王様が見た夢のおかげで助けられることだってあったわね。
わたくしもこのお話のようにエルドレッドのことを支えてあげたいと伝えたわ……。
誰にも分らない病なのだから、わたくしたちはわたくしたちの出来ることをしていくしかないもの。『あなたが眠ってしまったらわたくしがあなたを助けてあげるから大丈夫。わたくしたちは夫婦になるのだもの。夫婦は一心同体なのだからどちらかが起きていれば大丈夫なのよ』って。
エルドレッドのそれまでの頑張りも、これからの人生も、病気になったからって失われるものではないわ。エルドレッドが困った時はわたくしが助けるし、わたくしが困ったらエルドレッドがわたくしを助けてもらう。それをためらう必要なんてどこにもないのよ。それが……夫婦なんだから。
まあ、結局、病は異国の治癒師が不思議なお呪いをかけるとすっかり治ってしまって、今ではあのとおり食えない男に成長してしまったのだけどね。あーあ、あの治癒師がまた来て幼女趣味を治すお呪いをかけてくれるといいのだけど」
ジュリエットは困ったように微笑む。
「治癒師……」
難しい顔で考え込むフィーナにジュリエットは小首を傾げる。
「フィーナは治癒師のことが気になるの? ああ、医局の先生と仲が良いのですっけ。将来はお医者様になりたいのかしら?」
「う……うん。それってどんなお呪いなのかなって」
「うーん、わたくしもよくは知らないのだけれど、魂が肉体から離れやすくなっていたからくっつけるお呪いだったのですって」
「くっつけるお呪い……」
「エルドレッドは王妃様に会いに天国に行きたいって思ってしまったのかもね。それほど突然の死だったから――」
フィーナは今すぐそのお呪いとやらのことを確かめたくてウズウズしてきた。
「あ、あのね、ジュリエット、あたし、大丈夫だから。エルドレッドに変なことなんてされたことないし、ジュリエットが嫌だったら部屋も別々にする。膝にももう乗っからないし、なるべく離れてる。ジュリエットがあたしのこと心配してくれるのはとってもうれしいんだよ。でもね……だけどね……あたし、やっぱりここにいたいの」
「フィーナ……。でもそんなこと……」
ジュリエットの常識ではそんなこと到底許せるわけがない。
「お願い、ジュリエット」
フィーナは紅い瞳を上目遣いにさせて、ジュリエットをうるうると見つめる。
そうでないと、あの不思議な肉体に固着した魂付きの死体の謎が解き明かせない。
「でも……」
「お願い」
ジュリエットはしばらく身もだえしながら葛藤した後、
「もうっ! なんて可愛いのあなたは!」
ジュリエットがぎゅうっとフィーナを抱きしめて、またもやフィーナは大きな胸に鼻と口をふさがれて息ができなくて青くなる。
「分かったわ! あなたのことはわたくしが守ります! わたくしもお城に住むわ!」
ジュリエットが拳を握りしめて宣言した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「どうしてこうなった……」
エルドレッドの隣の部屋に急遽ジュリエットとフィーナの部屋が用意された。フェザーストンの使用人たちがぞろぞろと屋敷から荷物を運んでくる。屈強な男たちによって大きな衣装ダンスが運び込まれる様は壮観だ。
「おーほほほほ、フェザーストン公爵家の力を甘く見ないで欲しいわね。さ、これでいつでもわたくしに頼っていいからね、フィーナ。夜は一緒に寝ましょうか、わたくしたまに妹とも一緒に寝ているのよ、お姉様って呼んでもいいからね」
母性愛にあふれまくったジュリエットがまたぎゅむぎゅむとフィーナを抱きしめる。フィーナも大きな胸の上に顔を乗せることを覚えて窒息しない体勢が取れるようになってきた。
婚約破棄が上手くいかずに頭を抱えるエルドレッド。
子どもを守るのは自分の使命!とメラメラと使命感に燃えるジュリエット。
早くエルドレッドにかけられたという呪いについて調べたくてうずうずするフィーナ。
3人3様の思いで、新生活が始まった。
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