63 / 90
魔の手_9
しおりを挟む
結局この月曜日、橘先生を見かけることはなかった。
自宅まで押しかけてきた割にはその静けさが嵐の前触れのようで怖い。
でも文化祭の準備とそろそろ用意しなくちゃいけない試験準備に追われることで、本当はホッとしている。
ただ、月曜日に話したいと言っていた成瀬くんは、実習を欠勤したらしい。
メッセージを送って既読にはなるのに、返事がない。
それがどんなに不安にさせられるか。
信じなきゃと思うのに、米川さんの言葉が抜けないトゲみたいで。
あれから2日、会っていない。声も聞いてない。
それだけで、こんなに不安になる自分の弱さが悔しかった。
とぼとぼと最寄り駅から自宅に向かって歩いていると、背後から誰かが走ってくる足音に振り返った。
その瞬間、その場に凍りついた。
今日は、校内で見かけなかった男がいた。
なんで、ここに橘先生が?
逃げることさえ思いつかず、ただ走ってくる相手を茫然と見ていた。
「片桐先生、会えてよかった。さあ行きましょう」
「……は?」
いつも通り生徒の前にでもいるかのような橘先生の言葉に、自分でもまぬけな声が喉の奥から出た。
「な、んで」と声がつまった。
なぜ私が住むこの街に、目の前の男がいるんだろう。
そう思って、自分の間抜けさに笑い出したくなった。
金曜日の夜、私の部屋の玄関の前にいたのは、この男だと直感したはずじゃなかったのか。
「なんでって、返事をいただけないようだから」
橘先生がさも当然のように、私の腕をとろうとして、反射的に身を引いた。
「そ、そんな昨日の今日で返事なんて! って、違う、――な、なんで、ここにいるんですか? なんで、い、異常です、こんなの。自分が、何をしてるかわかってますか。これ立派な犯罪です、ストーカーですよね」
「落ち着いて、片桐先生、落ち着いてください」
伸びてきた手を避けて、さらに後ずさりした。
商店街の灯りが向こうに見えて、あそこまで逃げれば安全かもしれない、と混乱した頭を必死で働かせる。
でも視線がさまよったのに気づいた橘先生が先回りするように、商店街と私の間に立ちはだかった。
「大丈夫です。何もしませんから」
そう言いながら橘先生が右手を伸ばし、それを交わした瞬間、左手で私のトートバッグの把手をつかんだ。
それを必死に取り戻そうと綱引きみたいになる。
でもどっちが力が強いかなんてわかりきっていた。
恐怖で涙が出てくる。
「何してる!」
ふいに怒鳴り声が響いて、橘先生が驚いたように振り返った。
肩を怒らせた直己がそこにいた。
その姿を見た瞬間、橘先生は舌打ちして逃げ出した。
「ちょ、待て! おい、お前!」
直己がすかさず追いかけて、私はその場にへたりこんだ。
こんなふうにされたら、女子生徒なら助けを呼ぶ声さえあげられない。
大人の私でもこんなに恐怖で震えてるのに。
「ごめん、逃した」
すぐに直己は戻ってきて、私のそばにしゃがんだ。
「直己」
「間に合うはずだったんだけど、ごめん。怖い思いさせた」
「――っ、なんで、だって仕事は?」
差し出された手につかまって立ち上がりそう聞くと、直己は少し表情を曇らせた。
どこか諦めたような淋しい笑みとともに。
「部屋、あがっていいかな。話すよ」
自宅まで押しかけてきた割にはその静けさが嵐の前触れのようで怖い。
でも文化祭の準備とそろそろ用意しなくちゃいけない試験準備に追われることで、本当はホッとしている。
ただ、月曜日に話したいと言っていた成瀬くんは、実習を欠勤したらしい。
メッセージを送って既読にはなるのに、返事がない。
それがどんなに不安にさせられるか。
信じなきゃと思うのに、米川さんの言葉が抜けないトゲみたいで。
あれから2日、会っていない。声も聞いてない。
それだけで、こんなに不安になる自分の弱さが悔しかった。
とぼとぼと最寄り駅から自宅に向かって歩いていると、背後から誰かが走ってくる足音に振り返った。
その瞬間、その場に凍りついた。
今日は、校内で見かけなかった男がいた。
なんで、ここに橘先生が?
逃げることさえ思いつかず、ただ走ってくる相手を茫然と見ていた。
「片桐先生、会えてよかった。さあ行きましょう」
「……は?」
いつも通り生徒の前にでもいるかのような橘先生の言葉に、自分でもまぬけな声が喉の奥から出た。
「な、んで」と声がつまった。
なぜ私が住むこの街に、目の前の男がいるんだろう。
そう思って、自分の間抜けさに笑い出したくなった。
金曜日の夜、私の部屋の玄関の前にいたのは、この男だと直感したはずじゃなかったのか。
「なんでって、返事をいただけないようだから」
橘先生がさも当然のように、私の腕をとろうとして、反射的に身を引いた。
「そ、そんな昨日の今日で返事なんて! って、違う、――な、なんで、ここにいるんですか? なんで、い、異常です、こんなの。自分が、何をしてるかわかってますか。これ立派な犯罪です、ストーカーですよね」
「落ち着いて、片桐先生、落ち着いてください」
伸びてきた手を避けて、さらに後ずさりした。
商店街の灯りが向こうに見えて、あそこまで逃げれば安全かもしれない、と混乱した頭を必死で働かせる。
でも視線がさまよったのに気づいた橘先生が先回りするように、商店街と私の間に立ちはだかった。
「大丈夫です。何もしませんから」
そう言いながら橘先生が右手を伸ばし、それを交わした瞬間、左手で私のトートバッグの把手をつかんだ。
それを必死に取り戻そうと綱引きみたいになる。
でもどっちが力が強いかなんてわかりきっていた。
恐怖で涙が出てくる。
「何してる!」
ふいに怒鳴り声が響いて、橘先生が驚いたように振り返った。
肩を怒らせた直己がそこにいた。
その姿を見た瞬間、橘先生は舌打ちして逃げ出した。
「ちょ、待て! おい、お前!」
直己がすかさず追いかけて、私はその場にへたりこんだ。
こんなふうにされたら、女子生徒なら助けを呼ぶ声さえあげられない。
大人の私でもこんなに恐怖で震えてるのに。
「ごめん、逃した」
すぐに直己は戻ってきて、私のそばにしゃがんだ。
「直己」
「間に合うはずだったんだけど、ごめん。怖い思いさせた」
「――っ、なんで、だって仕事は?」
差し出された手につかまって立ち上がりそう聞くと、直己は少し表情を曇らせた。
どこか諦めたような淋しい笑みとともに。
「部屋、あがっていいかな。話すよ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる