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昔々、あるところに……
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私の前のテーブルには、大好きなスイーツや、お気に入りの紅茶。
ストロベリーミルクと、サンドイッチ。
ありとあらゆる好物が、所狭しと並んでいる。
えっと、どれを食べてもいいんですか?
「あぁどれでも、全てエレオノーラのために用意したんだから」
おぅ、いつもの甘々の兄様です。
この様子なら、お小言免除ですよね。
「さて、食べながらで良いから、家を出てから、いや、どうして家を出たのか教えてくれないかい?」
「ええ、かまいませんよ」
私はヘーゼルナッツたっぷりのクッキーを頬張りながら肯く。
「エレはどうして黙って家を出たの?」
まあ大体の想像はつくがと言うなら、聞かないで下さい。
兄様の分析は、ほとんど当たっているんですから。
私の性格を知り尽くした兄様に、いろいろな質問をされ、間違いを指摘され、嘘を見抜かれ、その時の私の気持ちを交え、順序だてて、ほぼ洗いざらい、延々と吐かされました。
これ以上もう何も出ません。
私は既に、疲弊し疲れまくっています。
せっかくの美味しいお菓子も、途中で用意された夕食も、全然美味しく感じませんでした。
もったいない。
全てを把握した兄様は、今、何やら考え込んでいます。
ああいう時は、絶対に悪だくみをしているんですよ。
「こんな事にならないように、私はあの地を離れるべきでは無かったな」
「でも母様が、兄様たちはあそこにいると悪い事が起こると言ったんでしょう?」
「あぁ、だから私たちは成人を期にあの地を離れたんだ。だが、注意しながら傍にいれば、エレをこんな目に合わせずに済んだんだ」
こんな目ってあれですか?
アレクシス様にむりやり結婚を迫られたとか?
下手をすれば、私も火事に巻き込まれたとか?
盗賊さんや魔物に襲われたとか?
川に落ちて、三途の川まで渡ろうとしかけたとか?
女が一人で、むさい男たちと何日も過ごしたとか?
そんなの過ぎた事ですよ。
何も無かったんだから、結果オーライじゃないですか。
「エレ、いい加減にしなさい。そんなお前だからこそ放っておけないんだ」
そして兄様は何かを決意したように、私の目をじっと見つめ口を開いた。
「お前はやはり、殿下と結婚しなさい」
「嫌です」
それって、今までしてきた事が無駄になるって事ですよね。
「殿下は未だにお前の事を思い続けている。彼が諦める前に名乗り出なさい。理由などいくらでも用意するから」
「絶対に嫌」
「何を仕出かす……巻き込まれるか分からないお前には、四六時中見張る者が必要だ。殿下と結婚すれば、お付きの侍女や護衛が絶えず付く。お前を守るためには打って付けなんだ」
私が何か仕出かさないよう殿下と結婚しろ、つまりアレクシス様を利用しようって事だよね。
何か酷くない?
アレクシス様が可哀そう。(お前が言うな!)
「どうして?殿下は長い間思い続けていたエレオノーラと、死んでしまったと思っていたお前と結ばれるんだ。幸せこの上ないだろう?」
「それは屁理屈です!それってアレクシス様を騙すような事でしょう?」
「お前が無事でいてくれるなら、誰よりも幸せになるのなら、他の事はどうでもいい」
「兄様、そんな自分勝手な事をしてはいけません」(お前が言うなよ!)
「エレオノーラ、お前は家族に対して、とてもひどい事をしたと自覚しているかい?」
嫌ですねぇ、我が家は貧しいながらも、とても仲のいい家族じゃありませんか。
互いに家族の事を思いやり、苦しい事は分け合って、いつもニコニコ笑っている。
そんな素敵な家族ですよね。
「エレオノーラ、久しぶりのお話をしてあげようか?」
お話って、よく寝る前にしてくれた昔ばなしの事ですか?
私もうそんな年ではありませんよ。
成人した立派な大人です。
そんな私の思いを無視し、兄様は一方的に話しだしました。
「昔々、とても仲のいい家族がいました。家族は貧しいながらも助け合い、幸せに暮らしておりました」
うちみたいですね?
「ある日小さな娘は、ひょんな事から王子様に出会いました。その時王子様は娘に恋をしました。でもその時既に、王子さまは隣の国に行く事が決まっていたのです。しかしその娘に恋した王子さまは、遠く離れても、何年経とうとも、その娘に恋し続けました」
何と誠実な王子様でしょう。
「そしてとうとう、王子様の願いが神様に通じたのか、娘のいる自分の国へ帰る事が叶ったのです。ですから王子さまは自分の思いを伝えるため、娘に会いプロポーズをしたのです」
良かったわ!良かったわね王子様。
「ところが娘は、その王子様の事をすっかり忘れてしまっていたのです」
まぁなんて酷い子なの!
「それでも諦め切れない王子さまは、何とか娘に再び好きになってもらおうとしました。ところがそこに悪い姫君が登場し、王子様と結婚するのは私よと、一方的に意地悪な事を言いました」
酷い、王子様はやっと娘に会えたのに、それを何て事するのかしら。
「娘はその言葉を信じ、自分は二人にとって邪魔な存在だと思い込み、誰にも言わず遠い所に逃げる事にしました」
なんて可哀そうな娘さん。
「それを知った娘の家族は驚き悲しみ、心配した王子様は必死に娘を探しました」
可愛そう、可哀そうすぎるわ。
「ところが娘はある地で、突然の事故により命を落としてしまったのです。それを知った者たちは嘆き悲しみ、涙を落としました」
ああ、何て事なの………(涙)
「ところが死んでしまったのは娘では無かったのです。当の娘はのうのうと王子から逃げ続け、自由を謳歌していたのです」
……………。
「あの、兄様…。こんな時間ですし、私お腹もいっぱいで、とても眠くて、もう部屋に引き上げていいですか………?」
「せっかく久しぶりにお話をしてあげているのだ。最後までしっかり聞きなさい」
ですよね~。
兄様が中途半端なんてありえませんよね~。
「それから、故郷から遠く離れた地で、娘とその兄は再会しました。娘の家出の原因は、その意地悪な姫の一言であり、王子は未だに死んだとされている娘を、一途に思い続けています。さて、悪いのは一体誰でしょう?」
「……その意地悪なお姫様…ですよね?」
「違うだろうエレ。確かにそのお姫様は問題児の様だが、この悲劇を引き起こしたのは、その言葉を鵜吞みにし、事実を確かめずに勝手な事をやった娘にも、かなりの責任があると思わないか?」
はい……その通りでございます。
「さて、エレは未だに勘違いをし続けていたようだから、改めて事実を話した。これを踏まえて、これからどうしたら良いか、よく考えてごらん」
ストロベリーミルクと、サンドイッチ。
ありとあらゆる好物が、所狭しと並んでいる。
えっと、どれを食べてもいいんですか?
「あぁどれでも、全てエレオノーラのために用意したんだから」
おぅ、いつもの甘々の兄様です。
この様子なら、お小言免除ですよね。
「さて、食べながらで良いから、家を出てから、いや、どうして家を出たのか教えてくれないかい?」
「ええ、かまいませんよ」
私はヘーゼルナッツたっぷりのクッキーを頬張りながら肯く。
「エレはどうして黙って家を出たの?」
まあ大体の想像はつくがと言うなら、聞かないで下さい。
兄様の分析は、ほとんど当たっているんですから。
私の性格を知り尽くした兄様に、いろいろな質問をされ、間違いを指摘され、嘘を見抜かれ、その時の私の気持ちを交え、順序だてて、ほぼ洗いざらい、延々と吐かされました。
これ以上もう何も出ません。
私は既に、疲弊し疲れまくっています。
せっかくの美味しいお菓子も、途中で用意された夕食も、全然美味しく感じませんでした。
もったいない。
全てを把握した兄様は、今、何やら考え込んでいます。
ああいう時は、絶対に悪だくみをしているんですよ。
「こんな事にならないように、私はあの地を離れるべきでは無かったな」
「でも母様が、兄様たちはあそこにいると悪い事が起こると言ったんでしょう?」
「あぁ、だから私たちは成人を期にあの地を離れたんだ。だが、注意しながら傍にいれば、エレをこんな目に合わせずに済んだんだ」
こんな目ってあれですか?
アレクシス様にむりやり結婚を迫られたとか?
下手をすれば、私も火事に巻き込まれたとか?
盗賊さんや魔物に襲われたとか?
川に落ちて、三途の川まで渡ろうとしかけたとか?
女が一人で、むさい男たちと何日も過ごしたとか?
そんなの過ぎた事ですよ。
何も無かったんだから、結果オーライじゃないですか。
「エレ、いい加減にしなさい。そんなお前だからこそ放っておけないんだ」
そして兄様は何かを決意したように、私の目をじっと見つめ口を開いた。
「お前はやはり、殿下と結婚しなさい」
「嫌です」
それって、今までしてきた事が無駄になるって事ですよね。
「殿下は未だにお前の事を思い続けている。彼が諦める前に名乗り出なさい。理由などいくらでも用意するから」
「絶対に嫌」
「何を仕出かす……巻き込まれるか分からないお前には、四六時中見張る者が必要だ。殿下と結婚すれば、お付きの侍女や護衛が絶えず付く。お前を守るためには打って付けなんだ」
私が何か仕出かさないよう殿下と結婚しろ、つまりアレクシス様を利用しようって事だよね。
何か酷くない?
アレクシス様が可哀そう。(お前が言うな!)
「どうして?殿下は長い間思い続けていたエレオノーラと、死んでしまったと思っていたお前と結ばれるんだ。幸せこの上ないだろう?」
「それは屁理屈です!それってアレクシス様を騙すような事でしょう?」
「お前が無事でいてくれるなら、誰よりも幸せになるのなら、他の事はどうでもいい」
「兄様、そんな自分勝手な事をしてはいけません」(お前が言うなよ!)
「エレオノーラ、お前は家族に対して、とてもひどい事をしたと自覚しているかい?」
嫌ですねぇ、我が家は貧しいながらも、とても仲のいい家族じゃありませんか。
互いに家族の事を思いやり、苦しい事は分け合って、いつもニコニコ笑っている。
そんな素敵な家族ですよね。
「エレオノーラ、久しぶりのお話をしてあげようか?」
お話って、よく寝る前にしてくれた昔ばなしの事ですか?
私もうそんな年ではありませんよ。
成人した立派な大人です。
そんな私の思いを無視し、兄様は一方的に話しだしました。
「昔々、とても仲のいい家族がいました。家族は貧しいながらも助け合い、幸せに暮らしておりました」
うちみたいですね?
「ある日小さな娘は、ひょんな事から王子様に出会いました。その時王子様は娘に恋をしました。でもその時既に、王子さまは隣の国に行く事が決まっていたのです。しかしその娘に恋した王子さまは、遠く離れても、何年経とうとも、その娘に恋し続けました」
何と誠実な王子様でしょう。
「そしてとうとう、王子様の願いが神様に通じたのか、娘のいる自分の国へ帰る事が叶ったのです。ですから王子さまは自分の思いを伝えるため、娘に会いプロポーズをしたのです」
良かったわ!良かったわね王子様。
「ところが娘は、その王子様の事をすっかり忘れてしまっていたのです」
まぁなんて酷い子なの!
「それでも諦め切れない王子さまは、何とか娘に再び好きになってもらおうとしました。ところがそこに悪い姫君が登場し、王子様と結婚するのは私よと、一方的に意地悪な事を言いました」
酷い、王子様はやっと娘に会えたのに、それを何て事するのかしら。
「娘はその言葉を信じ、自分は二人にとって邪魔な存在だと思い込み、誰にも言わず遠い所に逃げる事にしました」
なんて可哀そうな娘さん。
「それを知った娘の家族は驚き悲しみ、心配した王子様は必死に娘を探しました」
可愛そう、可哀そうすぎるわ。
「ところが娘はある地で、突然の事故により命を落としてしまったのです。それを知った者たちは嘆き悲しみ、涙を落としました」
ああ、何て事なの………(涙)
「ところが死んでしまったのは娘では無かったのです。当の娘はのうのうと王子から逃げ続け、自由を謳歌していたのです」
……………。
「あの、兄様…。こんな時間ですし、私お腹もいっぱいで、とても眠くて、もう部屋に引き上げていいですか………?」
「せっかく久しぶりにお話をしてあげているのだ。最後までしっかり聞きなさい」
ですよね~。
兄様が中途半端なんてありえませんよね~。
「それから、故郷から遠く離れた地で、娘とその兄は再会しました。娘の家出の原因は、その意地悪な姫の一言であり、王子は未だに死んだとされている娘を、一途に思い続けています。さて、悪いのは一体誰でしょう?」
「……その意地悪なお姫様…ですよね?」
「違うだろうエレ。確かにそのお姫様は問題児の様だが、この悲劇を引き起こしたのは、その言葉を鵜吞みにし、事実を確かめずに勝手な事をやった娘にも、かなりの責任があると思わないか?」
はい……その通りでございます。
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