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第3章『”剣士”覚醒』編

第118話 集結する猛者、始動する悪意(前編)

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 クラベール・イシス・ノースポールの3領地は、聖アルマイト王国の西方における重要3領地である。中でも中央のクラベール領は、国内最西方のミュリヌス領から王都ユールディアへ侵攻してくる第2王子派に対しての最前線基地のようなものである。

 この重要3領地の内イシス領は、第2王女派の前に陥落してしまった。しかし王都より救援に駆けつけたコウメイ率いる第1王子派の増援部隊は、見事クラベール領の防衛を成功させて見せたのだった。

 そして、そのクラベール城塞都市戦において、ほとんどの兵糧を焼かれてしまったフェスティア部隊は、その体制を整えるため、隣接するバーグランド領まで全ての部隊を引き上げざるを得なかった。

 現在そのバーグランド領には、第2王女派本拠地であるミュリヌス領から、表向きの首魁リリライトと、それを裏で操る黒幕グスタフまでもが出てきていた。

 そんな事情から、今第2王女派の中枢が揃うバーグランド領へ、更に軍勢が終結しつつあった。

「待っていましたよ。グリムガルド翁」

 リリライト(を隠れ蓑にしているグスタフ)が、バーグランド領内で拠点としているのは、元ヒルトリア=バーグランド侯爵の屋敷である。その正門へ1小隊を率いてやってきた老人を、フェスティアは自ら出向いて恭しく頭を下げた。

「ヒヒっ、フェスティア嬢よ。随分と楽しいことに首を突っ込んでおられるようじゃなぁ」

 ヘルベルト連合国代表たるフェスティアのことを、『嬢』と呼ぶことなど、連合国内でもこの老人くらいのものであろう。

 短く評するならば、グスタフと同様の醜悪な老人である。但しグスタフと違って、顔の造形そのものはそこまで歪んでいない。禿げ上がった頭髪や、皺だらけの顔、白くなった髭などは見られるものの、それはごく普通の老化現象に過ぎない。むしろ70歳超ということを考えると、若々しく見えるとすら言っても良い。

 それなのに、どこか醜悪さを感じさせるのは、その身体の内からにじみ出る『狂気』だった。

その老人を見るだけで、普通の人間ならば全身の産毛が逆立つ程の怖気を感じるだろう。それ程までの醜悪な狂気を垂れ流しながら、グリムガルドと呼ばれた老人は、唾液を垂らしながら心底嬉しそうに、フェスティアへ向けてその醜悪な笑みを向けていた。

 女性のフェスティアよりも更に一回りほど小さな体躯――数値にすると150cm程であろう、その小さい身体をくっくと笑いながら震わせる老人グリムガルドに、フェスティアはいつもの優雅な笑みを浮かべる。

「今回の増援中では、翁のことを最も頼りにしていますよ。どうかお手を貸して下さい」

「ヒヒヒ、ヒヒ。任せておれ。この老体が連合のためになるなら、こき使うが良いだろうよ」

 その狂気が張り付いた口からは、意外にも理性的で謙遜じみたこと言葉が出てくる。そんな老人にフェスティアは、敬意を払った所作で案内する。

「旅の疲れもあることでしょう。まずは、ゆっくり休んで下さい。部屋も準備させていますわ。翁に頼みたいことは、その後にでも」

「相変わらず気が利く娘じゃのぅ。どれどれ、今回は我儘娘……いやいや、孫かのぅ? どんなおねだりをされることやら」

 フェスティアと並んで歩き、冗談を言いながら笑うグリムガルド。隣で微笑みながら歩くフェスティアと併せてその光景を見ると、確かに親娘、或いは祖父と孫に見えなくもない。

「実は、翁には北小国家群との交渉を取りまとめていただきたいと考えています。カイライ国の国王を説き伏せていただければ、より一層有利な戦況と作れます」

 そんなフェスティアの「おねだり」を聞くと、グリムガルドはそれだけで、彼女の思惑を察したようだった。先ほどと同じように、くっくっと身体を震わせて、嬉しそうに笑う。

「なるほどなるほど。数多くの猛将・英雄を擁する聖アルマイト王国――カリオス=ド=アルマイトを相手にどう戦うつもりかと思っておったが、なるほど……他国の力を借りるか」

「ファヌスに対しても、有利な条件で交渉を進めるべく工作中です。上手くいけば、旧ネルグリア帝国の反アルマイト勢力も利用出来そうです……いかがでしょうか、翁」

「ん~む」

 いつも自信満々に命じるだけのフェスティアが、こうして他人に自分の考えに対して意見を求めるというのは、それだけで稀有な光景だった。

 しかし、フェスティアもグリムガルドも、それがいつもの日常のように会話を続けている。

 老人はフェスティアの相談に、顎を撫でながら黙考していると

「あの聖アルマイトと一戦交えるには、ある意味で正攻法じゃのぅ。周辺諸国が団結して攻め入るなど、今まで誰も想像だにしなかったが……なるほど、なるほど。連合を成立させた嬢じゃからこそ、出てきた発想といったところか。上々じゃ」

 そんな満足したようなグリムガルドの様子に、フェスティアは内心でホッとため息を吐いたようだった。

 そんなフェスティアをよそに、グリムガルドは唐突に立ち止まる。そして右手に持っていた身体を支えるための杖を両手で持ち変えて、どん!と地面に立てる。

「ヒヒヒヒヒ! いいぞ、いいぞぉ! 若返るぅぅぅ! あの若くして才能に溢れ、大陸の覇者たるに相応しき器であり、将来有望な王子カリオス=ド=アルマイト……その顔が絶望に染まり、我々に命乞いをする姿を思うと……血が滾るぞぉぉぉ! ぐひひひひ! ひーっひっひっひ!」

 そうして、唐突に狂気そのものの笑みと声をあらわにすると、フェスティア以外のその場にいた兵士達が恐れおののく。

「……と、すまんすまん。老い先短いワシの、唯一の生き甲斐でのぉ。ワシよりもずっとずっと長い未来を生きる若者の未来を奪うことが……くっくっく……若い奴らには分からんじゃろうが、これがセックスなどよりも最高の快感でのぅ……ヒャーッヒャッヒャッヒャ! ヒハハハハハハ!」

 一瞬、その感情を落ち着かせたように見せたグリムガルドだったが、耐え切れなくなったように再びその狂気を発露させる。

 杖を何度も何度も床にごつごつと叩きつけるようにしながら、グリムガルドは狂気の哄笑を続ける。

身体ががくがくと震えて、吹けば飛ぶような小柄の弱弱しい老人に過ぎない――しかし周りの兵士達は、そんな老人へ、隠し切れない不快と恐怖の感情を向けていた。

そんな中、フェスティアだけは信頼を込めた視線をグリムガルドへ送っていた。

 グリムガルド=クーゲンダイヴ。

 才能を愛するフェスティアが、ゾーディアスと並んで信頼を寄せる相手が、この老人なのである。

 この年齢になってまで、グリムガルドが連合幹部に名を連ねているのは伊達ではない。その人を人と思わない残忍且つ狡猾な部分においては、おそらくフェスティアをもってしても敵わない程だろう。この尖り過ぎた性格と嗜好が邪魔をしており、トップの座に至るまではいかなったが、その実力の程は間違いないとフェスティアは確信していた。

 これからクラベール領、そしてそれ以降も王都ユールディアへの本格的な侵攻を開始する。そのために、連合本国より戦力を結集させている最中だ。これからも第2王女派の部隊規模はますます増大していくだろう。そうなれば、とてもフェスティア1人で全軍を指揮・管理することは出来ない。

そんな中でフェスティアが、自分の半身となって活躍してくれるであろう期待を寄せているのが、この老人だった。

 そしてそれとは別に、フェスティアはもう1つの期待を持って、グリムガルドをこの地に召喚したのだ。

 グリムガルドが有する最大の武器は、実は知恵や残虐さなどではない。

 それはフェスティアの倍以上もある人生で培われた“経験”である。

 その最大の武器は、フェスティアでは持ちえない強力な武器だ。そしてそれは勿論、彼女にとって宿敵となったコウメイにも、そのまま当てはまる。

 必ず倒すべき強敵コウメイを相手取るために、フェスティアが持ち駒の中から選んだ切り札が、このグリムガルドなのである。

(この老人ならば、必ずコウメイを……!)

 その残忍・狡猾・経験は、コウメイと対極にあると言ってもいいだろう。

 フェスティアが対コウメイのために呼び寄せた狂気の老人が、第2王女派に合流した。

□■□■

 フェスティアが、ヘルベルト連合から遠路はるばるやってきたグリムガルド老人を部屋へ案内するために、共にバーグランド邸の老化を歩いている時だった。

「「フェスティアさま~!」」

 どこか場違いな、明るい少女の声が2つ重なって聞こえてくると、フェスティアは足を止めた。そしてフェスティアが振り向く前に、2人の少女がフェスティアに突進するように抱き着いてきた。

「カラ、クラ。貴女達も翁と一緒だったのね」

「えへへ~、フェスティアさまだぁ。久しぶりぃ」「お爺ちゃんを守ってきたんだよ~」

 それは、外見年齢15,6程度の少女2人だった。表情や所作はそれよりも更に幼く見える。身長はフェスティアよりもやや低い程度の160cm超程で、少女の部類としては長身だろう。

 カラ、クラと呼ばれた2人の少女は、全く同じ顔をしている。見分けるのは髪型くらいのもので、ショートカットにしている方が姉のカラで、おさげにしているのが妹のクラ。

 こう見えても彼女らは、グリムガルドと同じく、王都ユールディアへの侵攻戦に際してフェスティアが召喚した双子の女戦士達である。

「私達、またフェスティアさまの役に立つよぉ~」「邪魔する敵なんて、バッタバッタ倒しちゃうんだからぁ」

 そう言って、純粋無垢な少女然とした笑顔を見せる双子――しかし、その眼は純粋無垢どころか、むしろグリムガルドと同類と思わせるような狂気を宿している。その眼は、まるで数多の血を浴びて、殺戮の悦びに興奮している狂戦士のようなギラついた眼だった。

「――敵の指揮官の周りにね、厄介な弓術士がいるの。貴女達の弓の腕には期待しているわよ」

 外見は幼い少女に見えても、やはり彼女らもフェスティアに見初められた龍の爪の将である。

この双子は、ゾーディアスと共に自らの身辺警護、そしてコウメイの側から離れずに、ずっと彼を守っていたあの赤髪の護衛騎士――プリシティア対策のために呼び寄せた人材だった。

「よ~し、クラ! 屋敷の中を探検よ!」「あ、待ってよお姉ちゃん。フェスティア様、ごめんなさ~い。また後で」

 悪戯盛りの少女のように、仲睦まじく双子はフェスティア達の前からバタバタと去って行く。

「あまりウロチョロしないでね。特に、領主の寝室には近づいてはダメよ」

「「は~い!!」」

 まるで母親のようにフェスティアは言うと、元気に駆けていく2人の姿を見送り、ふうと嘆息する。

「……」

「翁、何か?」

 無表情で黙って見つめていたグリムガルドに、フェスティアは疑問の視線を向ける。すると、かの老人にしては珍しく、どこか口ごもるようにしていた。

「ふむう……いや、ワシは政治のことはよう分からんが――」

「代表! フェスティア代表閣下!」

 そんな老人の声を遮って、次に現れたのは黒い全身鎧に身を包んだ女騎士だった。

 ガシャガシャと重厚な鎧の音を立てながら、その女騎士は美しいとすら思える程に背筋をビッと正してフェスティアの前まで歩み寄る。そして右手を心臓に当てるようにしながら、きっちり90度、決められた角度で上半身を折って、そのまま微動だに動かない。

「『尖槍』のクレマリア=ホールドリィム、只今到着致しました!」

「ご苦労様、クレマリア将軍。相変わらず予定通り迅速な行動で助かるわ。どうぞ、楽にして」

 フェスティアのその言葉を受けて、クレマリアと呼ばれた女騎士は顔を上げる。そして、まるで機械のような動きでもって、足を肩幅に開き、両手を後ろで組む。

(相変わらずね……)

 クレマリア=ホールドリィム。

 『殲滅』のオーエン、『黒風』のジャギボーンなどと並び2つ名を与えられた龍の爪の将軍である。

『尖槍』のクレマリアといえば、龍の爪を代表する将軍の1人と言っても良い程の手練れだった。

「到着早々で誠に恐縮ではありますが……このクレマリア、僭越ながら代表閣下に忠言申し上げたいことがございます。よろしいでしょうか!」

 やけに堅苦しい口調で言う女騎士に、フェスティアは内心「また、いつものか」と嘆息するのだったが、それは表には出さずに、黙って続きを促す。

「はっ! ありがとうございます!」

 よく通る大きな声で、いちいち礼儀正しく応答してくるクレマリア。ここまで堅苦しいと、いい加減煩わしいくらいである。この愚直さは彼女の美徳でもあるのだが、融通があまりに利かな過ぎるところはどうにかならないものか。

「この度、代表閣下より緊急のご通達ということで、我ら統合部隊は急ぎ聖アルマイト王国領へと馳せ参じました! しかし、本国では不可解な他国への内乱介入や、代表閣下の強引なご命令により大変混乱しており、派閥間の緊張も限界に達しておられます! 聡明な代表閣下のこと、きっと我らには遠く及ばぬ深謀遠慮をお持ちなのでしょうが、何よりも連合加盟国に住まう国民安寧のため、どうかそのご説明を賜りたく存じ上げます!」

(本当に面倒くさいわね……)

 このクレマリアと言う女性は、龍の爪などの傭兵や奴隷を主戦力とする荒くれ部隊よりも、よっぽど聖アルマイトの龍牙騎士の方が相応しい真っ正直で誠実な騎士である。だからこそ、フェスティアからすると御し難い部分があり、扱いに困る相手でもある。

 しかし、それでもクレマリアが今の立場にいるというのは、やはりそれを補って余りある才能をフェスティアに買われているためである。

 個人の武力は、女性でありながらオーエンに匹敵する程。指揮能力などは、ただ突っ込むしかないオーエンと比べるべくもない。そして何よりもクレマリアの本当の価値は、実はその呆れる程の誠実さと正義感、そして美貌なのである。

 正義、勇敢、美人。そんな人間が『尖槍』の二つ名の通り、部隊の先頭に立って敵部隊に突き刺すように突撃する姿は、それだけで味方の士気を大いに向上させる。

 部隊戦においては、オーエンやゾーディアスをも超える逸材であると、フェスティアはクレマリアのことを評価していた。

「分かっているわ、クレマリア将軍。貴女にも、そして連合加盟国にも心配を掛けてしまって申し訳ないわ。――そうね……近いうちに、『あの御方』を交えて説明をしないといけないわね」

「……?」

 『あの御方』とは、フェスティアにしては珍しい言い方をすると感じたのだろう。クレマリアは鉄面皮のような表情に、僅かに怪訝の色を滲ませる。

「はっ、ありがとうございます! それでは私の部隊は命令あるまで待機及び後続部隊の受け入れ誘導に入ります。御用の際は、いつでもお声掛け下さい!」

 そうして再び身体を90度に曲げる最敬礼をフェスティアに見せると、クレマリアはガシャガシャと鎧の音を立てて、フェスティアとグリムガルドの前から去って行った。

「ふふふ……」

 その美人騎士の後姿を見て、フェスティアは妖艶な笑みを浮かべて、唇を舌でなぞっていた。

 あの礼儀正しく正義感に溢れる女騎士が、中年の肥満男の肉棒に溺れる姿を妄想するだけで、フェスティアの身体は熱く火照るのだった。既にクレマリアをグスタフへ贄として差し出すことは、フェスティアの中で既に確定していた。

 双子の弓術士と龍の爪屈指の将軍もまた、第2王女派に合流した。

□■□■

 どうやらフェスティアが呼び寄せた諸将の内、現時点で辿り着いたのは以上のようだ。その中でも最も老齢で地位も高いグリムガルドを、フェスティアは丁寧に部屋へ案内すると、中のソファへくつろぐように促すのだった。

 本来、フェスティアが部下にここまで丁寧にして対応することなどない。それなのに、組織上部下であるはずのグリムガルドに、彼女がこうまでするのは、年齢と併せてその才能と実力に対して尊敬し、相応の価値を見出しているのに他ならなかった。

「まずは、ゆっくりとくつろいで旅の疲れを癒して下さい。後に、詳しく打ち合わせが出来ればと思います」

「うむぅ、悪くない部屋じゃのぅ。さすが嬢はワシの好みを分かっておるな」

 この老人、意外にも部屋のインテリアなどについては神経質な人間である。その気質を把握していたフェスティアは、カーテンやその他調度品1つ1つに気を配り、グリムガルド用にこの部屋を整えてあてがったのだが、その甲斐はあったようである。グリムガルドはご満悦の様子で、ソファに腰を沈めていた。

「時に、嬢」

「なんでしょうか?」

 部屋を立ち去ろうとしたフェスティアは、グリムガルドに呼び止められると、そういえば先ほど双子と会った後にクレマリアと会った前、何か言いかけられたのを思い出した。

 珍しく言いにくそうな顔をしていたのを思い出し、フェスティアは首を傾げてソファに座る老人を見返した。

「クレマリアも言っていたことじゃが、この度の龍の爪の強制招集――反代表派が相当反発しておるぞ」

「――」

 女の身で代表の座を手にしたフェスティアだったが、そんな彼女への反対勢力は連合国内に当然存在していた。その勢力は『反フェスティア派』『反代表派』などと呼ばれ、度々フェスティアの支持勢力と対立しているのだった。

「嬢が長らく不在にしておるのも宜しくない。今、本国内では反代表派が力をつけており、連合議会も有れておるわ。このままでは、ガルガンド国も反代表派に取り込まれるやもしれん」

 ガルガンド国は加盟国の中で随一の軍事力を持つ軍事国家だ。龍の爪に関しても、ガルガンド所縁の勢力が半分以上を占めており、連合国の軍事力の中核を成す国家である。かくいうグリムガルドもガルガンド国の人間である。

 そして、それ以外にフェスティアの側にいるガルガンド国の人間といえば――

「そういえば、アストリアお嬢様はどこかの? 確か、嬢に付いていったと聞いたが……?」

「――存じ上げません」

 そんなグリムガルドの疑問に、フェスティアは断じるように即答した。その表情は無表情で、瞳にもフェスティア自身の意志は感じられない。焦点が合わない死人のような目で、しかしその言葉は強かった。

自分の前で、今まで決して見せなかったその一方的な態度に、さすがのグリムガルドも目を剥く。

「翁、教えて下さりありがとうございます。ユールディアへ侵攻する前に、本国への対処も必要ですね。――大丈夫です、私に任せて下さい。いつも通り、逆らう連中は容赦なく排除致しますので」

 そう言うフェスティアは、もう無表情ではなくなり、にっこりとした笑みを浮かべていた。その美貌と相反した物騒な言葉も、いつも通りのフェスティアである。

 しかしグリムガルドは、いつも通りであるはずのそのフェスティアの所作にも、拭いきれない違和感を抱く。

「では、しばらくごゆっくりお休みください、翁。また夕刻にでもお伺いいたします」

 柔らかい笑みを浮かべながらそう言って部屋を出ていくフェスティア。

 ――アストリアは、ガルガンド国大臣の令嬢だ。その国の臣下であるグリムガルドにとって、その所在は決してうやむやのままにしていいものではない。

 しかし、アストリアの話題を口にした瞬間のフェスティアの顔を思い出すと、グリムガルドは、フェスティアの背中に向かってそれ以上の言葉を掛けることは出来なかった。

□■□■

(……イラつくわね)

 グリムガルドの部屋を出たフェスティアは、自分でも理解不能な苛立ちに胸を支配されていた。

 特に、あの老人に無礼な言動があったというわけでもない。むしろ本国の状況を伝えてくれて、貴重な情報をくれて感謝しているくらいだ。それなのに、この怒りが収まらないのは何故なのだろうか。説明不能の怒りの感情が胸に渦巻いていた。

(たかだかペットの……タマのことなど、どうでもいいでしょうに……っ!)

 今はどこで何をしているのか分からない、かつての妹分。聞いた話では、文字通りグスタフのペットとなっているようだが、フェスティアはもはや“タマ”には興味が無かった。

とはいえ、タマは連合加盟国の中でも重要な国の大臣の娘。その大臣に溺愛されていたタマの存在は、今でも政治的な意味では重要な存在だと認めざるを得ない。

 満足な才能も実力もなく周りをウロチョロしている鬱陶しいだけの存在が、ペットに成り下がった今も余計な手を煩わせる――フェスティアの怒りは、そういうことなのだろうか。

「面倒臭いわね……いっそのこと、ガルガンドを切れると楽なのだけど」

 このままグスタフの「異能」で第1王子派の戦力を取り込んでいき、新白薔薇騎士団を大きくしていくことが出来れば、龍の爪に頼る部分も少なく出来るだろう。それならば、いっそのことガルガンド国は、反代表派に回られる前に滅ぼした方が賢い選択かもしれない。

(悪くないわね……)

 頭の中で様々なパターンを想定し、フェスティアはそれを今後の選択肢の1つとすることにした。

 ――と、彼女が1人黙考していると。

「ママぁ~!」

 甘く、蕩けるような声が廊下の奥から聞こえてくる。

 その声に、フェスティアはビクっと反応すると、顔を真っ赤にしてそちらの方へ視線を向ける。すると廊下の向こうからツカツカと歩いてきたのは、異形の少女。

 藍色の髪に、2本の角が生えており、背中からは蝙蝠のような黒い羽根を生やしており、その瞳は禍々しさの象徴である紅――

 ステラが従える淫魔部隊の中の、3姉妹と言われるうちの1人、淫魔レディだった。

「お腹空いちゃったよぉ。また、ママの精気お腹いっぱい食べたいな♪」

 紅い瞳を光らせて、物欲しそうに指をしゃぶるレディ。

フェスティアはその魅惑的な瞳に吸い込まれるように、フラフラとレディに近づく。そして彼女の側で、ツゥーと唾液を垂らしながら、蕩けた表情になり

「いいわよ。たくさん食べてさせてあげる……ふふふ、私の可愛い娘……」
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