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第一章 神霊の森

第20話 森の主

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「ほっ! はっ! たぁっ!」

 適度な長さの棒を構えて剣の型をなぞるようにして素振りを続ける。栄養失調状態が回復してからは日課で続けている剣術の訓練だ。
 どういう型だったか思い出しながら続けているけど、これで合っているのかだんだんと自信がなくなってきている。だからといってしない選択肢はないのだ。そんなことをすれば衰えていくだけなのだから。

「くあー、やっぱりスノウには勝てないや」

 体力づくりのためにスノウとも森の中を追いかけっこしたりする。森に住むホワイトキングタイガーだけあって、枝から枝へと飛び移ったりもするスノウに勝てないのはわかっている。真似しようとして枝から落ちたのはいい思い出だ。

『ようやく見られるようになってきたな。もやし男は卒業だな』

 どこかの球体が偉そうに言ってるけど、最近じゃキースの言動にも慣れてきた。

「そりゃよかった」

 自分の腕を観察してみると、細かった腕が確かにそれなりに見られるようになっている気がする。陽が射さないはずの森の中だけど、ちょっと日焼けしたようにも思う。
 そして気が付けばこんなステータスになっていた。

 =====
 ステータス:
  名前:アイリス
  種族:人族
  年齢:3
  性別:男
  状態:正常
  レベル:2
  HP:39/39
  SP:135/135
  MP:145/145

 物理スキル:
  剣術(2) 短剣術(1) 投擲術(1)
  槍術(1) 斧術(1) 格闘術(1)
  双剣術(1) 双短剣術(1) 棒術(1)
  杖術(1)
 魔術スキル:
  地(1) 水(1) 火(1) 風(1)
  光(1) 闇(1) 無(1) 精霊(1)
 補助スキル:
  料理(1) 採集(1)
 =====

 しっかりと神の声ももちろん聞こえていたが、あれから補助スキルの採集も増えていた。ここ最近はスキルも増えなくなっているけど、次の目標は精霊魔術を使えるようになることだ。

「ふぅ……」

 地面に胡坐をかくと目を閉じて精神を集中させる。
 お腹のあたりにある温かい魔力を循環させるのだ。今だとこの魔力の移動は胸元まで動かせるようになってきた。循環も体の中心部分だけだけど、ゆっくりと回せるようになったんじゃないだろうか。

 ――ふと

 気が付けば周囲から動物の鳴き声がしなくなっていた。
 目を開けるといつもの森の風景が視界に映るだけで、特に変化は見られない。
 シュネーとスノウは頭上に視線を固定させているが、茂る木の葉が見えるだけだ。太陽の光は葉で遮られており、地面まで届かない。

「……」

 得も言われぬ緊張感が高まっていき、声が発せない。
 キースも球体を点滅させるだけで沈黙したままだ。
 心臓の鼓動が早くなっているのが自分でもわかる。この場に何かが近づいているんだろうか。

 しばらくすると風切り音が聞こえてきた。やっぱり何かが近づいてくるみたいだ。だけどこの緊張感がすごい。心なしか体が震えてきてるきがする。いや気のせいじゃないな……、すごく震えている。怖い。
 何もないのに威圧感だけ感じる。何がどうなってるのかわからないのがとても恐ろしい。

「――ッ!?」

 陽の届かないはずの周辺が陰った。
 ほんの一秒にも満たない時間だったと思うが、何十秒にも感じられたように思う。

『……行ったか』

 最初に沈黙を破ったキースが大きく息をつく。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 私も忘れていた呼吸を再開すると、地面に両手をついて呼吸を整える。
 シュネーとスノウは何事もなかったかのように普段通りに戻っている。気が付けば動物の鳴き声も少しずつ戻っているようだ。

「なんだったの……」

『恐らくだが……、古代エンシェントドラゴンだろうな』

「えっ?」

 キースの言葉に半ば思考が停止する。
 聞こえた名称が間違いでなければ、この世界に存在する伝説のひとつではなかろうか。というか古代文明の時代にあったキースからも古代エンシェントが用いられるって、相当古くから生きている竜ということか。

「おそらくって……」

『ここからでは見えなかったからな』

「ああ」

 そりゃそうだ。基本的にこの森の中からは空は見えない。
 むしろ見えなくて助かったと思う。相手の視界に入る場所だったらと思うとぞっとする。目が合っただけで死んでしまいそうだ。

「すごかったのねん」

 ひょっこりと現れたかえでがくるりと一回転しながら現れた。

「かえではさっきの空をとんでたやつって知ってる?」

「知ってるのねん。この森の主様なのねん」

「あるじさま……」

『ふむ。この森を住処にしているのか』

「数十年に一度ある大移動なのねん。どうして移動しているのかは知らないけどねん」

 移動するだけであの存在感をまき散らすとははた迷惑な。すごく生きた心地がしなかったんだけど……。

『もうこちらには来ないのだな』

「次の移動も数十年後のはずなのねん」

『そうか』

 それだけ確認するとキースが静かになる。ちらりとこっちを見た気がしたけど、そういえばキースは常に全周囲が見えてるらしいからやっぱり気のせいか。

「はぁ……、ひとまずは安心なのかな」

「うふふ、大丈夫なのねん」

 かえでは念を押すように告げると、相変わらず私の肩に座ってピッタリとくっついてくる。
 かえでもこう言ってることだし、きっと大丈夫なんだろう。ちょっと不安は残るけど気にしてもしょうがない。

「じゃあとにかく、あたしは精霊魔術を使えるようにがんばるよ」

 まだドキドキしている心を落ち着けるように、魔力循環の作業を集中的に行うのであった。
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