24 / 30
二十四刑
しおりを挟む——『ラウラちゃん』
「ギリギリまで、言うか迷っていたの。貴女、ラウラちゃんでしょ? オスカー様の……アルノルト侯爵家のご令嬢」
誤魔化すとか、シラを切るとか、そんな事さえも頭に浮かばなかった。ただただ、数年ぶりに呼ばれた真名に驚きを隠せず、私は反応して振り返ってしまった。
振り向くと私の背後では、ヴァージットが片膝をつき深々と頭を下げていた。
「ここで合間見えた事に、感謝と祝福を申し上げます」
・
・
・
「昔、一度だけ刑務所に見学しに来たでしょ? 小さくて覚えていないだろうけど、あたしその時に貴女の事を見ているのよ。でも、それはほとんど理由にはならないわ。一番の理由はやっぱり、貴女がオスカー様に似ていたから」
何を話されようとこの時ばかりは焦りが募って、ヴァージットの昔話を聞く気にも、出されたお茶を飲む気にもなれなかった。
完全に盲点だった。ヴァージットが父様の補佐官を務めていた事に気付いていたのに、この数年、誰にも気付かれなかったからと油断してしまった。まさかたった一度見ただけで私の正体がバレるなんて……。
「一眼見てすぐに分かったわ。オスカー様にはご子息が居なかったから、状況を把握する事に時間がかかったけれど」
もうこの状況は、少人数授業の選択どころじゃないわ。司法クラスに入れるかどうか……それ以前に学園にも、公爵家にも残れるかどうかの問題よ。どうにかしてヴァージットを口封じしないと……!
「公爵家の養女となったとは聞いていたけれど、数年前から部屋から出て来ないし、一部では実は死んでいるのではと噂されていて心配していたの。そんな姿をしていたら見つからないはずだわ。何故男装を?」
「義妹のリアが第二皇子と婚約する為に、私が女では都合が悪かったの。だからアルノルト公爵の協力の下、男装をし続けていたのですわ。私としては、父母が亡くなった以上、生きていられるだけでも御の字でしたから。性別に強い拘りはありませんでしたの」
「あの公爵らしいわね。でも、それだけではないでしょ。ひょっとしてアルノルト侯爵家を再興も目論んでいたりして」
この人の勘は鋭い。
父様の指導を受けていただけあって、彼自身、残り二人の指導員と着眼点が全くの別物。ただ死刑執行人の試験対策をするのではなく、死刑執行人として必要な素質を根本から学ぶことが出来ると思ったから、私は彼の指導を受けようと決めたのに。まさかその判断が仇になるなんて……。
私が話さずとも、彼は推測だけで全て当ててしまう。否定して言い訳を並べたところで、逆に怪しまれるだけだわ。
「……私の事を学園に話すおつもり?」
私の質問に、ヴァージットは静かに微笑んだ。
「何故、歴代執行人が男性だけだったのか分かる?」
「男尊女卑と、体力の問題だからでは?」
「子どもが産めなくなるリスクが高まるからよ」
聞けば、その理由の一つに、執行中の過度なストレスにより不妊になる可能性が高まるという研究論文が浮上している事。さらに別の理由では、生命を生み出すべき女体で殺生をするのは神への冒涜だという神聖論の批判などから、女性は死刑執行人の候補から除外されるらしい。
「問題はそれだけじゃないわ。
例え貴方がオスカー様のご息女でなかったとしても、あたしのクラスを選んだ以上、女である事は伏せておくけど、それ以上の授業の配慮はないわ。
となると、それだけ女だとバレるリスクは高まる。もしバレるような事があった場合、貴方ならもう自分だけの事では済まないでしょ?
何よりイノちゃんとロイちゃんを裏切る形になる覚悟はあるの?」
——『自分がこのまま死刑執行人を目指し続けても良いものなのか』
あの時、ハイノに聞かれた言葉が今、私に跳ね返ってきたような気がした。
私は、誰にも迷惑をかけていないようにしてきたつもりだったけれど、それは今だけの話で、失う物をすでに持っている事に気付いていなかった。
あの二人は、私が女だと知ったらどう思うだろう……。毎朝私の体力作りに付き合ってくれて、授業見学だって私の融通をわざわざ聞いてくれて……何より私がオスカー・アルノルトの実子だと知れば、二人はどういう目で見るだろう。
少なくとも、それでもライバルだと言ってもらえる自信は、私にはない。
『だから聞きたい! ラルフに追いつくために!』
『俺の事はロイと呼べ、ラルフ!』
昨日悩んでいた事が馬鹿みたいだ。
『気合だけで乗り越えようとしていないか』?
私はなにを馬鹿な事で悩んでいたのだろう。気合ででも乗り越えなければ、後戻りが出来ないところまでとっくに足を踏み込んでいた。このまま進んでいかなければ、私はあの二人を裏切る事になる。
嘘をついている私を信頼し、初めてあった日から今日まで共に努力してくれた二人の恩を仇で返す事になる……アルノルト侯爵令嬢として、それだけはあってはならない!
「望むところよ。殺す気で私を指導しなさい」
0
あなたにおすすめの小説
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のない、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····
藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」
……これは一体、どういう事でしょう?
いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。
ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した……
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全6話で完結になります。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
9時から5時まで悪役令嬢
西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」
婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。
ならば私は願い通りに動くのをやめよう。
学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで
昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。
さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。
どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。
卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ?
なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか?
嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。
今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。
冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。
☆別サイトにも掲載しています。
※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。
これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。
「やはり鍛えることは、大切だな」
イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」
その日、一つのお見合いがあった。
ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。
クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。
そして互いに挨拶を交わすその場にて。
ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。
けれども……――。
「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる