ずっとずっと前から、僕が先に好きだった~元カレに浮気された私を拾ったのは、束縛ヤンデレ化した幼馴染社長でした~

小達出みかん

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証拠って?

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 次の日、出社したら即座に三輪が絡んできた。

「せんぱーい、昨日お休みでしたね? どうかしたんですかぁ」

 詩音はマスクを指さした。

「ちょっと、軽い夏風邪で」

 三輪は大げさに顔をしかめた。

「わぁ大変。お大事にしてくださいねぇ」

 うんうん、と適当に答えながら、えへん、と詩音は咳払いした。
 まだちょっと、声がかすれているのだ。

「大丈夫。それよりこの案件、どうなってる?」

「えーっとぉ……先輩が昨日いらっしゃらなかったので、一日止まっちゃっててぇ」

 さらにパソコンを開いて、詩音はため息をつきたくなった。
 メールも、確認書類もどっさり。
 たかが一日休んだだけだが、仕事が溜まっている。

(これは定時は無理かもな……そうちゃんに連絡しておこう)

 昨日、蒼汰との話し合いの結果、しばらく会社への送り迎えをしてもらうことになったのだ。
 気おくれはあるが、蒼汰の言うことにも一理あるので、ストーカーのほとぼりが冷めるまで…という条件で、詩音は承知した。

(毎日蒼汰と行き帰りしてるのがわかれば、亮もあきらめるでしょ)

 詩音は業務の間に、スマホで蒼汰に連絡を入れた。すぐに返信が帰ってきた。

『わかった! しーちゃんが帰れそうな時間に迎えにいくね』

 悪いな、と思いながら詩音はスマホをしまった。





(あ~~疲れた! 今日は定時で帰ろうっと)

 時計が5時を差した瞬間、三輪は椅子から立ち上がった。

「お疲れ様でぇす♪」

 だって昨日は、いなかった佐倉の分まで仕事をしたのだ。定時に帰って当たり前だろう。

「先輩、失礼しますぅ」

 先輩はパソコンからちら、と目を上げて挨拶をした。

「お疲れ様」

 そしてすぐに、作業に戻る。
 ふふふと笑いたい気持ちを抑えて、三輪はオフィスルームをあとにした。

(先輩、社長っぽい人に、今日の帰りの時間を連絡してた!)

 ということは、先回りして三輪が外で待っていれば、詩音より先に社長に会える確率が高くなる。

(先輩は今日、相当残業するはずだから……チャンスありあり♪)

 きっとあの社長は、時間に律儀なタイプ。余裕をもって迎えにくるはずだ。

(そしたらその分、社長と二人きりの時間が増えるってわけ)

 るんるんスキップしたい勢いで、三輪はオフィスのエントランスを出た。
 すると――路肩にすでに、黒塗りのハイヤーが停まって、あの社長がわきに立っていた。

(え!定時ぴったりなのに!) 

 やったぁ♪ と思いながら、三輪は彼に近づいていった。

「お久しぶりです、鹿野社長」

 すると彼は、三輪を認めた。

「ああ、お疲れ様です」

 そして、持っていたスマホに目線を落とした彼に、三輪はにじりよった。

「佐倉先輩は、まだお仕事みたいですよ~?」

「そのようですね」

 目線を上げない彼に、なおも三輪は迫った。

「でも、ちょうどよかったですぅ」

「何がですか?」

 三輪はここぞとばかりに蒼汰をじっと見上げた。

「実は鹿野社長に、大事なお話があるんです。少しでいいので、お時間もらえますかぁ……?」







「ふ~~ん。久々に、残業?」

 ふいに後ろから声をかけられて、詩音はびくりと振り向いた。

「な、何の用」

 亮は遠慮なしに、詩音の椅子の背もたれに手をついて、横から顔を近づけた。

「ちょ、ちょっと」

「何、風邪? 声がおかしい」

 詩音はちらりと周りを見まわした。
 まずい、みんな帰ってしまって誰もいない。
 詩音は腹をくくった。

「……そう、で、また同じ要件なの?」 

 きっぱり断ってやる。そう息巻く詩音に、亮は聞いた。

「……お前、あの社長ともう寝てるんだよな?」

 あまりに一線を越えた質問に、詩音は思い切り冷たい目をした。

「そういう質問には答える義務ないんで。ていうか、立派なセクハラですよ」

 すると亮は笑い出した。

「はははは! 何がセクハラだよ! この間まで付き合ってただろうが!」

 詩音は立ち上がって逃げようとした――が、手首を強くつかまれる。

「社長の女になったからって、ずいぶん高飛車になったじゃないか」

「――離して!」

 しかし亮は聞かず、詩音の片手をひねって、壁へと押し付けた。

「っ! やめてよ!」

 亮は詩音に顔を近づけた。

「心配なんだよ――詩音。前も言ったろ。お前、あの社長にだまされてるんだって」

 詩音はキッと亮を見上げた。

「亮になにがわかるっていうのよ」

 すると亮は訳知り顔で首を振った。

「あんな男が、お前ひとりを本命の彼女にするわけないだろ。利用されてるんだよ、お前は」 

 詩音はため息をついた。
 もしそうなら、詩音は昨日休んでないし、声もかすれていないはずだ。
 まったく、的外れな推測はやめてほしい。

「あくまで社長が悪人だって言い張るのね。証拠もないくせに」

 すると亮の眉がぴくりと動いた。

「それが、あるんだな」

「え?」

 詩音が虚を突かれた顔をすると、亮はドヤ顔で詩音にさらに顔を近づけてきた。

「あいつは信用できる男じゃない。その証拠をこれから見せてやるよ」

「どういうこと」

「策を張り巡らせて、わざわざ詩音を落として利用したんだから――他に利用価値のありそうな女が来れば、そっちに簡単に鞍替えされるって事」

「……は?」

 亮は何を言っているんだろう。そう思った時、バタンとオフィスのドアが開いた。

「笠原! 何をしているんだっ」

 入ってきたのは、鈴木部長だった。

「ぶ、部長⁉」

 驚く笠原を引きはがして、詩音はやっと壁際から解放された。

「佐倉、大丈夫か」

 ――なんで部長が来てくれたかわからないが、助かった。
 詩音はほっとして、彼にうなずいた。

「は、はい、大丈夫です……」

 するとひょこ、と田中が課長の後ろから顔を出して、さりげなく佐倉と亮の間に立った。

「部長、どうしますか、この件」

 課長は笠原をつかんだまま、憤った。

「もちろん上に通告する、笠原、君にはしかるべき処罰があるだろう」

「ち、ちがうんです部長、これは誤解で……」 

「何が違うんだ。君には再三通告したはずだ。もう佐倉にかかわるなと。君のしていることは立派な犯罪だ。警察に通報しないだけ、ありがたく思ってほしい」

 田中がさりげなく、佐倉を出口に誘導する。

「部長に任せて、佐倉さんはもう帰りましょう」

 詩音は田中を見上げた。無駄な残業を嫌う彼もなぜ、ここにいるんだろう?

「あ、あの、田中君、ごめんなさいね。助けてもらって……」

「や、ちょうど帰ろうとしたところ、部長に声かけられて。佐倉さんが危ないかもしれないから手を貸せって」

「え? なんで部長が、そんな事知って……?」

 詩音が聞き返すと、田中は肩をすくめた。彼も詳しいことはわからないらしい。
 状況はいまいちよくわからないが、詩音と田中がオフィスルームを出ようとした、その時。

「待てよ詩音っ!」

 笠原が部長を振り払って、詩音の前に立ちふさがった。

「何」

「見たくないのか……証拠!」
 
 そう言われて、詩音は眉を吊り上げた。
 いったい亮は、何のつもりでこんな事を言っているんだろう。

「証拠って何? どこに持ってるわけ?」

 あるとすれば、蒼汰が他の女の子とよろしくやってる写真、とかだろうか。
 しかし亮はすたすた歩きだした。

「こっち、ついて来いよ。あ――大丈夫ですよ、もう詩音に触れたりしませんから」

 部長に向けて、亮は調子よく言ったが――部長は渋い顔をした。

「証拠って何のことだ」

 詩音が答えた。

「なんか、鹿野社長について何か見せたいものがあるみたいで」

 部長はふうと息をついた。無駄なことを、と言いたげな顔だった。が。

「なら我々も同行する」

「かまいません」

 部長と詩音、そして田中まで引き連れて――亮は普段使われていない会議室の前で足を止めた。

「しーっ、静かに。耳を澄ませてください」

 亮がほんのすこし、会議室の扉を開ける。

(あっ、そうちゃんと……三輪さん?)

 詩音が目を丸くすると、亮は皆に説明した。

「ほら――あの社長は、佐倉さんと付き合っていると言っておきながら、ウチの他の女子社員とも、こうやって密会を」

「ただ話してるだけじゃないか?」

 いぶかる部長に、田中がつぶやく。

「でも、時間外に、誰も来ない会議室なんて、少し怪しいですね。一体どんな話をしているんだか」

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