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本編

2・天使をレンタル

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残業でボロボロの体、せめて恥ずかしくないようにと、お風呂あがりにパックだけはしておいた。
ああ、でも服がない。
季節が移ろうというのに、衣替えも出来ていない。
休日の私は生きる屍なのだ。
服を買いに行く気力も、掃除をする余力もない。寝て起きてご飯を食べて寝る。
それしか出来ない屍が、天使に会いに行ったら、浄化されて昇天するのでは?
でも、会いたい。
あの時のお礼を言いたい。
あわよくば、またレンタルさせてもらいたい…みたいなこと思ったりなんかしたりして。
一番まともそうなシャツとスカートを何枚か引っ張り出してきて、組み合わせてみる。
「ダサくもないけど、オシャレでもない。」
いや、シンプルイズベスト。
せめて、髪の毛だけでも…あれ?最後に美容室に行ったのいつだっけ?
覚えている限り、一年は行ってない。
うん、そんな余裕なかったんだ。
いつも疲れていて、ベッドから起き上がる元気もない。休日に出かけないから服もない。
友達に会うのもたまにあるかないかだし、いつも一人。
働いて働いて働いて、私は何のために働いてんの?
楽しいことも、自分の好きなこともやらず、見つからず、ただ疲労を回復するだけの毎日。
生きる為だけに、仕方なく働いてる。
そう気づいたら、足の力が抜けて、床に座り込んだ。
「なにやってるんだろう、私。」
10代の頃は夢で溢れてた気がする。思い出せないけど。
今は?
27歳、馬車馬のように働いて、食べて寝るだけ。
馬はいいじゃん、見た目かっこいいし、癒し効果があるし、役に立ってるし。
私は見た目も微妙、役にも立ってない、癒し効果なんてこっちが欲しい!馬以下だよ!
天使に会う為の服を選んでいたはずだったのに…どうしてこうなった…
どんよりした気持ちのまま、なんとか服を選んで、簡単ヘアアレンジ動画を探して、少し練習しておいた。
明日、遅刻しないように早く寝よう…
いつも疲れてるから、眠るのだけは得意なんだ。



午後2時、お散歩3時間コース、手繋ぎオプション付き。
待ち合わせ場所へ15分前に着く。
不快に思われないように、お手洗いで何度も見た目を確認して思った。
初対面が一番不快だったのでは?
今、一番身綺麗だから、もしかして私って気づかれないかも。
それは、それで良いような。
いや、でもちゃんとお礼が言いたい。
あの親切がどれだけ荒れていた私の心を癒してくれたのか。今日まで私の心をふわふわと幸せにしていてくれたか。後者は言わなくても良いけど。
そわそわ、ドキドキ、心臓がうるさいなんて現象、これもいつぶり?
大学生時代に付き合ってた元彼…以来なのでは?
待って、私それからずっと馬車馬?!落ち込むわ…
スマホがブルブルと震える。
「もしもし?」
「あ、もしもし。もしかして、もう着いてますか?」
あの日と同じ、少し鼻にかかった声と柔らかい喋り方。
「はっ、はい!おりますっ!」
「あ、見つけた気がする。」
駅の方角を見れば、レンタル天使がこちらに歩いて来ていた。
手を挙げて、私を見て微笑んでいる。
すごい…周りの景色が輝いて見えるよ…
スマホを顔から離して、私にお辞儀をする。
「こんにちは、ジョージです。ヒリカさんですか。」
「はっ、はい!ヒリカです。今日は、よろしくお願いします。」
着信を切って、お尻のポケットにスマホを仕舞い、手を伸ばしてくる。
「じゃあ、行きましょうか。」
ゴクリと息を飲み、その手を取る。
なんて…スマートでカッコいいんだろう。手慣れてる…!
きっと、私みたいなレンタル客がたくさんいるんだろうな。
「ヒリカさんは、どこか行きたい場所がありますか。」
「あっその…少し先にある公園に。」
「いいですね、あそこ動物園あるんですよね。行ったことないんですけど。」
ははっと笑って私を見る。
くっっそイケメン…溶けて消えそう。
「私も、行ったことなくて。」
「じゃあ、お互い初めてだ!楽しみですね。」
賑わう人混みを掻き分けて歩く。
手を繋いで、さりげなく人にぶつからないよう庇ってくれながら。
本物だ…あの日と同じ人だ。
緊張し過ぎて手汗がやばいんだけど、不快じゃないだろうか。除菌ウェットティッシュで拭き取りたい。でも、逆に不快に思われるかも…!
「大丈夫ですか?人混み苦手だったりする?」
「はっ、いえ!あのっ…私…手汗がすごくて不快じゃないかと…」
「全然!俺も手汗かくから、嫌だったら言ってください。」
それはない!
ブンブン首を振って否定する。
「ほら、見えてきましたよ、公園。このまま歩きましょうか。」
「はい。」
中に入ると、新緑が美しく爽やかな空気が流れている。
池の周りを走っているランナー、楽しそうにしている家族、腕を組んで歩くカップル。
私も、手を繋いで歩いているから、3時間だけ恋人気分だ。
「いい天気で良かったです。散歩にぴったりで。」
私より20センチくらい背が高いから、少しだけ屈んで顔を見てくれる。
後光が差して羽が見えるようだよ。
「そうですね、ちょうど良くて気持ちいいです。」
「あ、スワンボート。乗ったことありますか?」
「ないです。あんまりこういう場所に来たことがなくて。」
寂しい人間ですみません。
「俺ね、学生時代に男友達と乗ったんです。あれ、思ったより疲れるんですよ。漕いだ後、腹減って牛丼を食べに行きました。」
「か、可愛い!」
想像しただけで可愛い…!
「…そうですか?アホみたいだなって思ってるんですけど。」
「すごく可愛いです。」
「ハハッ、笑ってもらえて良かった。」
緊張で、顔が強張ってたかな。
ドキドキしてる…
仕事だから優しいんだろうけど、私は雨の日の私的な彼を見ているから、振りや嘘だとは思わない。
「あの…」
「何ですか?」
眼差しまで優しい。
「大雨の夜、親切にしてくださって、ありがとうございました。」
「…やっぱり、あの時のお姉さんですよね。無事に帰れましたか。」
分かった上で聞かないでいてくれたのか。
「家が遠いので、着いた頃には止んでました。タオルをいただき、本当にありがとうございました。」
「いえ、良かったです。」
「それで、これ…お返しです。良かったら。」
持ってきた小さな紙袋を渡す。
「えっ、良いのに。タオル、もらいものだし、押し付けちゃったようなものですし。」
「いえ、これは…私の気持ちなんです。あの日は辛くて、雨に降られて、最悪な気分だったんですけど、ジョージさんのお陰で明るい気持ちになれたんです。だから、そのお礼なんです。」
ふわっと笑って紙袋を受け取る。
「…そうですか。じゃあ、いただきます。中身、聞いてもいいですか。」
「変わり種アラレです。チョコレートの方がいいかなーとか思ったんですけど、溶けちゃうと困るし。」
「わ、やったあ。帰ったら、ツマミにして一杯やります。」
ジョージさん、お家でお酒飲む人なんだ。プライベートが知れて嬉しい。
「良かったです。」
「もしかして…今日はこの為に?」
片眉だけ上げて、いたずらっぽく笑う。
「あっ…はい、いや、違うんです、えっと…」
これ肯定したらストーカーだと思われない?似たようなもんだけど。
答えに迷っていると、ジョージさんが指した先にベンチがあった。
「ちょっと、座りましょっか。」
ベンチの上に、ポケットから取り出した布を敷いてくれた。
「こんなことされたの、初めて。」
「ははっ、服が汚れたら悲しいでしょ。手ぬぐいでごめんね。」
そして、離した手をまた差し出してくれる。
これで好きにならない女、いる?
ホストみたいに貢がれちゃったりしてない?
手を繋いだまま並んでベンチに座ってる。
「あの…本当にたまたま、友達がイケメンをレンタルしたいってサイトを見てて、そしたらそこにジョージさんがいて…それで、お礼が言いたくて。」
でも、お散歩3時間コース手繋ぎオプション付きを頼んでる時点で、気持ち悪いよね。
話している間、ずっと私の顔を覗き込んで、ニコニコと笑っている。
「すごい、よく見つけましたね。俺、自分で言うのもなんですけど、結構レアキャラで、申し込みフォームがある時とない時があるんですよ。」
「そうなんですか。」
「スケジュールが空いてる時だけ、申し込みフォームを表示してるから、本当、今日はたまたま空いてたんです。」
繋いだ手をぎゅっと握って、持ち上げられた。
「俺たち、タイミング合いますね。」
こんなの、無理でしょ。
頭の中で、白い鳥が飛び、花が舞い、ピンクのリボンが降っていた。

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