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2章
21・守って貞操!
しおりを挟む優雅に、回る、回る、回る。ステップを踏んで、くるくると。
「踊るあなたは、美しい。その柔らかな髪が舞うと、豊かに花開くようだ。」
身も凍るような褒め言葉の羅列に、ジャスミンの心は冷え切っていく。
この男は今まで、歯の浮くようなセリフを武器に、数々の令嬢と宵闇に消えていったのだろうか。確かに、プルメリアの言う通り、キレイな顔をしているけれど、それだけだ。
本当の恋に落ちたら、この軽薄な男も変わるのだろうか。
だからと言って、自分の貞操をくれてやることはしない。
プルメリアは、どうしているだろうか。踊っているジャスミンを見て喜んでいるのか、踊れない自分を悲しんでいるのか。
そろそろ、演奏が終わる。
子ども達と遊んでいるおかげか、一曲踊ったくらいでは疲れない。これなら、走って逃げることも可能だ。
最後にピアノの音が止み、踊り終わった人々が退場し始める。
「ジャスミン様、ありがとうございました。とても素敵な時間でした。踊って疲れたでしょう、少し休みましょうか。」
ニコリと笑って、踊った時のまま手の位置を変えずに、腰を抱いて歩き出す。こちらに選択肢を与えるように見えて、実は強制的に移動させているこの手腕。夢見がちな十代だったらイチコロだろう。
「あの…お恥ずかしいのですが、お花を摘みに行きたいんですの。ですから…ね?」
全然恥ずかしくないけれど、恥じらっておく。早くこの場から去りたい一心だ。
「…本当に?」
なぜか目を輝かせて、オスマンが聞き返す。
「え、ええ…本当ですわ。」
「では、喜んでお供いたしましょう。」
「は?」
振りほどけない程ガッシリと腰をホールドされ、広間を出て中庭へ入る。
ジャスミンの頭の中は混乱していた。
なぜ、お手洗いに行きたい旨を伝えたのに、手を離してくれないのか。そして、腰に回った手が、ゆるゆると体を撫でてくる。意味が分からない。そして嫌悪感。
母も、お手洗いに行く時は花を摘みに行くと言っていたから、間違ってはいないはずだ。
「あのっ、どこへ行かれるんですの?こちらでは、お花が摘めないはずですが。」
「ふふふ、恥じらう姿も素敵ですよ。大丈夫、安心してください。お手伝いいたします。」
何を言っているのか分からない。
自分の言っている言葉と、相手の受け取った言葉の意味が、絶対に合致していない。
ジャスミンは戦々恐々としていた。
「あの、実は侍女を待たせているので、早く行かないと!」
「えっ、侍女の方もですか。何人ほど…?」
「一人ですけど…」
「三人ですか。ジャスミン様、見かけによらず大胆なんですね。ドキドキしちゃうなあ。」
「一人です!」
ニコニコと笑って、まあまあと制される。
ダメだ、話が通じない。恥なんてどうでもいい、早くこの場から逃げなくては。
「あの、本当に…早く行かないと間に合わなくなるので、ごめんなさい!」
抱かれた腕の中で勢いよく体を回転させ、思わず緩んだ隙をついて抜ける。これは、追いかけっこをしている時、子ども達が逃げる為にやる技だ。
そのまま振り切る為に王宮へ向かって走り出す。
「あははっ、僕を試してるの?可愛いなあ。」
後ろから追いかけてくる足音が聞こえる。騎士とドレスを着た貴族令嬢じゃ、勝負は見えている。
怖い、怖すぎる…ジャスミンは恐怖で震えながら必死で走った。
「もう、間に合わないのでー!ごめんなさいー!」
「いいですよ、そのまま漏らしても!」
ーマジで何を言ってるのか理解できない。怖い。
後ろからついてくる足音は軽快で、付かず離れずを楽しんでいるようだ。
走りづらいヒール、丈の長いドレス、恐怖でまごつく足。
誰か、助けて。
脳裏に浮かんだのは、優しい瞳。
「アレクー!助けて、アレクー!」
目尻から涙が溢れて、止まらない。怖い、嫌だ、助けて。
生垣の終わりに植えられた大きな木を曲がったところで、強い衝撃に体がよろめいた。
「大丈夫ですか?」
咄嗟に抱きとめられ、体が地面に着くことはなかった。
「ありがとうございます。」
良かった、人が来た。ほっとしたジャスミンが顔を上げると、そこには先程まで助けを求めて名前を叫んでいた相手がいた。
「ジャズ…?」
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