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6章
62・幸福の手紙
しおりを挟む大規模な演習が、北部の領地で行われることになった。これはもちろん、騎士たちのスキルアップや兵力の向上を目指したものだが、隣国への牽制でもある。
この演習の一切を、第3部隊が取り仕切らなければならなくなった。
「なんでうちばっかり、こういう仕事を振られるんですか。」
「本当、もっと他に時間と手のある部隊があると思うっす。」
「やらせるなら、通常業務を減らしてくれ。」
部下達が愚痴を言いながらも、必死にやってくれたお陰で、アレクの仕事もなんとか回っている。
「ありがとな、みんな。演習が終わったら、俺のおごりでメシでも行こう。」
「それ、マジで言ってる?部隊全員分て、絶対にやばいと思うけど?」
隣でオスマンが驚愕の表情をしていた。
「それくらいは、大丈夫だ。普段から別段使うこともないし、貯まる一方だから。」
「本気ですか?隊長!」
「いいんすか?いいんすか?」
若い隊員たちが身を乗り出す。
「ああ、いいぞ。好きなだけ食べろ。」
「太っ腹だな、我らが隊長は。俺らはそんなに食べられないから安心しろ。」
「そうだな、もう若い頃ほど食べられないな。」
30代の隊員はガハハと笑っているが、すかさずオスマンが突っ込む。
「先輩達はその分、呑むでしょうよ!」
「バレたか。」
「カミさんに許可取らねえとな!」
これくらいでモチベーションが保たれるなら、安いものだとアレクは思っていた。
第3部隊の隊員たちは本当に頼りになるし、戦力で言えば第1部隊にも引けを取らないと自負している。
この演習が上手くいけば、彼らの評価も上がるだろう。隊の編成時期はまだまだ先だが、きっと次期隊長になる者も出てくる。
年若い隊長だから第3部隊は大したことない、などと言われたくない。アレクは、できることは全て最善を尽くそうとしていた。
グッタリと疲れた体を引きずって屋敷に戻ると、自室のデスクに手紙が置いてあった。
税金の報せ、友人の結婚式の案内状、そして、ジャスミンからの手紙。
他の二通は放置して、ペーパーナイフで開封すると、ふわりとジャスミンの香りが漂った。
この前のデートが、もうずっと前のことのように感じられる。艶やかな髪、しっとりした肌、柔らかな唇、寝ている間に堪能させてもらったそれらの感触を思い出しては、一人夜に耽っていた。
どれだけ連れて帰ってしまいたかったか。
こんなことを思っている自分を、彼女は軽蔑するだろうか。
封筒から便せんを取り出し、なめらかな字を堪能しながら文を読むと、いつも通りの遠回しな表現ではなく、目的が大変簡潔に書かれていた。
次の休みに、デートをして欲しいと。
「マジ?」
アレクの次の公休は、3日後だった。
急いで返事をしなければ、ジャスミンに予定が入って流れてしまうかもしれない。
慌てて紙とペンを取り出し、返事を書いた。日付と時間、また迎えに行くということ、嬉しいという気持ちも忘れずに添えて。
部屋を出て、家令に手紙を渡し、必ず明日の朝一で届けてもらうよう頼んだ。
珍しく、アレクは舞い上がった。
ジャスミンは絶対に自分を嫌ってなどいないし、好かれていると思っていたが、やはり確信はなかったのだ。
気を引き締めていないと、顔が緩んでしまう。明日、部下たちにからかわれるのだけは、嫌だ。
でも、今夜だけはいいだろう。
アレクは若者らしく喜び、ベッドに飛び込んで布団に埋もれた。
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