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第一章:領主一年目
新しい移住者たち
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「エルマー様、彼らが移住希望者です」
「よくこの短期間でこれだけ集まったな。うちは大歓迎だが。それにしても……」
俺は今、王都の屋敷の横にある教会にいる。ここにゲルトの親父さんからうちに移住してもいいという職人を集めてもらっていた。だが今日ここに来てみると少し予想外のことが起きていたので、少し計画を変更しなければいけなくなった。
この庭には幌のない二頭立ての荷馬車が一六台。御者も入れると二〇〇人は超える。先日親父さんに移住者集めを依頼したとき、全員が乗れるだけの馬車と馬を用意してくれるように頼んだのは、せいぜい一台か二台と思っていたからだ。まさかこんな人数になるとは思わなかった。金は足りたのか? 馬は高いぞ。
「金は渡した分で足りたのか?」
「はい、あれで十分です」
「それならいいんだが、よくあれだけの馬が手に入ったな」
「馬については手放した貴族の方が多かったようですな。むしろ馬車の方が手に入りにくいくらいでした」
「なるほど。それで毛並みのいい馬が多いのか」
貴族は——うちのような貴族は除外するが——とにかく外面を大事にする。いかに立派な馬車を所有し、いかに毛並みのいい馬をたくさん持っているか。もちろん屋敷が立派なことがその爵位として標準以上であるのは前提として、他の貴族の屋敷に出かけるときには立派な馬車を毛並みのいい馬に引かせるのが普通だ。
俺は軍人として馬に乗っていたが、戦場に出る馬と馬車を引く馬はまったくと言っていいほど違う。戦場に出る馬は、大きな音を聞いても驚かず、少々なら何が当たっても逃げず、何時間も騎士を背中に乗せたまま戦場を走り回り、常に背に乗る騎士の望むように動く。そう振る舞うように躾けられていて、簡単に言えば騎士が命を預ける相手とも言える。
一方で馬車を引く馬はそこまでの躾はされていないものの、手綱によって御者の意図を理解するのは当然で、数時間は重い馬車を引っ張ることができるくらいの持久力はあることが求められる。どちらかと言えば従順さが求められるだろう。ここにいるのは荷馬車を引かせるにはもったいないような馬もかなり混じっているが、しばらく我慢してもらおう。向こうに行けば、戦場はないが、人を背に乗せて走ることをしてもらうだろう。
「向こうにいるのが頼まれていた職人たちです。職人は全部で二二人ですな。他が移住希望者となっています」
「そうか、予想以上に多いのは嬉しい限りだが……」
ゲルトの親父さんの紹介なら、ここに集まっているのは貧民街やその近くで暮らしていた者が多いだろう。だがここから見る限り、怪我をしている者が多い。
「何かあったのか?」
「実は一昨日の話ですが、ある貴族からいきなり立ち退きを迫られたようですな」
「立ち退き?」
「はい。ここを出て行くか、それとも火に焼かれて命を落とすか、そういうことだったようですな」
親父さんにそれを聞くと、たまたま目の前に知っている顔がいたので聞いてみることにした。たまに教会の方に礼拝に来ていた男だ。持っているのは小さな背負い袋一つだけ。
「いきなり出て行けと言われました」
「それで断ったのか?」
「はい。あまりにもいきなりだったので断ったんですが、そうしたらそいつらは帰って行きました。そうしたら一時間くらいは経ったでしょうか、そいつらが戻ってきて、油を撒いと思ったら火をつけられました」
簡単に話を聞くと、それなりに立派な服装をした男たちからいきなり立ち退けと言われたそうだ。それを拒むと一度は大人しく帰って行ったが、しばらくしたら戻ってきて、油を撒いた上に火をつけたと。それでその火が広がって多くの者が焼け出されてしまったそうだ。夜中の寝ている時間ではなかったのでなんとか逃げ出すことはできたそうだが、命は助かっても着の身着のままに近く、火傷を負った者が多かった。特にひどい火傷を負った者にはすでに薬師が手当てをしてくれたらしいが、長旅は厳しいだろう。
「とりあえず火傷だけでも治す。傷口を見せてくれ」
俺の使う[治癒]はそれほど効き目は強くないので傷を塞ぐ程度しかできないが、それでも何もしないよりはマシだろう。[浄化]と[治癒]で傷口を簡単に治す。
「エルマー様、ワシも騒ぎを聞いた後で少し調べてみたのですが、どこかの貴族があのあたりの土地の所有権を主張したらしく、それを他の貴族に売って、買った貴族が更地にしようとしたようで」
「更地? あそこを更地にして何をするんだ?」
「さあ、さすがにそこまでは」
貧民街は誰の土地というわけでもない。いや、もちろん国が所有する土地だから国のものだ。王都の中で貴族の屋敷が建っている敷地はその貴族が購入した土地になる。厳密に言えば、国に使用料を払って屋敷を建てる権利を与えられているだけだ。一方で貧民街は単なる広場や道だったところにいつの間にか家が建ち並び、そこが一つの生活の場になったものだ。元が公共の場だから土地の使用権は誰にもないはず。
さすがにこれは俺に対する嫌がらせとも考えづらい。そもそも最初に言い出した所有権自体がまず怪しい。金に困った貴族が王都の事情に詳しくない貴族に高値で売りつけようとでもして、ありもしない所有権を持ち出したのではないだろうか。簡単に言えば詐欺だ。
「それで、ここにいる者たちは住む場所を失ってしまったということか」
「はい。焼けても貧民街に残ることはもちろんできますが、行き場がないのならエルマー様のところに行ってみてはどうかと言ってみたところ、行くと答えた者たちがそこそこいましたので、ここに集めました。それ以外にも話を聞いて集まった者もおりますな」
細かいことは後だ。とりあえず移住希望者、特に焼け出された者たちに向かって、はっきりとうちで受け入れることを口にする必要がある。まずは不安の解消が必要だ。
「集まってくれた職人たちには感謝する。向こうに着けば工房付きの家を約束しよう。そしてそれ以外の移住者たち。家を焼かれたことは災難で済ませるわけにもいかないが、とりあえずここにいる者たちはみんなうちが引き受ける。向こうに着けば家と土地を与えることを約束しよう。ではみんな、とりあえず馬車に乗ってくれ。乗り切れない場合、今日のところは歩ける者は交代で歩いてほしい。怪我人を優先して乗せてやってくれ」
人数的にはギリギリ乗れるかどうかというところだ。人数と馬車の数を考えれば、一台あたり一三人から一四人。御者席に二人乗れば少しはマシか。とりあえず夕方まで何とかなれば問題ない。
「ゲルトさん、また何かあれば力を貸してくれ」
「ワシでよければいつでも」
みんなが馬車に乗ったようなので、これから北に向かう。ゲルトの親父さんに挨拶しながら、何か言い忘れたことはないかと考える。職人たちを受け入れるときに何か……そうだ、道具が必要だな。
「そうだ、ゲルトさん。職人たちだがその技術を使うための道具などを今はほとんど持っていないだろう。今回集まってくれた職人たちが工房で使いそうな道具を揃えることはできそうか?」
「そうなると窯なども必要ですかな?」
「いや、窯や炉など、土や石で作れそうなものは俺が土魔法でなんとかしよう。例えば……そうだな……鍛冶なら鉄がなければ仕事ができないだろう。機織り職人も織機がなければ何もできない。そういった道具や素材などを、無理を言うができる限り集めてほしい」
「分かりました。とりあえず……そうですな、月末までにはある程度集めましょう」
「ではまた鱗で申し訳ないが、小さいものをこれくらいでいいだろうか。鱗だけだと使いにくいかもしれないから金貨も一〇枚渡す。とりあえずこれくらいでいけるか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「では頼む。余れば炊き出しでもしてやってくれ」
どうせ王都には何度も来るだろう。今生の別れというわけでもない。まだまだゲルトの親父さんには世話になるだろう。
「よくこの短期間でこれだけ集まったな。うちは大歓迎だが。それにしても……」
俺は今、王都の屋敷の横にある教会にいる。ここにゲルトの親父さんからうちに移住してもいいという職人を集めてもらっていた。だが今日ここに来てみると少し予想外のことが起きていたので、少し計画を変更しなければいけなくなった。
この庭には幌のない二頭立ての荷馬車が一六台。御者も入れると二〇〇人は超える。先日親父さんに移住者集めを依頼したとき、全員が乗れるだけの馬車と馬を用意してくれるように頼んだのは、せいぜい一台か二台と思っていたからだ。まさかこんな人数になるとは思わなかった。金は足りたのか? 馬は高いぞ。
「金は渡した分で足りたのか?」
「はい、あれで十分です」
「それならいいんだが、よくあれだけの馬が手に入ったな」
「馬については手放した貴族の方が多かったようですな。むしろ馬車の方が手に入りにくいくらいでした」
「なるほど。それで毛並みのいい馬が多いのか」
貴族は——うちのような貴族は除外するが——とにかく外面を大事にする。いかに立派な馬車を所有し、いかに毛並みのいい馬をたくさん持っているか。もちろん屋敷が立派なことがその爵位として標準以上であるのは前提として、他の貴族の屋敷に出かけるときには立派な馬車を毛並みのいい馬に引かせるのが普通だ。
俺は軍人として馬に乗っていたが、戦場に出る馬と馬車を引く馬はまったくと言っていいほど違う。戦場に出る馬は、大きな音を聞いても驚かず、少々なら何が当たっても逃げず、何時間も騎士を背中に乗せたまま戦場を走り回り、常に背に乗る騎士の望むように動く。そう振る舞うように躾けられていて、簡単に言えば騎士が命を預ける相手とも言える。
一方で馬車を引く馬はそこまでの躾はされていないものの、手綱によって御者の意図を理解するのは当然で、数時間は重い馬車を引っ張ることができるくらいの持久力はあることが求められる。どちらかと言えば従順さが求められるだろう。ここにいるのは荷馬車を引かせるにはもったいないような馬もかなり混じっているが、しばらく我慢してもらおう。向こうに行けば、戦場はないが、人を背に乗せて走ることをしてもらうだろう。
「向こうにいるのが頼まれていた職人たちです。職人は全部で二二人ですな。他が移住希望者となっています」
「そうか、予想以上に多いのは嬉しい限りだが……」
ゲルトの親父さんの紹介なら、ここに集まっているのは貧民街やその近くで暮らしていた者が多いだろう。だがここから見る限り、怪我をしている者が多い。
「何かあったのか?」
「実は一昨日の話ですが、ある貴族からいきなり立ち退きを迫られたようですな」
「立ち退き?」
「はい。ここを出て行くか、それとも火に焼かれて命を落とすか、そういうことだったようですな」
親父さんにそれを聞くと、たまたま目の前に知っている顔がいたので聞いてみることにした。たまに教会の方に礼拝に来ていた男だ。持っているのは小さな背負い袋一つだけ。
「いきなり出て行けと言われました」
「それで断ったのか?」
「はい。あまりにもいきなりだったので断ったんですが、そうしたらそいつらは帰って行きました。そうしたら一時間くらいは経ったでしょうか、そいつらが戻ってきて、油を撒いと思ったら火をつけられました」
簡単に話を聞くと、それなりに立派な服装をした男たちからいきなり立ち退けと言われたそうだ。それを拒むと一度は大人しく帰って行ったが、しばらくしたら戻ってきて、油を撒いた上に火をつけたと。それでその火が広がって多くの者が焼け出されてしまったそうだ。夜中の寝ている時間ではなかったのでなんとか逃げ出すことはできたそうだが、命は助かっても着の身着のままに近く、火傷を負った者が多かった。特にひどい火傷を負った者にはすでに薬師が手当てをしてくれたらしいが、長旅は厳しいだろう。
「とりあえず火傷だけでも治す。傷口を見せてくれ」
俺の使う[治癒]はそれほど効き目は強くないので傷を塞ぐ程度しかできないが、それでも何もしないよりはマシだろう。[浄化]と[治癒]で傷口を簡単に治す。
「エルマー様、ワシも騒ぎを聞いた後で少し調べてみたのですが、どこかの貴族があのあたりの土地の所有権を主張したらしく、それを他の貴族に売って、買った貴族が更地にしようとしたようで」
「更地? あそこを更地にして何をするんだ?」
「さあ、さすがにそこまでは」
貧民街は誰の土地というわけでもない。いや、もちろん国が所有する土地だから国のものだ。王都の中で貴族の屋敷が建っている敷地はその貴族が購入した土地になる。厳密に言えば、国に使用料を払って屋敷を建てる権利を与えられているだけだ。一方で貧民街は単なる広場や道だったところにいつの間にか家が建ち並び、そこが一つの生活の場になったものだ。元が公共の場だから土地の使用権は誰にもないはず。
さすがにこれは俺に対する嫌がらせとも考えづらい。そもそも最初に言い出した所有権自体がまず怪しい。金に困った貴族が王都の事情に詳しくない貴族に高値で売りつけようとでもして、ありもしない所有権を持ち出したのではないだろうか。簡単に言えば詐欺だ。
「それで、ここにいる者たちは住む場所を失ってしまったということか」
「はい。焼けても貧民街に残ることはもちろんできますが、行き場がないのならエルマー様のところに行ってみてはどうかと言ってみたところ、行くと答えた者たちがそこそこいましたので、ここに集めました。それ以外にも話を聞いて集まった者もおりますな」
細かいことは後だ。とりあえず移住希望者、特に焼け出された者たちに向かって、はっきりとうちで受け入れることを口にする必要がある。まずは不安の解消が必要だ。
「集まってくれた職人たちには感謝する。向こうに着けば工房付きの家を約束しよう。そしてそれ以外の移住者たち。家を焼かれたことは災難で済ませるわけにもいかないが、とりあえずここにいる者たちはみんなうちが引き受ける。向こうに着けば家と土地を与えることを約束しよう。ではみんな、とりあえず馬車に乗ってくれ。乗り切れない場合、今日のところは歩ける者は交代で歩いてほしい。怪我人を優先して乗せてやってくれ」
人数的にはギリギリ乗れるかどうかというところだ。人数と馬車の数を考えれば、一台あたり一三人から一四人。御者席に二人乗れば少しはマシか。とりあえず夕方まで何とかなれば問題ない。
「ゲルトさん、また何かあれば力を貸してくれ」
「ワシでよければいつでも」
みんなが馬車に乗ったようなので、これから北に向かう。ゲルトの親父さんに挨拶しながら、何か言い忘れたことはないかと考える。職人たちを受け入れるときに何か……そうだ、道具が必要だな。
「そうだ、ゲルトさん。職人たちだがその技術を使うための道具などを今はほとんど持っていないだろう。今回集まってくれた職人たちが工房で使いそうな道具を揃えることはできそうか?」
「そうなると窯なども必要ですかな?」
「いや、窯や炉など、土や石で作れそうなものは俺が土魔法でなんとかしよう。例えば……そうだな……鍛冶なら鉄がなければ仕事ができないだろう。機織り職人も織機がなければ何もできない。そういった道具や素材などを、無理を言うができる限り集めてほしい」
「分かりました。とりあえず……そうですな、月末までにはある程度集めましょう」
「ではまた鱗で申し訳ないが、小さいものをこれくらいでいいだろうか。鱗だけだと使いにくいかもしれないから金貨も一〇枚渡す。とりあえずこれくらいでいけるか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「では頼む。余れば炊き出しでもしてやってくれ」
どうせ王都には何度も来るだろう。今生の別れというわけでもない。まだまだゲルトの親父さんには世話になるだろう。
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