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3話

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 葵は料理以外の家事全般得意だ。性格だっていいし嫁にはいつでも行けると思う。しかし、葵を嫁に貰ったら、あの潤と上杉というセコム2人がもれなく付いてくる。天然人タラシである葵に惹かれるのは新だけではなく、あの2人も同じなのだ。ただ、恋愛感情があるかないかだけで、みんな葵のことが好きだ。
 葵がこの家に住み込みで働くようになってから、誰かしらこの家にやってくる。とくに上杉は目をギラギラさせ、新が葵の肩に触れただけでもセクハラ扱いしてくる。ならばと上杉のいない夜に葵の部屋に行き、葵の布団にこっそりと入り込み抱きしめて寝りたい。よく縁側で日向ぼっこをしている葵からはきっとお日様の匂いがするのだろう。葵は一度寝るとなかなか起きない。それをいいことに葵の可愛い寝顔を堪能して、こっそりキスしちゃったりして。ムフフ…♡
 新はその日の夜に枕片手にお忍びで葵の部屋に進入した。スヤスヤと眠る葵の寝顔は可愛らしい。頬にキスしたくなるくらいだ。
 では、さっそく……と、眠っている葵の布団に潜り込もうとしたときだった。突然、「変態出現‼︎ 変態出現‼︎」と声がし、ウィーン、ウィーンとサイレンが鳴る。見ると枕の近くにいた小さな上杉のぬいぐるみからサイレンが鳴っていた。メガネがサイレンになっていて、赤く光っている。よく出来てるな、と感心していると、次の瞬間、ぬいぐるみの口がパカッと開き、丸くて白い玉が新目がけて飛んできた。
「いたっ!」
 丸い玉は見事新の眉間に命中した。玉が当たった眉間を手で覆うと、また次々とぬいぐるみから丸い玉が飛んできて、新に命中する。新は泣く泣く自分の部屋に逃げ帰ったのである。
 新を攻撃した上杉のぬいぐるみは特注で作れる対アルファ用の防護具らしく、オメガ専門ショップで注文すれば誰でも作れるらしい。
 上杉め。いつの間にこんな物を…。ぐぬぬぬ…。
 おかげでこっそり葵の寝顔を見ることも出来なくなってしまった。
 
 葵は今日も縁側に座り日向ぼっこをしている。葵はこの場所が好きらしく、1日一回はここで日向ぼっこをしている。
 葵の背中を見つけ、新は歩み寄った。
「僕も隣に座っていい?」
「いいよ」
 新は葵の隣に座る。今日は上杉は用事がありこの家にはこない。邪魔者もいないし、今日は葵と2人っきり。手とか繋いじゃったりして。ムフフ…♡など妄想をしていたときだった。「にゃあ」と声が聞こえた。
 見ると葵の膝の上に猫がいた。野良猫なのだろうか、首輪はしていない。茶トラ柄の猫は、当たり前のように葵の膝の上に乗りゴロゴロと喉を鳴らしている。
「猫?」
「うん。たまに来るんだよな。なあ、小麦」
 この猫は小麦というらしい。葵に撫でられて気持ち良さそうに「にゃぅ~」と鳴いている。
「小麦って葵がつけたの?」
「色が小麦っぽかったから」
 無条件に葵に触って貰えて羨ましい。猫は葵の指をぺろぺろと舐めている。
 
(いいな…。僕も猫になりたい)
 
 猫になれば、葵のあれやこれやを舐め放題だ。しかも可愛がられて膝枕付きだ。
 猫は自分の匂いをつけるようにすりすりと葵の手にすりつく。
「可愛いね。僕にも触らせてよ」
 新が猫に触れようと手を伸ばすと、猫は目つきを変え「シャー‼︎」と威嚇する。伸ばされた新の手に猫パンチをし、離れたくないと葵に更にすり寄る。
「こら、小麦ダメだろ! 先生、大丈夫?」
「あ、うん。爪出てなかったし」
「小麦、人懐っこいんだけどな…。賢さんにはすぐ懐いてたんだけど」
 それは葵から猫を引き剥がしたい新の嫉妬心を感じた猫の抵抗だろう。猫だろうが自分のことを可愛がってくれる人と、そうじゃない人の区別は直感的にわかるらしい。
 人間だけではなく、猫にさえも好かれるのか。ズモモモモ……。と嫉妬心が湧く。
「猫になりたい」
「なにそれ? 先生の新しい新作?」
「それもいいかも」
 猫になって、葵にあれやこれをする。妄想が広がる。
 違う、今はそんな話をするために葵に話しかけたわけではない。葵に大切な話があり、話しかけたことを思い出した。
「ねぇ、葵。ちょっと話たいことがあるんだけどいい?」
「なに?」
「これ見て」
 新が葵に手渡したのは、オメガ専門病院のパンフレットである。葵はそれをみるなり、軽く眉間にシワを寄せた。
「わざわざ取り寄せたわけ?」
「違うよ。それは、上杉が取り寄せてくれた物だよ」
「賢さんが?」
「うん」
 葵は複雑そうな表情をして、パンフレットを見つめる。
「この病院にね、僕の友達がいるんだ。オメガ専門医で、とても優秀な人だよ」
「……ふーん」
「最近、そいつがアメリカから帰ったんだ。葵のこと話したら、会ってみたいって。葵さ、会ってみる気ない?」
 新は葵をチラリと盗み見る。葵は目を伏せじぃとパンフレットを見ていた。表情からはなにも読み取れない。
「……この病気に治療法がないことくらい知ってる。先生には悪いけど断るよ」
 葵はパンフレットから新に目線を移した。
「あるっていったら?」
「えっ…?」
 葵の目が大きく見開いた。
「昨日、望と会って話してきた。そしたら、まだ正式に発表されていない治療なんだけど、治るかもしれないって言ってた」
 葵は一瞬、泣くのではないかと思うほど表情か歪んだ。
「葵さ、受けてみる気ない?」
 葵はしばらく沈黙したあと、首を横に振った。
「気持ちは嬉しいけど、遠慮するよ」
「なんで?」
 あと一押しだ。葵の反応から治療には興味がありそうに感じた。
「……なんでって、オメガの専門治療なんて保険効かないからバカ高いじゃん。俺、そんなお金ないし」
「僕が払うよ」
 新は葵の目をじぃと見つめる。
「葵のためなら、僕はなんだってするから」
 新は葵の肩を抱き寄せ、抱きしめた。葵と新の間にいる猫は何事かと目を開き、キョロキョロとしている。
「一緒に病気治そう。そしたら、僕と番になって」
 無発情病がなんだ。そんな病気、2人で乗り越えていけばいいじゃないか。治らない病気ではないとわかったのだから少なからず希望はある。
「……先生、この際だからハッキリ言っておくよ。俺がいつまでも曖昧な態度ばかりとってたのがいけなかったんだな」
 葵は自分と新の間に手を入れ、ぐっと押し体をゆっくりと引き離す。
 徐々に引き剥がされる体に新は虚しさを感じる。
 泣きそうなほど情けない表情をしている新に向かい、葵は切なく微笑んだ。
「俺は先生と番になって生涯共にする気なんてこれっぽっちもないよ」
「………」
「例え病気が治ったとしても、俺は先生を選ばない」
 ハッキリと告げられた。今まで曖昧にはぐらかすことはあったが、拒絶されたことはなかった。新はじわじわと込み上げてくる切なさをぐっと堪える。
「俺はこの家があればいいんだよ。先生はカッコイイんだからいくらでも相手いるだろ」
「僕は葵がいい」
「人の気持ちなんてすぐ変わるって」
 小麦は背伸びをし、葵の膝から降りる。気が済んだのか、とことことどこかへ行ってしまった。
「治療は受けない。先生も俺のことなんか考えずに自分の幸せ考えなよ。いい歳なんだからさ」
 葵は立ち上がり、背伸びをした。
「さて、夕食の準備でもするか。今夜は串カツにしようかな。出来たら呼ぶね」
「うん」
 なんて最悪な日なんだ。
 ああ、失恋ってこんなにつらいものなんだな。
「あー。つらっ」
 新は縁側に寝そべると、ぼーっと外の庭を眺める。じわりと溢れた涙が新の頬を伝って落ちた。
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