白波坂の前日譚 ― どら焼きと守の秘密ー

伊藤 生ちゃん

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第3話 気づきかけた距離

第3話 気づきかけた距離

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翌日の放課後。
白波坂のふもとで、彩香はスクールバッグを抱えたまま立ち止まっていた。
昨日の守の手の跡。
短い返事。
何も言わない横顔。
全部が胸の奥に引っかかっていた。
「……遅いな、守」
そう呟いた瞬間、後ろから足音が近づく。
「悪い。先生に呼ばれとった」
「また……?」
思わず声が強くなる。
「別に大したことちゃう」
守はいつも通りの無表情。
けれど、袖口から見える手の甲には、昨日より濃い赤い跡があった。
「守、それ……」
「なんもない言うたやろ」
言い方はそっけない。
けれど、どこか苦しそうだった。
彩香は一歩だけ近づいた。
「……ねぇ守。なんで言ってくれないの?」
「言う必要ないやろ」
「あるよ」
彩香は小さく息を吸った。
「守が困ってるなら、知りたいよ。幼馴染なんだから」
守は一瞬だけ目をそらした。
その横顔は、昨日より少しだけ弱く見えた。
「……彩香に心配させたくなかっただけや」
「心配するよ」
彩香は迷わず言った。
「だって……守のこと、ずっと見てきたんだもん」
守の足が止まる。
彩香は自分でも驚くほど素直に続けていた。
「守が無理してるの、分かるよ。
言わないようにしてるのも、分かるよ。
でも……言ってくれたら、もっと分かるのに」
守は返事をしない。
ただ、夕陽に照らされた横顔が少しだけ揺れた。
沈黙が落ちる。
けれど、その沈黙は昨日までのものとは違っていた。
彩香はそっと守の袖をつまんだ。
「……ねぇ守。
私、守のこと……もっと知りたいよ」
守はゆっくりと彩香の方を向いた。
驚いたような、困ったような、でもどこか嬉しそうな目。
「……なんでや」
「なんでって……」
彩香は頬を赤くしながら、視線を落とした。
「だって……守のこと、好きだから……じゃなくて!
その……幼馴染として……!」
言い直したのに、胸がドキドキしていた。
守は少しだけ目を丸くし、そして小さく笑った。
「……変なやつやな、お前」
「変じゃないもん!」
彩香はむくれながらも、袖を離さなかった。
白波坂の夕陽が二人の影を重ねる。
まだ恋じゃない。
でも、確かにその一歩手前まで来ていた。
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